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大阪市に本社を置く大手産業ガスメーカーの「エア・ウォーター株式会社」は、2024年5月、国内初となる家畜ふん尿由来の液化バイオメタン(LBM)の販売を北海道で開始しました。液化バイオメタンは、乳業メーカーやロケット開発に取り組むベンチャー企業等に燃料として供給されています。

液化バイオメタンの安定供給が実現すれば、現状輸入に頼っている液化天然ガス(LNG)の代替として、地域や暮らしを支える地産のエネルギーになります。LBM製造の舞台となる、北海道十勝地方の大樹町(たいきちょう)と帯広市のプラントを取材しました。

家畜ふん尿の臭気解決策にも

北海道の東南部、帯広市の南側に位置する大樹町(たいきちょう)は、面積約82,000ヘクタールで東京23区が余裕で収まるほどの広さ。中央部に十勝平野が広がり、東側は太平洋に面していて、酪農、畑作、漁業などの農林漁業を基幹産業とする町です。

中でも、広く平坦な土地を利用した規模の大きな酪農が町の産業を支えていて、人口5,000人ほどに対して、乳用牛の数はその5倍近くの24,000頭に上ります。

画像提供:大樹町

大樹町に限らず、酪農が盛んな地域で家畜のふん尿は悪臭の発生源となり『やっかいもの』とされています。牛1頭につき一日の排せつ量は60kg。膨大なふん尿の適切な処理と有効利用、そして悪臭の解決策の一つとして挙げられるのが、バイオガスプラントの活用です。ふん尿を主な原料にメタンガスを発生させ、そこから電力をつくるのです。

固定価格買取制度(FIT)を活用した売電を想定したものですが、初期投資が大きく、さらに発電したとしても北海道では多くの電力系統で空き容量がなく、想定通りに電気を売れない現状があります。

大樹町で約900頭の乳牛を飼育する「有限会社水下ファーム」と、2,700頭を飼育する「サンエイ牧場株式会社」もそのような課題を抱えていました。

900頭の乳牛が自由に動けるフリーストール型の水下ファーム牛舎内
2700頭を飼育するサンエイ牧場は道内3番目の規模

サプライチェーンのCO₂排出を60%削減

食を支える一次産業のエネルギー課題を解決したいと、「水下ファーム」「サンエイ牧場」を巻き込み、環境省の実証事業で液化バイオメタンのサプライチェーン構築に取り組むことになったエア・ウォーター社。その仕組みは次の通りです。

  • 牛舎で牛が排泄したふん尿を、重機や回収設備などを使って地下に集める。
  • 集められた排泄物は順次、発酵槽に送られる。発酵槽の温度は約40℃。ここで30日間発酵を促すことで、バイオガスが発生。
  • バイオガスの一定量は、牧場の発電やボイラーの燃料として使われ、余った分はエア・ウォーターが買い取る。
  • エア・ウォーターは、買い取ったバイオガスを粗分離してメタン純度約90%のバイオメタンガスにし、吸蔵装置に充填。
  • 吸蔵装置に充填されたバイオメタンガスは、帯広市にある液化バイオメタン(LBM)製造プラントへ運ばれる。
  • プラントで水と二酸化炭素を取り除く工程を経て、さらに純度を高める。
  • 最終的には、気体のバイオメタンガスを冷却して液体の「液化バイオメタン(Liquefied Bio Methane)」となり、タンクローリーやボンベに詰められユーザーへ運ばれる。

エア・ウォーターによると、液化天然ガス(LNG)の代替燃料として使用可能で、さらにLNGとの混合燃焼も実証済み。都市ガスの装置であれば、新たに設備や機材を購入する必要なく、液化バイオメタンを使うことができます。

LNGの代替として使われた場合、CO₂排出削減量は、サプライチェーン全体で60%以上と想定されています。

液化バイオメタンによるエネルギー地産地消事例

家畜ふん尿由来の液化バイオメタン。輸入したエネルギーに頼らず、『やっかいもの』の未利用資源を有効活用して地域で生み出されたこのエネルギーは、地域を支えるエネルギー源になろうとしています。

1.よつ葉乳業株式会社
まず、2024年5月から供給を始めたのが、北海道を代表する乳業メーカー「よつ葉乳業株式会社」の十勝主管工場。年間68万トン(2022年度実績)の生乳を受け入れて、多彩な乳製品を製造している集乳量日本一の工場で、ここでボイラー燃料として使われています。1か月で使用する液化バイオメタンの量は5トン。これにより、年間150トンのCO₂削減につながるそうです。

よつ葉乳業 十勝主管工場 画像提供:よつ葉乳業

2インターステラテクノロジズ
次に、原料の調達先となっている大樹町に本社を置く、宇宙ベンチャー「インターステラテクノロジズ株式会社」。開発中のロケットの燃料として、液化バイオメタンを選定しました。家畜のふん尿でロケットが飛ぶ未来は、そう遠くなさそうです。

液化バイオメタンを使用したロケットエンジン燃焼試験
画像提供:インターステラテクノロジズ

3雪印メグミルク
このほか、大樹町にある「雪印メグミルク株式会社 大樹工場」では、液化する前のバイオメタンガスが使われています。帯広市のLBM製造プラントへ輸送する手間とコストが省かれ、大樹町で作られたエネルギーがそのまま大樹町で消費されています。

雪印メグミルク 大樹工場

液化バイオメタンの販売価格は、一般的なガスの値段の10~20倍。供給量と供給先を確保して、価格をいかに下げられるかが、今後の課題です。

移動可能なユニット型プラントも実証実験中

さらに、エア・ウォーターでは「ユニット型バイオガスプラント」の実用化にも取り組んでいます。ユニット化を図ることで現地工事の短縮や製造コストの低減が可能となり、従来の大型プラントに比べて低コストとなります。また、規模や場所に応じて柔軟な対応もできるため、エネルギー生成に意欲的で環境に配慮した牧場運営を目指す、中小規模の牧場で運用できます。

必要な設備がコンテナの中に整えられていて、先々牧場で必要なくなった場合はコンテナごと移動でき、設備が無駄にならないサステナブルなメリットもあります。

ユニット型バイオガスプラント 従来の設備と比べて非常に省サイズ
コンテナの中に設備を搭載

今回の取材でお話を聞いたのは、エア・ウォーターの執行役員でエネルギーソリューショングループ グリーンイノベーションユニット ユニット長の末長純也さん。

末長さんは「酪農家が、エネルギー生産者としての役割や収益の多様化といった新たな機能を持つことで、経営が安定し、地域とのつながりが強くなります。地元の学校のエアコンを液化バイオメタンやバイオメタンで動かしたいと考えていて、そうすることで、悪臭の原因だった牧場の印象は、将来世代の子どもたちにとって良い方向に変わり、身近になるのではないでしょうか」と話していました。

地域の資源を生かした循環型エネルギーの取り組みは、環境改善や地域社会の活性化につながるだけでなく、未来を担う子どもたちにとっても、より良い暮らしと希望を提供する可能性を秘めていると感じました。

エア・ウォーター株式会社 https://www.awi.co.jp/ja/index.html