高齢化が進むなか、免許返納後の移動手段をどう確保するかは、大きな社会課題の一つです。同時に、脱炭素社会への転換が求められる今、日常の移動におけるエネルギーの使い方も見直しが迫られています。
こうした二つの課題に向き合うのが、東京都が推進するHTT(へらす・つくる・ためる)の考え方に賛同し、次世代小型モビリティの開発に取り組む株式会社西川精機製作所です。町工場ならではの技術と現場力を生かし、水素と電気で稼働する“新たな移動の選択肢”の実装を目指しています。
今回は、開発の背景や技術的特長、量産・普及に向けた課題について、実際の工場見学を通じて、株式会社西川精機製作所 代表取締役・西川喜久氏にご案内していただきました。
町工場が始めた挑戦
株式会社西川精機製作所は、昭和35年創業の老舗金属加工メーカーです。メッキ用機械や治具、工作機械による金属・樹脂の精密切削を手がけ、高精度な部品製造を強みとしてきました。いわゆる町工場でありながら、その加工精度は高く評価されています。

また、ユニバーサルスポーツ用具の分野にも展開しており、アーチェリー弓具の開発・製造では国内唯一のメーカーでもあります。長年にわたり蓄積してきた精密加工技術を基盤に、「技術×デザイン×独自性」による新たな価値創造を追求してきました。

近年は、脱炭素やDXの潮流を背景に、自社のコア技術を応用できる新分野の模索を進めています。その一つが、超小型電動モビリティの設計・開発・製造・販売です。金属加工を本業とする同社が、次世代の環境に配慮した移動分野へ踏み出した背景には、社会課題に対する危機意識がありました。
なぜ小型モビリティなのか
開発のきっかけの一つは、2019年4月に池袋で発生した高齢ドライバーによる暴走事故でした。高齢ドライバーの運転や免許返納後の移動手段について、社会全体で議論が広がる契機となった出来事です。
「高齢者の移動手段そのものがより安全な設計であれば、重大事故のリスクを軽減できるのではないか。そこに自社の技術を生かせるのではないか」。同社では、そうした問いが生まれたといいます。

また、自社のコア技術を応用できる分野を模索していた中で、東京大学生産技術研究所須田研究室の研究員である久保登氏による、日常生活圏における次世代モビリティとして「車幅1m以内モビリティ」の有効性に関する提唱に触れる機会がありました。そのコンセプトに共感したことも大きな後押しとなりました。

その後、東京都中小企業振興公社の助成金採択を受け、水素燃料電池を搭載した4輪丸ハンドル型ボディの特定小型原動機付自転車の開発がスタート。東京都が推進するHTT(へらす・つくる・ためる)の取り組みにも連携し、「ゼロエミッション東京戦略」における水素エネルギー普及の一翼を担う構想です。
一般的な乗用車の半分以下というコンパクトさ
2023年12月に開発を開始し、改良を重ね、2026年2月現在ではバージョン3まで進化しています。車体サイズは全長1900mm×幅600mm×高さ1500mm。

幅は一般的な乗用車の半分以下となっており、自転車と並べるとその小ささが一目で分かります。

電源構成は、リチウムイオン二次電池と水素燃料電池ユニット(トヨタ紡織開発)を組み合わせたハイブリッド方式です。低圧カートリッジ式水素タンクを採用し、1本あたり約20kmの走行が可能で、予備タンクの収納スペースも備えています。

最高時速は約20kmに設定されており、生活道路や商店街など身近な移動シーンに対応する仕様です。現時点での想定価格は50万円前後とのこと。

EV(電動)モデルとFCV(水素燃料電池)モデルの2種類を展開予定で、EVモデルは今年秋頃の販売を目指しています。(FCVモデルは約2年後の実用化を目標)
日常生活で気軽に使える水素モビリティを
水素を活用した移動手段といえば、現在はバスやタクシー、トラックといった大型車両が中心です。東京都内でも300台以上の水素車両が導入され、水素ステーションで充填する仕組みが整備されています。

しかし、同社が目指すのは、より身近で、より小さく、日常生活で気軽に使える水素モビリティです。こうした構想を実現するために、低圧カートリッジ式を採用し、独自の熱マネジメント設計によって、安全性と扱いやすさの両立を目指しました。

課題は社会インフラの整備
一方、社会実装に向けては依然として課題も多く残されています。特にFCVモデルでは、車体そのものよりも社会インフラの整備が大きなハードルとなります。燃料電池の量産体制の確保や水素充填設備の普及、低圧カートリッジの流通設計など、水素を日常生活圏に広げるための環境整備が不可欠です。

現状では大型車両向けのインフラが中心であり、小型モビリティへの展開はこれからの段階にあります。価格面でも、50万円前後という水準は決して安価とは言えず、補助金制度や自治体との連携を含めた普及の仕組みづくりが重要になります。
高齢化社会に貢献する交通手段として
高齢化の進行と脱炭素の両立は、単一の技術だけで解決できる課題ではありません。特に水素を活用した小型モビリティの社会実装には、インフラ整備や制度設計との整合が不可欠です。車幅600mmという生活圏サイズで水素活用を目指す今回の取り組みは、水素エネルギーの裾野をどこまで広げられるかという一つの実証でもあります。

「技術をつくるだけでなく、実際に使っていただける環境まで整えていくことが重要だと考えています。モーターやタイヤ、駆動機構、軽量化など、まだ改良すべき点は多くありますが、課題が具体的に見えてきたことで、開発の方向性はより明確になりました。金属切削加工を主力とする中小企業ではありますが、その機動力を生かしながら、今後も大学や企業とも連携して改良を重ねていきたいと考えています」

今後は、さらなる技術改良や実証、制度整備を通じて、生活圏サイズでの水素を活用した小型モビリティが現実の選択肢となり得るかどうかが問われていくことになりそうです。
▼サーキュラーエコノミードット東京では、これまでにも水素エネルギーに関する取り組みを紹介しています。関連する記事はこちらからご覧いただけます。