フィンランドは人口500万人ほど、北海道と同規模という小さな国です。最近ではサウナを思い浮かべる方も多いと思いますが、ほかにも様々な魅力があります。国土の7割以上が森林で、湖が18万個もあり、夏は白夜、冬はオーロラが見られる自然大国。ムーミン発祥の地。そして、洗練された「北欧デザイン」の家具やテキスタイルでも有名です。そしていま、フィンランドは「サーキュラーエコノミーの先進国」として、2050年ネットゼロを目指すEU諸国の中でもその存在感を増してきているのです。
今回はフィンランドでリサイクルフェルト事業を営む、スタートアップ企業ヴィリカラ(Vilikkala)社を取材しました。フィンランドの繊維業界の現状とサーキュラーエコノミー型ビジネスモデルの強みを伺いました。
※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。
航空会社職員が副業で始めたスモールビジネス
ヴィリカラ(Vilikkala)社は、フィンランド南西部のバルト海沿岸部地域にあるフェルトメーカーです。
ヘルシンキの空港から高速道路で1時間ほどのドライブで、ヴィリカラ社のオフィス兼工場があるサロに到着。編集チームを迎えてくれたのは、同社 CEOのJari Toivonen(ヤリ・トボーネン)さん。ヤリさんは現役の航空会社の職員で、2014年、友人のHannuTuomola(ハンヌ・トゥーモラ)さんと起業しました。フィンランドらしいデザインのフェルトバッグを作っています。
起業当初はこのバッグをプランター(植木鉢)として売り出していました。陶器などと比べてフェルト製のプランターは通気性、透水性が良く植物の根がしっかり育つのだそうです。軽くて破損せず移動も簡単。すぐに人気商品になったこのバッグは、しっかりとした作りでデザイン製にもすぐれているため、ショッピングバッグのほか、薪入れとして暖炉の側に置いたり、ベッドサイドで小物を入れたりなど多目的に使われるようになりました。販売は自社のEC サイトのほかフィンランドの老舗デパートでも取り扱っています。
そして今年、ヤリさんたちは新たなビジネスに挑戦しています。フィンランドが推し進めるサーキュラーエコノミーの参画企業として、100%リサイクル繊維を使ったフェルト製造事業を開始したのです。私たちが訪れた日は、新たに導入した機械の稼働が始まる前日というタイミングでした。「あなたたちはスタートの目撃者です」とヤリさん。
リサイクル繊維のメーカーになる・・・それがどんな意味を持つのか、正直、最初はよくわかりませんでした。しかし、フィンランドの繊維産業の現状を知ると、なるほどと理解できます。
活況を呈するフィンランドの繊維産業
マリメッコに代表されるフィンランドの繊維産業の歴史は古く、19世紀までさかのぼります。高品質のリネンやウールの織物を作ってきたフィンランドには工芸とデザインの伝統があり、老舗企業に加え、小規模のデザイナーやテキスタイルアーティストも多く活躍しています。持続可能性と環境に対する責任に重きを置いているのもフィンランドのテキスタイルの特徴です。
そして近年、EUのサーキュラーエコノミーを推進が大きなきっかけとなり、フィンランドの繊維業界には「新世代の波」が来ています。環境に優しい、生分解性を有する植物由来のセルロースやパルプをベースにした新しい素材を開発するスタートアップが次々と生まれ、マリメッコ、アディダス、パタゴニア、H&Mなどグローバルファッション企業を顧客に持つようになり、大きな成長を遂げているのです。
そのひとつ、「Infinited Fiber Company (インフィニテッド・ファイバー・カンパニー)」は、廃棄繊維製品や稲や麦のかすをリサイクルし、コットンに近い風合いのセルロース繊維「Infinna」というヒット商品を開発したスタートアップです。
同社にはZARAの親会社で世界トップのアパレル企業インディテックス社が出資するほか、H&M、パタゴニア、「トミ ・ヒルフィガー」ブランドで知られる− PVH ヨーロッパ社などが今後複数年にわたる購買契約を締結しています。フィンランドにはこういった、スケール途中にあるテキスタイル系スタートアップが他にも数社あるのです。
EUが打ち出したグリーンディール政策に準じ、多くの国が2050年の温室効果ガス排出ゼロを目標に掲げる中、グローバルファッションブランドは社会的責任を果たすべく持続可能性を重点戦略にしており、環境素材を使い水とエネルギーを節約することで気候変動対策に貢献することを掲げています。たとえばアディダスでは、2025年に自社内、2030年にはバリューチェーン全体でのカーボンニュートラルを目標にすると公言しています。目標達成の期限は、もう数年後に迫っているのです。
リサイクル繊維の確保のため、フィンランド政府では法整備でも後押しをしています。企業だけでなく、一般家庭でも繊維別の分別回収が始まるのです。分別によって二次原料としての品質向上が期待され、資源化しやすくなることが狙いです。繊維の分別は、来年にはフィンランドだけでなくすべてのEU加盟国で適用される規則となります。
EUや政府の後押しのもと、持続可能なテキスタイル産業が活況を呈するフィンランド。ヴィリカラ社はこの流れを好機とみて、小規模ながらもサーキュラーエコノミーと環境を追求するビジネスに参入することを決めました。「私たちはスモールビジネスですが、心はライオンハート(勇敢)です。正直さとオープンさが私たちの強み。小さいからこそできる戦い方があります」とヤリさんは語ります。
新たに始めたリサイクルフェルト事業
では、ヴィリカラ社はいったいどんな商品を作っているのでしょうか。ヤリさんに工場に案内してもらいました。
ヤリさんたちの作業場は、オフィス家具メーカー工場の一角。その真ん中に大きな古い機械が置かれています。ここでヴィリカラ社が作ろうとしている環境素材は、産業廃棄繊維だけで作った強化フェルト。熱と圧力でフェルトをラミネートするシンプルな工程ですが、これによって繊維が強化され、カーシートや防音パネル、特殊カーペット、舞台用テキスタイルなど、通常のフェルトより幅広い用途で使えるようになり、ビジネスチャンスが広がります。
どんなエコシステムを作るのか
原料は、廃棄物繊維を各所から集める企業とパートナーになり、作業着やホテルのリネン、医療用ユニフォーム、ランドリーサービスの会社など、産業界から排出される繊維を使用しています。
また、同社の縫製パートナーは、技術不足や身体的障害のために通常の雇用市場で雇用することが困難な人々を雇用するワークプレイスと協業し、社会的責任も果たしています。このように、スタートアップの場合、複数のパートナー企業と「エコシステム」と呼ばれる協業の輪を形成します。EUや銀行などから融資を受ける際には、その企業よりも「どんな企業とパートナーを組むか」、つまりどんな「エコシステム」を形成するかが評価されるのです。
フィンランドが「サーキュラーエコノミー」に強い理由
驚いたのは、外は零下なのに、作業場はジャケットが要らないぐらい暖かいのです。工場ですから天井も高く、敷地も広いのにもかかわらずです。作業者はみな半袖の Tシャツ。冬のフィンランドとは思えません。いったいどんな暖房をしているのでしょうか。
暖房の燃料は、建物オーナーであるオフィス家具メーカーから出る端材。すべて木製です。これを燃やして循環させる仕組みを、家具メーカーの社長が作ったとのこと。ここでもエコな「循環」の仕組みが採用されているのです。
ヤリさんたちの製品は、中古の機械を使い、廃棄物を活用し、水も使わずエネルギーも最小限で作ることができます。年期の入ったラミネートマシンは1987年ドイツ製。「古いけれど、ラミネートするメカニズムは変わらないので十分」と胸を張るヤリさんに、堅実さと合理性を感じざるを得ません。
サーキュラーエコノミーは新しい考え方のように思えますが、実は「ものを大事にする」という、昔からある、当たり前のことが根幹にあるものなのだと、改めて気づかされます。