この連載は、サーキュラーエコノミーの研究者で当メディア編集長の熊坂仁美が、日々取材をする中で発見した諸々の気づきをお届けするコラムです。
ゼレンスキーvs.トランプのバトル
熊坂仁美です。先日のホワイトハウス・オーバルオフィス内でのゼレンスキー・トランプ両大統領のバトルには驚きましたね。国のトップ同士が公の場で言い争いとなり、その一部始終が全世界に流れました。これまでなら絶対に起きなかったことで、改めて第2次トランプ政権の、むき出しとも言える「非日常性」を感じた次第です。
これがきっかけで欧州に大きな動きがあり、連日ニュースを賑わしています。これを書いているのは3月5日ですが、今日は欧州連合(EU)のフォンデアライエン委員長がヨーロッパの防衛力を強化するため、最大で8000億ユーロ(日本円で25兆円)規模の資金の投入を目指す計画を発表したというニュースが流れています。トランプ政権も目が離せませんが、ウクライナ支援をめぐる欧州の動きも急を告げています。
しかし「EU」って、いったいどんな存在なのでしょうか。私自身がそうであったように、島国に住む日本人にとって、ヨーロッパのような地続きの国がたくさん集まる連合体といっても、なかなかピンとこないのではないでしょうか。
ということで今回は、昨年夏にEUの本拠地であるブリュッセルに訪問した時の話を書きたいと思います。
EUの「顔」フォンデアライエン委員長
さて、例の「事件」があったのが日本時間の3月1日早朝のことでした。バトルのあとホワイトハウスを「追い出された」格好となったゼレンスキー氏がその足で向かったのは、イギリス・ロンドン。英スターマー首相の主導で、ヨーロッパの首脳らがウクライナの安全保障などを話し合う会議が開かれ、ヨーロッパを中心に15か国が、ウクライナとともに「停戦計画」を作ることで合意したと明らかにしました。 トランプ大統領のまさかの行動を受けて、急ぎヨーロッパの有志がウクライナ支援を表明したという図です。
これが3月3日の日本時間の未明。ということは現地時間は3月2日の日曜日で、普通ならお休みの日。にもかからずこれだけの国のトップが集まったということは、いかにこの事態がヨーロッパにとって緊急を要するものだったかが伺えます。

この中の、サーモンピンクのジャケットをお召しの女性が、欧州連合(EU)のフォンデアライエン委員長です。会議の主催者であるスターマー英首相のすぐ後ろに立っているのを見てもわかるとおり、「EU=欧州連合=欧州政府」のトップ、要となる人物。医者でもあり、7人のお子さんがいるスーパーレディです。
EUは1993年に設立された、ヨーロッパの政治・経済共同体で、現在27か国が加盟しています。ヨーロッパはひとつひとつは小さな国で、最大国のドイツでも8400万人ですが、欧州連合になると4.5億人の人口となりアメリカ(3.4億人)を超え、欧州がロシアやアメリカ、中国などの大国と対峙するために必要な組織であることがわかります。共通通貨であるユーロを使う国も多く、パスポートが要らずに国同士の移動ができます。
EUの組織は欧州委員会、欧州理事会、欧州議会などの機関に分かれています。フォンデアライエン氏はその中で、行政執行機関として政策の実施や法案の策定、予算の執行を行う「欧州委員会」の委員長で、昨年7月に再選され、二期目に入っています。日本では「委員長」ですが、ブリュッセル(EU組織内)ではプレジデント、つまり大統領を呼ばれています。
そしてフォンデアライエンといえば、気候変動対策。コロナ後に「欧州グリーンディール政策」を採択し、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーを推進したのが、まさにこのフォンデアライエン委員長なのです。この分野で欧州がイニシアチブを取ることで、経済的な優位性を作ろうという戦略です。
そんなわけで、サーキュラーエコノミーについて調べていくと、必ず「EU」が出てきます。しかし、先ほども述べたように島国にいる私は、いったいそれがどれぐらいの力を持つものなのか、文字で読んでいるだけではピンときません。
そこでフィールドワークが大好きということもあり、実際に行って現場を見ようと昨年夏、オランダ滞在の前にEUの本拠地であるベルギー・ブリュッセルを訪れました。

青い旗がそこかしこではためく街
ブリュッセルに入ってみて、駅やホテル、道の整備状況から見ると、他のヨーロッパの国と比べて、いい意味でクラシック、率直に言えば「遅れている」というのが第一印象でした。少しショックだったのは、ホームレスが街の真ん中に普通に寝ていたりするんですよね。
とりあえずEU近くのホテルを取り、その様子をショート動画にしてみました。
街を歩き回ると、想像以上に「EU」なので驚きます。EUは大きな組織なので、関連組織が集中していて、立派な建物だなと思うとすべてEU関連なんです。なぜわかるかというと、あの青い旗が必ず掲げられているからです。


議場も公開、博物館もある欧州議会
いよいよEUの施設見学へ。欧州議会と欧州委員会は同じエリアの別の場所にあり、両方とも立派な観光地になっています。デジタル化が超進んでいて、スマホで事前予約をすれば、簡単に見ることが出来ます。
欧州議会では、セルフガイドのツアーがあり、議場に実際に入ることができます。議会に入った時にはその大きなスペースと格調の高さに感動。

入った時のシーンの28秒の動画をご覧ください。
敷地内には"Parlamentarium"(パーラメンタリウム)というデジタルを駆使した見応えたっぷりの博物館も併設されています。ここでは、EUへの理解を深めるための様々な側面からのコンテンツが揃っていました。

特に印象的だった展示は、EUの歴史をたどるデジタル展示です。長い時間をかけて欧州連合を作ってきた足跡を、年代ごとに歴史的な事件なども加えながら歩いて見ていくというものです。
受付でマルチリンガルのセルフガイド機器を渡されます。24か国語に対応しているのですが、残念ながら日本語はなし。欧州での日本の存在の小ささを感じます。仕方なく英語にて。



欧州と一言で言っても、国によって歴史も文化も言語も違い、それぞれが個性豊かで、さらには紛争の歴史もあります。これを一つにまとめるということは、普通に考えて気が遠くなるような話です。いかに大変だったかは何も見なくても想像がつくことですが、改めて展示を見ながら歴史を辿ると、ぐっと心に来るものがありました。
国をまたいで、関係者の相当な努力の末に生まれたEU。EUには批判的なヨーロッパ人も多いと聞きますが、やはりひとつにまとめた業績は偉大だと思います。島国育ちの自分でも、いろいろ想像することができました。こういう展示でオープンに歴史を伝えるって、大事ですね。


若者ターゲットに情報発信する欧州委員会
次は、議会から少し離れたところにある欧州委員会へ。フォンデアライエン氏の「ホーム」に当たるところで、委員会の建物の向かいに「エクスペリエンス・ヨーロッパ」という展示施設があります。
ここは予約も要らず、ふらっと入れます。欧州議会と比べると観光地にはなっていない感じですが、入ってみて理解したのは、対象はずばり若者なのだということでした。ヨーロッパ内の教育旅行やグループをメインの対象としているようです。「次世代の人材を育てる」というEUの強い意図を感じます。


展示はすべて、若者を対象にEUの取り組みを伝えるものでした。メインコンテンツは「Meet The President(プレジデントと話そう)」というブースです。中に入ると等身大のフォンデアライエン委員長が現れ、「何でも質問して」と話しかけてきます。

中の様子をショート動画にしてみたのでぜひ見てください。「7人の子どもがいる」とご自身で言っています。
他にもバーチャルリアリティで、防災やリサイクル、アートなど、今の欧州の先端技術がどうなっているかをいくつかのメニューから選べるコーナーもありました。

EUを訪問したことで、以前より明らかにヨーロッパが理解できるようになったかなと思います。もしヨーロッパに行く機会があれば、ぜひブリュッセルに立ち寄って訪れてみてください。
パリ協定脱退を宣言するトランプ第2次政権が始まったことにより、いまウクライナ問題や気候変動問題に関して、急激な変化が起きています。サーキュラーエコノミーの推進にも関わってくることなので、引き続きその動向をウオッチしていきたいと思います。
