一大酪農地帯の北海道十勝地域で、家畜のふん尿からクリーンなエネルギーを作りだしている、エア・ウォーター株式会社(本社:大阪市)。酪農が盛んな地域で、臭気や処理にかかる労力などから「やっかいもの」とされてきた家畜のふん尿が、地域を支え地球環境を守るエネルギーの原料に変わろうとしています。
1回目の液化バイオメタンに続き、今回は水素。2022年にエア・ウォーター北海道と鹿島が合弁で立ち上げた「株式会社しかおい水素ファーム」設立までの経緯と、水素が作られる過程、そして活用の可能性に迫ります。
違和感なし!ふん尿由来の水素で走る車
47年の人生の中で、初めて水素車に乗り、水素車を運転しました。
充填されたエネルギーは、「しかおい水素ファーム」で製造された、家畜ふん尿由来の水素。エンジン始動時の振動などはなく、走り出しは滑らかで、運転中も静か。違和感はまったくなく、北海道の広い道路をどこまでも走りたい、そんな爽快感で満たされる乗り心地でした。
町がバイオガスプラントを運営する北海道鹿追町(しかおいちょう)
家畜ふん尿由来の水素を製造、および販売している「しかおい水素ファーム」があるのは、十勝平野の北西に位置する鹿追町。畑作と酪農が主の、農業と観光を基幹産業とする人口5,000人ほどの町です。
生乳乳量は、十勝エリアでトップクラスの年間およそ12万トン。70軒余りの酪農家で、合わせて21,000頭の乳牛を飼育しています。
家畜ふん尿の適正な処理を望む住民の声の高まりを受け、町は2007年にバイオガスプラントを中心とした「環境保全センター」の稼働を開始。さらに2016年には、2基目のプラントを稼働させました。
プラントで製造されたバイオガスは、そのほとんどを発電に使っています。施設内で利用するのは全体の10~20%ほどで残りは売電していましたが、電力需要地までの送電網の配備等が課題となってすべてを使い切ることはできず、有効活用を模索していました。
そのような中で着目したのが、次世代エネルギーとして期待が高まる「水素」でした。
日本初!バイオガスから水素燃料 そして事業化
その後、エア・ウォーターをはじめ、民間企業4社による7年間の実証事業を経て、2022年4月に「しかおい水素ファーム」が設立されました。家畜ふん尿由来の水素を製造・販売する、国内初の取り組みです。
製造の主な過程です。
- 各酪農家で出たふん尿を、トラックでプラントの原料槽へ運搬
(9軒の協力酪農家から集められるふん尿の量は、1日およそ100トン) - 発酵槽で発酵させ、バイオガスを発生させる
- バイオガスから二酸化炭素を分離させ、メタンガスを抽出
- メタンガスから水素と一酸化炭素を発生させる
- 一酸化炭素と水蒸気を反応させ、水素を発生させる
- 水素ステーションで高圧化し、燃料電池自動車(FCV)の燃料として販売
1回5kgの水素の充填で走行可能な距離は約600km(冬期間は約450km)。2024年12月現在の価格は1kgあたり2,000円で、1kmあたりおよそ16円の燃料コストと計算できます。
十勝エリアで走行している燃料電池自動車(FCV)は、鹿追町保有の10台を含め25台ほどとみられ、社会的なFCVへのシフトが水素需給のカギとなるのは間違いありません。
さらに、ネガティブエミッションへ挑戦!
エア・ウォーターは、しかおい水素ファームで「ネガティブエミッション」への取り組みも始めています。ネガティブエミッションとは、CO₂を回収・吸収し、大気中のCO₂を減らすことを指します。
その取り組みとは、日東電工株式会社が持つCO₂の化学変換技術を活用し、水素の製造過程で発生したCO₂を使って「ギ酸」を作るというものです。
ギ酸とは、乳牛の飼料である牧草サイレージを生産するときに、劣化を防ぐために使われる添加剤で、国内で使われるギ酸のほとんどは輸入に頼っています。
バイオマス由来のCO₂からギ酸を作ることで、3つのメリットが期待されます。
1.CO₂削減: バイオマス由来のCO₂を活用し、環境負荷を大幅に低減
2.地域循環型経済: ギ酸の地産地消により、酪農地域の経済循環が強化
3.輸入依存からの脱却: 国内生産によって、飼料用添加剤の安定供給が可能
「やっかいもの」の家畜ふん尿の再資源化が、ますます加速します。
この取り組みは、従来「処理が困難な廃棄物」とされていた家畜ふん尿の再資源化をさらに進めるとともに、酪農業と環境保全を両立するモデルケースとして注目されています。
未来の酪農業は、単なる生産活動ではなく、地球環境を守る取り組みの一つへと進化しています。エア・ウォーターの挑戦は、地域と共に歩みながら持続可能な社会への道筋を照らす、先駆的な取り組みといえるでしょう。
▶しかおい水素ファーム https://shikaoi-h2farm.jp/