日本における温室効果ガスの排出は年間12億トン以上と言われています。2050年までにこれを実質ゼロにすべくさまざまな取り組みが始まっていますが、これを実現するために欠かせないのが、地域の貢献。
そこで、環境省は実現に向けて2020年度から補助を開始し、太陽光発電の促進を図っています。
太陽光パネルと言えば住宅の屋根か、広大な土地にパネルが敷き詰められたメガソーラーを思い浮かべる方が多いと思いますが、今回紹介するモデルの主役はソーラーカーポート。一見なんてことのない設備ですが、作られた場所から使われる場所に送電する際に必ず生じる電力ロスを極力抑えることができる、非常に考え抜かれた発電装置です。
この記事では、再生可能エネルギーの活用に力を入れている岐阜県多治見市のベンチャー企業「エネファント」がパナソニックと共同で行う、ソーラーガレージを中心とした省エネ地域内循環のモデルをご紹介します。
※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。
脱炭素社会を目指す動き
2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。「排出を全体としてゼロ」というのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」 から、植林、森林管理などによる「吸収量」※を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることを意味しています。
地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、2015年に採択されたパリ協定では、
・世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(2℃目標)
・今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること
という世界共通の長期目標が掲げられました。この実現に向けて、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を達成すべく、さまざまな取り組みを行っています。
太陽光パネル販売店の新しい挑戦
美濃焼で知られる岐阜県多治見市は、年間降水量が2000mmに満たないこともある、晴天の多い市でもあります。多治見市ではその特徴を活かし、太陽光パネルを主役にした再生可能エネルギーの活用に力を入れています。
しかし、市内で車を走らせても太陽光パネルは見当たりません。それもそのはず、太陽光で電気を作り出しているのは、運転席からは見えない「ソーラーカーポート」なのです。民家や企業、店舗の駐車場で車4台分のスペースに柱を立て、その上に太陽光パネルが設置されています。その数は市内と周辺地域で約200か所。
この事業を推し進めているのは、多治見市のベンチャー企業「エネファント」。電力小売り会社であるエネファントは、地域電力「たじみ電力」の運営母体でもあります。たじみ電力は地域エネルギーベンチャーで、多治見市で作った再生可能エネルギーを、多治見市での消費を目的に、中部電力の送電線を借りてユーザーに届けています。
当初は住宅向けに太陽光パネルを販売するだけでしたが、次に設置場所として注目したのが地元企業の駐車設備。そこに車の充電設備とソーラーチャージャーを備えたソーラーガレージを設置し、たじみ電力が配電する電力を利用してもらうというアイデアです。
パナソニックが強力なパートナーに
単純な設備のように見えるこのソーラーカーポートですが、過去に量産された例がなく法的にグレーな存在だったため、事業の実現には強力なパートナーが必要でした。そこで味方になってくれたのが、地域の電力会社・企業などと連携をして脱炭素社会の実現のために地域循環を進めているパナソニック。
パナソニックの担当者と事業計画を練り官庁へも赴き、さまざまなハードルを乗り越えたのち、エネファントは、2018年、ソーラーカーポートの設置を本格的に始めることになります。また、それと同時にレンタカー事業である「働こCAR」事業もスタート。
太陽光付カーポート事業をどうして思いついたのか
ソーラーカーポート事業はどのような背景で生まれたかというと、再生エネルギーを地域に浸透させる有効な手段は何かを考えた時に、再生可能エネルギーを電気自動車の充電にあてがうことを思い付いたからだといいます。
地域でエネルギーを作るには場所が必要。家屋や工場の屋根は、築年数や傷み具合により設置できるかどうかを選別するのが大変です。そこで思い付いたのが駐車場。
地方には共通して大きな駐車場があり、当然何かしらの目的があって車を停めており、高確率で電力事業に隣接していることに目を付けたわけです。
さらに地域のエネルギーは、ガソリンを消費して車で移動する割合も多いので、再生可能エネルギーを電気自動車の充電にあてがうことで、再エネを上手に地域に浸透させていくことができるのではないかと考えたのです。また、カーポートは地域の非常用電源としても活用出来るため、エネファントでは300世帯に一つを目安にこれからも増やしていくという計画を進めています。
「働こCAR」事業とは?
働こCAR事業とは、働く若者を応援するEVレンタカー事業。地元企業に日産リーフをレンタカーとして貸し出し、その企業の20代社員が月額2万円弱の保険台程度の負担だけで乗り回せるというモデルです。
多治見市は車社会。若者に通勤用EVを提供して地域社会を活性化させたいという思いから実現した事業です。
メガソーラーとは対極的な分散型発電がキーポイント
エネファントは、「日本一電気代が安い町にする」という目標を掲げ、電気の「作る」と「使う」を最短で繋ぐことに力を注いでいます。つまり、太陽光発電によって作られた電気を地域内で使うということ。実現のためには、メガソーラーとは対極的な分散型発電が一つの鍵となります。
脱炭素が時代のキーワードとなる中、この再生可能エネルギー地域内循環の仕組みはいつしか「多治見モデル」と呼ばれるようになり、大企業からも注目されるように。電気を通じて多治見市の人々の暮らしを豊かにするためのアイデアは、今では脱炭素化を模索する日本各地の企業から注目を集めているのです。
シェアリングサービスで次なるステージへ
2021年、多治見モデルの第2章とも言える新たな取り組みが始まりました。EVに加え、電動アシスト付き自転車の充電スポットも備えたソーラーカーポートの進化系「E-Cube」をパナソニックなどと共同で発表。トヨタの電気自動車「C+Pod(シーポッド)」をシェアEVとして活用した、車と自転車のシェアリングサービスです。ですが、もちろん単なるシェアリングではなく、地域の「足」の電動化を促し、再生可能エネルギーの地域内循環を加速させるための施策です。
この第2章では、EVや電動アシスト付き自転車のシェアリングを推し進める一方で、EVの普及を進めるため、コンバージョンEVの導入に向けた実験も進めています。コンバージョンEVとは、エンジンを搭載した自動車をモーター駆動に変更するもの。現在はまだ高コストですが、今後の量販化によるコストダウンに期待がかかります。
すぐに普及するようには思えないかもしれませんが、EVのさらなる普及を見据えれば需要は高まるはず。コンバージョンの数が増えればコストも下がり、さらに普及が加速していくでしょう。
脱炭素と地域循環を目指して
エネファントという地域に根ざした企業が自らの力で脱炭素化を推し進める多治見モデル。その動きに対して、パナソニックをはじめ多くの企業が共感し、サポートしています。
地域の脱炭素化は、国の補助金をいかに受けるかが重要視されて実務が遅れがち。もちろん多治見モデルも行政のサポートを受けていますが、ソーラーカーポートやシェアサイクル、コンバージョンEVなどユニークな方法で電気を賢く利用できるよう率先して工夫しているところが特筆すべきポイントです。そして、エネファントのような地域の企業の努力だけでなく、脱炭素化社会に向けてライフスタイルを変えることを住民が自分事として受け止め、行動に移しているところが素晴らしいと感じます。
多治見モデルは、日本の地域がどんな方向に進んでいくべきかを示す一つのモデルになるに違いありません。2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする取り組みは、私たちの未来の暮らしを支えるために必要なこと。まず、それを一人ひとりが認識し行動に移すことが、目標達成のための第一歩になるのではないでしょうか。