CE.T編集長の熊坂仁美です。私が海外取材する中で発見した気づきをお届けするコラム。第2回は、前回に引き続き北オランダのフローニンゲンのお話をします。
前回はエネルギー転換の話でしたが、今回は「地方都市の持続可能性」について考えていきたいと思います。
街の「繁栄」が意味すること
私は過去11年にわたり東北の地方都市で地域活性の仕事をしていました。ご存じの通り日本の地方都市は人口減少・過疎化の波に飲み込まれており、「賑わいづくり」「街づくり」はどの地域でも大きな課題です。特に、駅前通りや商店街の「シャッター街化」は深刻です。郊外型の大型チェーン店に客を取られ、かつて賑わっていた商店街は採算が取れず事業承継などのタイミングで閉店していきます。店がなくなれば商店街としての機能も魅力も失われていき、ますます客足が遠のくという悪循環。シャッター通りを歩けばわびしさが募り、ウキウキした買い物気分になることはありません。こういった現象は、ずいぶん前から日本各地で起きています。
そんな課題感が根底にあった私が、この夏訪れたフローニンゲン市ではその真逆の光景を目にし、大いに刺激を受けました。
フローニンゲンはオランダの北のはずれにあり、首都アムステルダムからは電車で1時間半かかります。西側には北海、東側はドイツの国境で、人口は20万人。日本でいうと人口規模も位置的にも東北の青森市あたりに近いかもしれません。産業は前の記事で述べたようにエネルギー関係やテクノロジー関係、そして農業、畜産です。郊外には広い田園地帯が広がり、家畜が放牧されています。
フローニンゲンは、13世紀には城塞都市で、ハンザ同盟の中心都市として商業が盛んでした。街の中心部は高い塔や石畳など、城塞都市の遺跡の中にあります。
街を歩いて驚いたのはその賑わい、繁栄ぶりでした。「繁栄」というと仰々しく聞こえますが、英語では"flourish(フラリッシュ)"、サステナビリティの文脈でよく使われます。語源はフラワー、つまり植物が枝葉をつけて花が咲き誇る状態であることからきていて、転じて街や地域、会社などに人が集まり成功している状態を表します。サステナブル(持続可能)な街とは、すなわちflourishの状態を保っていることであるといえます。
観光地としてもあまり有名とはいえないフローニンゲンが繁栄しているのはなぜでしょうか。一つには、フローニンゲンには学生がたくさんいるということがあります。研究大学として知られる「フローニンゲン大学」と実践的な「ハンゼ応用科学大学」の2つの大学があるため、合わせて6万人の学生が住んでおり、平均年齢はオランダで一番若い街です。しかし私が訪れたのは夏休みの時期で大学はお休み。街に学生らしき人はそこまで多くはありませんでした。にもかかわらす賑わっていたということは、理由はそれだけではないでしょう。
フローニンゲンを歩き回った結果、街に繁栄をもたらす3つの理由が浮かび上がりました。
1.地元資本のショップが多い
フローニンゲンの街を歩いて気づくのは、グローバルブランドの店、つまり親しみのあるロゴの看板が少ないということです。例えばカフェ。全世界どこにでもあるスターバックスは、この街では駅の中と街なかの2軒のみで、あるのは圧倒的に地元資本の小さなカフェやレストランで、そこに人が集まっています。この街ではグローバル企業が来ると反対運動が起きるのだそう。住民が地元の企業を大事に守ろうとしているのです。
ZARAなどのグローバルファッションブランドもまったく見かけません。正直、ファッションに関してはいかにも田舎らしい店が多いのですが、それでもつぶれずに成り立っているのです。デパートもチェーンではなく地元のデパートです。「地元企業を大事にする」ことが、地域繁栄の基本なのだと改めて気づかされます。
2.本はAmazonより街の本屋で買う
フローニンゲンの街の特徴として、本屋さんが多いことがあります。人口20万に対して本屋が14軒もあり、これはオランダ全体でも特殊とのこと。
その中でもフローニンゲン大学にほど近い「Godert Walter(ゴッタート・ウォルター)」は1935年創業の最古の本屋さん。小さな店ですが、老舗らしい雰囲気があり、ひっきりなしに人が訪れていました。
ネットで本を買う時代になって久しく、しかも地方都市にこれだけの本屋が生き残っているのは驚きです。「フローニンゲンにはなぜ本屋が多いのか」について、店主さんに聞いてみました。
「昔は20軒以上あった。これでも減ったんだ。うちは10代〜30代の若いお客さんが多いね。彼らは本屋で買い物をするのが本当に好きで、そのおかげで我々も生き残っている。みんなAmazonと値段を比べ、同じぐらいの価格なら地元で買うんだ。オンライン購入は哲学に合わないと考える人が多いよ」
実際に店にいると、若い人や小さいお子さんファミリーがどんどん入ってきて、セール品をのぞいたりしています。店内にはフリーのコーヒーもありました。
確かにここは学生街でもあるけれど、同様の環境でも日本ではどうでしょうか。ここまで本屋にみんな来るかな、と考えてしまいます。ちなみにコミック類はほとんどありませんでした。
この本屋さんのもう一つの特徴として、フローニンゲン関連本、つまり地元に関する本がやたら多いこと。歴史、建築、自然などさまざまなジャンルで壁一面フローニンゲンの本で埋め尽くされているのです。すべて新刊で、中古本はないのにこの量には圧倒されます。
フローニンゲンの人は地元にとても興味があり、特に歴史本はよく売れるのだそう。写真入りの都市計画や新旧の建物などの本も目立ちます。私も半額になっていた街の中心部についての本を買いました。
これらの本屋のエピソードから、住民の地元愛の強さが伺えます。「地元に興味関心がある」そして「オンラインではなく地元で買う」ということが、街の繁栄の重要な要素であることは間違いありません。
3.自転車優先社会
街の繁栄を支えるのは実は「自転車」なのではないか。フローニンゲンでそう思いました。自転車大国であるオランダの中にあっても、フローニンゲンは特に自転車が多い街です。自転車専用道路が完全に整備されており、移動手段のメインにしている人も多く、みなかなり高速で自転車移動します。そして街の中心である広場や商店街には基本クルマは入れず、自転車か徒歩でのアクセスになります。
駐車場を探さなければならないクルマと違って、自転車はそこかしこにある駐輪コーナーに置けばいいだけなので、人が活発に動き回ることができます。イベントやコミュニティの集まり、カフェで人と会う時など、ついでにちょっとだけ商店に立ち寄る。本屋さんで見ていても、みな長居はせず、さっと来てさっと帰っていきます。そして自転車で次の場所にさっと移動するのです。
これが日本の地方都市だと完全にクルマ社会で、1人1台持つのはざら。いきおい買い物は駐車料金が高く入庫も面倒な中心部は避けて、郊外の平置き無料駐車場つきのショッピングセンターに行きたがります。そのため街なかのカフェにおしゃべりに来たついでに他の店に立ち寄って服を見たり、本屋で立ち読みしたりといったようなお店めぐりが起きにくく、ショッピングセンターの中だけで完結してしまい、その結果お金が落ちるのはショッピングセンターだけになってしまいます。
実際に自分でも自転車で移動してみて、本当に快適で、出かけることが楽しかったです。中心部以外でも自転車専用道路を使って気になるスポットに気軽に行くことができます。広い公園の中を走り回ったり、少し離れた学園都市を見に行ったり、フリーカフェといわれる救済食堂を訪ねたり、充実した時間を過ごすことができました。
自転車のモビリティの高さは人を活動的にさせ、移動を促し、ひいては地域活性に大きな影響を与えます。また、CO2排出の点から見ても、そして健康の面でも自転車社会のメリットは大きいのです。反面、日本の地方ような1人1台のクルマ社会はその裏返し、便利さと引き換えに失うものが多すぎると感じます。
日本の地方都市はどっぷりクルマ社会になっているところがほとんどですが、街なかの活性化を考えるのであれば、欧州の多くの都市がそうであるように、思い切って道路計画を変更して自転車都市にしてしまうというのは絶対にありだと思います。
日本でもこのことに真剣に取り組む首長さんが現れて、自転車ファースト都市が出現したらいいなと願うのみです。