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歴史的建造物のリノベーションで持続可能な街づくり【環境都市フライブルグレポート】Vol.5

環境都市フライブルグレポートの第5回。今回は、古い建物のリノベーション事例についてです。

フライブルグには古い建物のリノベーションがたくさんあります。古い建物は見た目も価値が高いため、街の雰囲気作りに大きな役割を果たしています。日本でも古民家再生がブームですが、こちらでも同様に、なるべく古材部分を活かしつつ、古いものに機能的な建材を取り入れてデザインを調和させ、居住性も高まるような工夫がしてあります。

古い農家を公共施設に

シュヴァルツヴァルト(黒い森)の麓に、人口約9700人のキルヒツァルテン(Kirchzarten)村があります。この村の商店街から300mほど離れた場所に、築200年の石造りの農家と厩(うまや)をリノベーションした建物群があり、新たな町の中心になっています。

左が図書館、右が村役場。二つの建物を新設した廊下がつないでいる。

この改修事業を行ったのは、歴史的建造物の改修を専門とするSutter3社。社長のヴィリー・スッター氏は池田氏の友人で、約30年にわたり、シュヴァルツヴァルト地域で、100件以上の古建築の改修を手がけているスペシャリストです。

80年代当時、彼の生まれ故郷のシュヴァルツヴァルトのティティゼー・ノイシュタット市では、住宅ブームで、たくさんの古い建物が壊されて、新築の家が建てられていた。スッター氏にとっては、趣と雰囲気がある古い建物が解体されていくのは、自分が慣れ親しんだ故郷がどんどん奪われるような気持ちだった。少しでも歯止めをかけようと、農家の古い納屋や空き家になっている古建築を見つけては、所有者と交渉し、買取り、改修した。出来上がった建物は、転売するか、もしくは自社で所有して住宅やオフィスとして賃貸する事業を1980年代終わりころから開始した。誰も手をつけようとしない廃屋の建物や文化財に指定され改修の条件も厳しい物件を、丁寧にしかも経済的に改修し、新しく蘇らせていった。

ドイツ黒い森便り 池田憲昭 https://blog.arch-joint-vision.com/?paged=15

一つの納屋は村役場と屋根裏ホール、もう一つの納屋は市民図書館。2つの建物の2階部分がガラス張りの橋廊下で繋がれています。階段が設置される公共建築物には、火災保護法の規定により、階段室をコンクリートの内壁で囲って高価な防火扉を各階に取り付けることが義務化されていますが、スッター氏は橋廊下を火事の際の避難経路にすることで、コンクリート内壁も防火扉も設置しないで済むようにし、大幅にコストを削減するとともに、区切りがない広くオープンな空間の創出を実現したとのこと。新たな素材は最小限にして、デザインと規制のバランスをうまく取っている例とのことでした。

1853年建築の納屋をホテル&レストランに

また、Sutter3社の事例では、街道沿いの農家の厩舎をホテルとレストランにしている例もあります。約2,000平方メートルという南バーデン地方最大級の広さで、歴史的にも重要な意味を持つこの納屋は1853年に建てられました。この地域はフランスからオーストリアへ向かう重要な交通路に位置し、かつては馬車用の変電所として機能していたと言われています。駅からのアクセスが悪いにもかかわらず、リノベ後は結婚式などの需要もあり大繁盛だそうです。

オープンテラスが魅力的なレストラン

この日も結婚式が行われていたため、レストランは貸し切りでクローズでした。

モダンなロビーも壁は古材を使用している。

1700年代にできた家をクリニックに

老朽化が目前に迫っていたこの農家もSutter3社の技術によって生まれ変わりました。

1707年に建てられたこの農家は最も古い建造物です。半世紀前までバンク家が住んでいたため、「バンクハウス」と呼ばれ、街の名物になっています。現在はメンタルクリニックが営業をしています。治療効果がありそうですね。

日本の木造家屋を思わせる外観
バンクハウスはSutter3社ホームページのトップを飾っている。https://sutter3.de/

福祉地区の木造8階建て住宅

最後にご紹介するのは、新築では珍しい木造パネル工法の8階建ての集合住宅です。2021年夏に完成した「ブッキンガーストラーゼ52」という名称の建物で、フライブルク市の社会福祉住宅地区、ワインガルテンに建っています。1階を除いて、エレベーターシャフトも階段室も、コンクリートを使わない、オール木構造の建物が実現しています。

1階にはスーパーと幼稚園が入り、2階以上は30世帯分の賃貸住宅になっている。

避難空間もオール木材というのは前例がなく、消防関係など許可申請で調整に時間がかかったようです。

さらに注目すべきだと思った点は、保育園が併設されているところです。保育園もまた木造の同じ造りでした。住居敷地内に保育園があるということで、園児の送り迎え時間もなく、ファミリーにとっては最高に子育てがしやすい環境であることは間違いありません。

ここは通常の住宅地ではなく、社会福祉住宅が集まる、ある意味特殊な地区。池田さんによれば、コンクリート建築とさほど変わらない値段で経済的な木造高層建築ができたこと、社会的な賃貸住宅として運営されていくことは、大きな意味があるということでした。