ファッション産業の大量廃棄問題の解決に向けて、繊維を祖業とする伊藤忠商事は、廃棄を出さない経済循環の仕組み、サーキュラーエコノミーの実現を目指すプロジェクト「RENU(レニュー)」をスタートさせている。廃棄衣類や端切れを回収し、リサイクルして再生ポリエステルの糸や布を作り、そこからまた新しい衣料品を生み出す「服から服へ」の再生プロジェクトだ。
中心になっているのは、同社繊維カンパニーの佐竹隆一課長が率いる繊維原料課。RENUや衣類回収事業を担当する井上尚太氏と鎌形勇輝氏の両名にプロジェクトの狙いや課題などについて伺った。
※この記事は旧サイト(「環境と人」)からの移行記事です。
衣類の大量廃棄問題と向き合う、「RENU」プロジェクト始動
―「RENU」プロジェクトとは何ですか?
ファッション産業には、衣類の大量廃棄という大きな環境問題があります。日本では年間約75万トンの衣類が手放され、その6割超が焼却や埋め立ての手段で廃棄されています。「RENU」プロジェクトは、ファッション分野におけるサーキュラーエコノミーを実現するためのアプローチのひとつとして、2019年春にスタートしました。
糸や綿など繊維の原料を扱う繊維原料課が担当し、中古衣類や繊維の裁断くずから作られる再生ポリエステルを供給しています。
ポリエステルは、加工しやすい、多様な色に染めやすいなど利点が多く、ポピュラーな素材として流通しています。再生できるのであればインパクトが大きい。再生ポリエステルからスタートしたのは正解だったと思います。
―どういう経緯で始まったのでしょう?
日本でサーキュラーエコノミーがホットな話題になる前から、欧州や北米の駐在員からの報告でそうした流れがあることは察知していまして、東京の本社側でプロジェクトを立ち上げました。
原料から製品へ 「RENU」の流れ
―原料の供給から製品の販売までの流れを説明していただけますか?
再生ポリエステルの工場は中国にあって、そこで中古衣料や繊維の裁断くずが再び繊維に生まれ変わります。そのあと、従来弊社の繊維カンパニーが構築してきたアジアを中心としたバリューチェーンにのせて最終製品の衣服にします。最終製品は、日本を含めグローバルな市場に供給しています。
―中国の工場は協力会社ですか?
はい、そうです。浙江佳人新材料有限公司という企業です。2012年に帝人が中国で合弁会社として設立しました。
再生リサイクルの手法には、マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの2種類あって、前者が一般的で、砕いて溶かしてもう一度再生するものです。一方、ケミカルリサイクルは化学的な方法で、分子レベルまで分解し、重合して再生するので、雑物がなく、バージン原料と同等品質のものが作れます。
中国のパートナー工場、浙江佳人新材料有限公司は、帝人の技術で、繊維から繊維へのケミカルリサイクルが商業レベルでできる世界で唯一の工場と言われています。合成繊維のプラントは年間万トン単位で生産できて初めて消費者が求めやすい価格のものづくりができるのですが、中国のこの工場は公称2万5,000トンの年間生産能力があります。
―そこには、世界中から廃棄衣料が集まってくるのですか?
弊社が関わる前は、ほとんど中国国内の中古衣料や裁断くずを投入原料として使っていました。RENUプロジェクトがスタートして、日本のマーケットからも一部回収するようになり、弊社は、大きな意味での循環をつくろうとしています。引き続き大半の原料は中国国内からですが、日本のブランドでも中国でモノづくりをされているところがあるので、一緒にやっております。
「RENU」のプロダクトはどんなもの?
―どういうプロダクトになって、どこで販売されているのでしょうか?
日本のマーケットから展開して広がっていて、既に100を超えるブランドに採用されています。具体的には、スポーツウェアではDESCENTEやGOLDWIN、ゴルフ系ではCallawayやFILA、ファミリーマート「コンビニエンスウエア」のインナーウェア、バッグではLeSportsac、HUNTING WORLD、OUTDOOR PRODUCTSなど、カジュアルウェアではイトーヨーカドー、アオキ、はるやまなどです。
販売先は、弊社のバリューチェーンを優先して使うというのが前提にありますが、どちらかというと、新規の取引先が多いです。
RENUのストーリー性や品質の優位性などに関心を持っていただいています。ケミカルリサイクルだからこそ生産できる製品もあるので、特にRENUに切り替えることで、リサイクル素材であってもものづくりの制限が限りなくゼロに近づくという点が評価されているようです。
海外のマーケットは、中国とヨーロッパのスポーツ・アウトドア系ブランドが中心で、サーフ系ブランドのBILLABONGやYONEX CHINAなど、カジュアル系ブランドのH&M、HUGO BOSSなどです。
特にヨーロッパの市場では、使用し終わった衣料をどうリサイクルするかについて日本の市場よりも関心が高く、最初からリサイクルしやすいものづくりが考えられているケースが多いです。
日本のマーケットにおけるサステナビリティへの取り組み
―日本国内のアパレル市場で、サステナビリティに対する感度はどのようにとらえられているとみていますか?
率直に申し上げると、やはり欧米に比べると低いとは思います。国内では、良いものを安く提供するというポリシーのブランドが支持される傾向もあり、サステナビリティのプライオリティが高い企業は多くありません。
―日本ではなぜ取り組みが遅れたのでしょう?
デフレに起因して、この20年は安価なものを求める傾向に向かってしまったのではないでしょうか。100円ショップが典型で、これだけ円安になっているのに、世界的に見ると、日本だけが値段が上がっていません。
また、欧米とひとくくりにされますが、欧州と米国とではサステナビリティに対する考え方がかなり違います。欧州は古くからあるものをどう守り残していくかという点を重視する傾向にある。一方、米国は物質的な豊かさを求め、古くなったら手放してしまう文化があります。この場合、サステナビリティを一つのマーケティングの手法と捉える考え方が根底にある気がします。
ただ、国内でも最近は、特徴を出すためにサステナビリティを必須条件として埋め込んでスタートする「インフルエンサーブランド」もあります。マーケット全体の方向性ではサステナビリティが一定の市民権を得ていると思いますが、大手ブランドがサステナビリティを最重要課題に位置づけているかというと、そうではありません。バリューチェーンの中で1円、2円を削る努力をされている企業ばかりなので、わずかであっても製品の価格アップは無視できないということもあるでしょう。
それと、サステナブルな素材は絶対的な供給量が少なく、大手にとっては安定的な調達にまだ不安があり、大きく舵を切りにくいのかもしれません。
―グローバルなブランドはまさにそこが課題と聞いたことがあります。再生原料の取り合いのようになってきているのですか?
ペットボトルではそうした傾向がみられます。ペットボトルから作られるリサイクルポリエステルは比較的安価で大量に調達できるので、昔から一定の市場があります。とはいえ、ボトルを作る量を減らそう、紙パックに切り替えようとの動きがあり、ボトリング会社も新たに作るのであれば再生ボトルにという流れです。回収されたペットボトルの総量に限りがある中で再生繊維にする優先順位が相対的に低くなり、繊維業界ではペットボトル由来の再生繊維の取り合いが起こっています。ペットボトル全体の供給量が減るという未来を見据えると、繊維ごみの実態は無視できず、本格的に服から服への循環を考えなければならないと、業界では言われています。
ECOMMITのリユース×伊藤忠のリサイクルで、捨てるものを減らす
―原材料としての衣類・繊維ごみの回収で課題はありますか?
回収には大きな課題があると認識しています。まず回収するインフラが整っていないこと、次に、それを活用して不要なものを捨てずに回収に回すというアクションが生活者に浸透していないことの2点が挙げられます。
2022年、衣類の回収ができる、鹿児島に本社があるECOMMIT(エコミット)と業務提携し、日本国内での衣類回収を本格的にスタートしました。その後、弊社から出資もしています。RENUプロジェクトでは、ECOMMITとともに回収した衣類のうち、再生可能な衣類をリサイクルします。
―利益は出ているのでしょうか?
RENUプロジェクト全体でいえば、事業として成り立つ程度にはなっています。ただし、回収から再資源化を進める過程では更なる合理化が必要です。普及させるためには、バリューチェーンのパイプをより太くしていくことが我々の役割でもあります。RENUプロジェクトでは、消費者も含めバリューチェーン上のあらゆる立場の人にRENUの取り組みを認知していただくことが重要です。サステナブルな素材だからでなく、消費者がたまたまいいなと思って手に取った服がRENUで作られていたという未来を目指しています。
―回収された衣料品の中にはRENUで使えない素材も多くあると思いますが、どのように処理していますか?
一般衣料を集めると当然ポリエステル以外の衣類もあるので、再利用や再資源化の方法に応じて適正に仕分けをする必要があります。回収できるアイテムや素材の受け皿はできるだけ大きくして、弊社内で様々なプロジェクトが走っている中、なるべく環境負荷が低く有効に循環できる方法を探ってつなげるようにしています。
―最近そこにケミカルリサイクルを行う株式会社レゾナックHDも加わったと聞きました。
ECOMMITで集めたものの出口は大きく5つあります。ひとつがリユース、2つ目がRENUなど繊維から繊維への産業内リサイクル、3つ目が自動車内装材などその他のリサイクル、4つ目が従来からあったもので、RPF(古紙や使用済みプラスチック類を原料にしたリサイクル固形原料)のサーマルリカバリー(熱回収)。
今年から5つ目として加わったのが、レゾナックと共同で展開する循環型プロジェクト「ARChemia(アルケミア)プロジェクト」です。これもケミカルリサイクルなのですが、廃繊維や廃プラスチックを混合したリサイクル固形原料RPAF*をガス化し、水素、アンモニアに再生。それを、再生エネルギーやアクリル繊維・ナイロン繊維等の繊維原料、肥料等に変換します。再生された水素、アンモニア、アクリロニトリルは、エネルギー・化学品カンパニーが取り扱います。繊維カンパニーとエネルギー・化学品カンパニーの幅広いネットワークを使って、様々なパートナー企業との連携が進みそうです。
*RPAF Refuse derived Plastics paper and Apparel densified Feedstock:使用済みプラスチック、古紙及び使用済み繊維を主原料とし、発生カロリーを調整したガス化ケミカルリサイクル向けの固形原料。
サーキュラーエコノミーと既存ビジネスの棲み分け
―サステナビリティ、サーキュラーエコノミー、カーボンニュートラルなどの新しい概念を大企業がビジネスに取り入れる難しさがあると思います。既存ビジネスとの棲み分けについて考えを聞かせてください。
大企業こそ非財務項目が大事という世の中になって、弊社でも中期経営計画にこれらを盛り込み、担当部署が立ち上がっています。とはいえ、やはりバランスが重要でしょう。
時代の流れがその方向に向かっていることは間違いなく、弊社も他に先駆けてRENUプロジェクトを実践しているので、そこはリーダーとして務め、利益を獲る。たとえ途中で時代の方向性が変わっても、従来の材料も扱っているのですぐに舵を切り直すことができます。既存ビジネスと新しいビジネス、両面からとらえる必要があると考えます。
ちなみに、伊藤忠には創業当時から、売り手よし、買い手よし、世間よしの、「三方よし」という理念があって、本業のビジネスを通じてSDGsなど社会へ貢献していくことを目指しています。
―ほかに課題として付け加えることはありますでしょうか?
2022年には新しいプロジェクトを2つ立ち上げました。ECOMMITとの衣類回収サービスと、帝人、日揮HDと共に始めた再生技術のライセンス事業。これらをきちんとカタチにしなければなりません。
サステナビリティに関する取り組みは、ホットだけれど継続して大きくしていくのは難しい分野と感じています。流行りで終わらせないことが目下の課題で、あらゆる人が負担なく参加できる仕組み作りが求められています。インフラ作りは体力がいる仕事ですが、リードして継続していければと思っています。
今後挑戦したいことで言えば、ケミカルリサイクルポリエステルに次ぐ新しい素材、RENUの冠を付けるのにふさわしい素材の開発です。
さまざまな技術が現れる中で、商売として採算が取れるかを見極める目利き力が求められています。異業種からの提案も増えていて、これだと決めるのはなかなか難しい。繊維原料課には多彩な人材がいるので、新しい技術が出てきた時、社内である程度の技術デューデリジェンス(価値やリスク調査)ができることが強みではあります。
―御社の掲げる衣類ごみの廃棄問題解決という目標を考えると、技術をオープンにした方が良いという意見もあると思います。ビジネスとして保持するべき知的財産との対立という課題はありますか?
合成繊維の世界は歴史的に知的財産のオンパレードで、サステナブル原料になっても同様に開発技術や知財が大事と考えられています。インターネット業界のようなオープンソース化はまだ進まないと思います。
とはいえ世界に広げるには各地での量産化が必須なので、ライセンス事業でというわけです。世界中のパートナーにライセンス技術を提供しつつ、産業全体の力をつけていくことも課題ですね。
―ありがとうございました。
2023.10.11
取材協力:伊藤忠商事株式会社様
https:// 伊藤忠商事株式会社 (itochu.co.jp)