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この連載は、サーキュラーエコノミーの研究者で当メディア編集長の熊坂仁美が、海外取材をする中で発見した諸々の気づきをお届けするコラムです。

ニッチ&ディープなサーキュラー旅

こんにちは、熊坂仁美です。日頃は当メディアの編集長兼ライターとして国内外の取材記事を書いていますが、今回から海外取材旅の内容をコラムという形で連載することになりました。

私が頻繁に海外に行くようになったのは2023年の年明けから。当時はまだコロナ対応が厳しく、空港も飛行機もガラガラでしたが、そんな中、オランダ・アムステルダムで開催されたサーキュラーエコノミー視察ツアーに参加したのがきっかけでした。ステイホームの日々を送っていた身には、久々の海外それもテーマのある旅は刺激的で、毛穴が全部開いたかのようなインパクトと、頭の中がぐるぐる回り続けるインスピレーションを受けて帰ってきました。

アムステルダム市内のフェリーから下りる人の数の半端なさに、自転車王国を実感。
フィンランド視察のあと、サーキュラーエコノミー研究家・安居昭博さんのアムステルダムツアーに参加

それ以来、サーキュラーエコノミーをテーマに欧州に3回、計6カ国を回りました。昨年はフィンランドに約3カ月滞在、秋には香港のカンファレンスにも。

2023.4~7 フィンランドに滞在してフィールドワーク。エアビーで借りたアパートはすこぶる快適。

今年は7月中旬から2週間ほどベルギーとオランダに、取材と自分の研究調査で滞在しました。この年末にはアジア、来年早々には再びオランダに行く予定です。

このように、比較的短期間でサーキュラーエコノミーに関する多くのことを見聞きしてきたわけですが、記事となるとどうしても堅苦しいものになってしまいます。そこで、ここでは記事では書ききれなかったニッチでちょっとディープな情報を、研究者や旅行者としての視点も入れながらお届けしようと思います。

ニッチ&ディープといえば、直近に訪れた北オランダ最大の町「Grorningen -フローニンゲン」はまさにそんな場所でした。

住みやすい都市3位の「知られざる名所」

フローニンゲン市は、アムステルダムから150km離れた北海に近い内陸都市です。 人口は約20万人ですが、大学が2つあるため学生が6万人もいる学生の街でもあります。

お世辞にも有名とは言いがたく、オランダ人ですらよく知らないという街ですが、2023年の「ヨーロッパで最も住みやすい都市EU調査」では、チューリッヒ、コペンハーゲンに次いで第3位にランクインしています。観光地としては特徴に乏しいですが、物価もアムステルダムなどと比べるとだいぶ安く、自然も美しく住み心地もよく、個人的にはこれまで訪れた中でベスト3に入っています。

買い物客で賑わうフローニンゲン市の中心街

フローニンゲンのことは、自分の研究対象地の条件「サーキュラーエコノミーを頑張っている、さほど大きくない町」を探している中で知りました。今年4月にブリュッセルで開催されたWCEF(世界循環経済フォーラム)でフローニンゲンの方がプレゼンを行い、それを聞いた弊社スタッフが教えてくれたのです。

検索したら、面白そう。わずかな情報を頼りに「とりあえず行ってみよう」というつもりで7月末、ユトレヒトでの研修の帰りに1週間ほど滞在しました。もし想定と違った場所だったとしても、それぐらいなら諦めがつきます。

今回の旅程は、ブリュッセル→ブルージュ→ユトレヒト→ハーグ→アムステルダム→フローニンゲン、すべて電車移動
フローニンゲン駅。Grorningenは、グローニンゲンと呼びたいけれど、発音は「フローニンゲン」。

急ピッチで進む再エネへの移行

実は、フローニンゲンに興味を持った大きな理由が、化石燃料から再エネへの「エネルギー移行の中心地」だということでした。北海に近いフローニンゲンは欧州有数の天然ガスの産地で、1959年からオランダや欧州にガスを大量供給してきました。ところが、採掘しすぎて地盤が下がってたびたび地震を引き起こし、周辺の住宅や歴史的建造物が大きな被害を受けたため、住民反対運動によって2024年(今年)、採掘を終了しました。

では、長らく続いた天然ガスの産業はどうなってしまうのでしょうか。採掘終了で地元の関連会社や雇用は大変な状況なのでしょうか。

もちろん、オランダ人はそんなヤワな人種ではなく、しっかりと手を打っています。

採掘の現場である北海では、2006年頃から風力発電所が建てられはじめ、天然ガスと平行して発展を遂げ、今やタービンが立ち並ぶ風力のメッカになっています。化石燃料の天然ガスから再生可能エネルギーへのシフトは、もう20年近く前から進められていたのです。

それだけではありません。このエリアはヨーロッパの「水素バレー」と呼ばれ、EUから巨額投資を受け、水素エネルギー関連の国家プロジェクトが集中して行われているのです。

フローニンゲンは、風力による豊富なグリーンエネルギーを利用できることを強みに、いま「グリーン水素」(生成過程でCO2を排出しない水素)の一大生産地になろうとしています。大量の電力供給が可能でなおかつCO2排出抑制ができるとあって、IT産業などに注目され、特にAI需要で大量の電力を必要とするGoogleなどのデータセンターが次々に建設されているのです。

そのことを知ったのは、実は現地に行ってから。1週間の滞在中に、現地の人の情報で「Googleがまたデータセンターを作るらしい」ということを聞き、調べてみたらどんどん知らないことが出てきました。フィールドワークはこういうことがあるから面白いんです。現場に来てみないと気づかないことがたくさんあります。それが私がフィールドワークにこだわる理由です。

電車で30分で北海沿岸へ

さて、エネルギーシフトの現場、北海にタッチしてこようと、フローニンゲンの駅から沿岸のデルフザイルという街まで電車で向かいました。30分ほどのとても快適な電車旅で、本数もたくさん出ているコミュータートレインです。

柵も改札もないフローニンゲン駅のホーム。
デルフザイルの新しく、でもクラシックな街並みはまるで映画のセットのよう。

窓の景色を楽しむうち、すぐにデルフザイル駅着。駅前にはレンタル自転車もありましたが、あえて歩いて海辺まで。ここは港湾都市でもあり、荷揚げや荷下ろしをする港の奥に風力タービンが見えます。

海はびっくりするぐらいの遠浅。もちろん、砂浜ではなく黒い泥のような感じ。これならだいぶ先まで歩けそう。オランダは干拓でできた国というのが実感できる場所でした。

タービンとともに延々と続く海岸。

とりあえずタービンの近くまで行こうと海辺を歩いてみました。初めての北海です。

奇しくもこの日は自分の誕生日。そんな区切りの日にこんなコアな場所にいるのは、これも何かのメッセージかな、と思いつつ、海辺を一人歩きながら感じたことをレポしてみました。

発展するグリーンエネルギーの街

北海散歩のあと、喉が乾いたのでお茶を飲みにデルフザイルの街へ移動。入り口にスーパーが二つあり、その奥に商店街が広がっています。

街は完全に新しく作られている計画都市でした。風車ももちろん粉を挽いているわけではなく、エンタメ施設。すべて新しいけれど古い感じに作ってあって、まるで映画のセットかディズニーランドのようで現実味がないのです。でもカメラ屋さんやブティックなど、生活者がいるのは間違いなく、ちょっと不思議な雰囲気。

そしてお昼時だったので、ランチに出てくるビジネスマンたちが歩いているのですが、田舎の町にしては年収が高そうという違和感がありました。あとで調べたら、この沿岸エリアは水素関係を中心にかなりの補助金が入り、都市計画を急ピッチで行っているとのこと。そのせいか、やたらに建物の壁に街の航空写真が貼られているのです。

帰国して調査している中で、フローニンゲン市長のスピーチをオンラインで聞くことができたのですが、市長によれば、フローニンゲンは400年前の泥炭(ピート)の発掘から現在に至るまで、資源は変われどエネルギーの街であり続けることを誇りに思っているそうです。
泥炭、天然ガス、そして風力から水素へ。時代に合わせた見事なまでの「シフト」っぷりに、この地の人たちの逞しさを感じます。変化の時代に強い国民性なんだなあと。「レジリエンス」とはこのことでしょうか。日本も学ぶところは多いですね。

化石燃料から再エネへのエネルギーの移行(transition)は、いま世界的に求められるテーマですが、フローニンゲンはその動きがリアルに感じられる街のひとつであることは間違いありません。