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注目が集まる大阪万博オランダパビリオン

2025年4月に開催される大阪・関西万博2025。先日(7月29日)の経産省の発表によれば、海外パビリオンの数は、独自パビリオンが52か国(各国予算47カ国、協会発注5カ国)、協会が用意する単独館が17か国、共同館入居が92か国となる見通しで、総計で161か国が参加するとのことです。

多くの参加国の中、早期から自国パビリオンの情報発信を行ってきた国の一つがオランダです。サーキュラーエコノミーのリード国としても知られるオランダは、“A New Dawn‐新たな幕開け”と名付けられた、球体が印象的なパビリオンを紹介しています。サーキュラーデザインの基本思想とともに、万博で初披露される、水から作られるゼロエミッションのエネルギー技術に期待が高まっています。

建物の中心の球体は、クリーンエネルギーと日の出を表現している。

このパビリオンを設計したのは、数々のサステナブル建築の実績で知られるトーマス・ラウ氏。2012年にヨーロッパの建築環境に初めて循環型経済を導入した建築家です。CE.Tでは、アムステルダムのRAUアーキテクツ社を訪れ、ラウ氏にインタビューすることができました。

我々は地球の「ホスト」ではなく「ゲスト」

アムステルダム市内にあるラウ氏の建築事務所「RAUアーキテクツ」は天然光が降り注ぐ、広々とした空間。ワークスペースにはなんと日の丸が。大阪万博のプロジェクトが決まった時に掲げたそうです。

インタビューでは、「サーキュラーBASE美女木」イベント登壇者で、株式会社竹中工務店のチーフアーキテクト山﨑篤史氏も日本からオンラインで参加。山﨑氏は大阪万博の「Seeds Paper Pavilion」プロジェクト(本記事の最後に紹介)をご担当されています。

竹中工務店大阪本店設計部チーフアーキテクト山崎氏

「素晴らしい仕事の数々ですが、そのモチベーションの源泉は何でしょうか」という山﨑氏の質問に対してラウ氏は、人生観が変わったという少年時代の経験を話してくれました。

「私が10歳の時に、友人たちとバーベキューをしました。すると突然雨が降ってきて、焼いていたソーセージも濡れてしまったため、火を強めようとガソリンの缶をかけたところ爆発し、私は大やけどを負いました。その経験はとてもつらいものでした。 そのあと日の光が差し込まない部屋で1年間暮らし、自分は死ぬかもしれないとも考えました。そのとき、地球上のすべてのものは”一時的なもの”だということを意識するようになったのです」

”一時的なもの(テンポラリー)”という言葉はラウ氏のお話に何度も出てきます。どういう意味なのでしょうか。

「この地球において私たちは「ホスト(所有している人)」ではなく「ゲスト(訪問している人)」だということです。ゲストは一時的な存在で、それを意識すべきです。この前提はとても重要で、建築のみならず経済全体を考えたときも、自分たちは地球においてはゲストである、という立場に立って、その上でどのような仕組みにするべきかを考えるのです」

持続可能性と循環性の違い

ゲストとしてどのような仕組みにするかを考える上で、ラウ氏は、持続可能性(サステナビリティ)と循環性(サーキュラリティ)の違いについても言及しました。この二つは同じものとされることがよくありますが、それは大きな誤解だと言います。

「サステナビリティとは、システムとシステムの間の最適化を意味します。より少ないエネルギー、より少ない材料、より自然に近い材料など、環境負荷の少ないものを選んで適応させていきます。しかし、それはあくまで"最適化"のプロセスであって"転換"ではありません。だから、私たちが社会システムを転換、あるいは変革しなければならないのであれば、サステナビリティは適切な手段ではありません。なぜなら、同じシステムの中には依然として最適な解が存在するからです。

一方で、サーキュラリティとは変化についての話です。新しいシステム構造のことなので、システム内で私たちが何をコミットするか、その根本的な変革が求められるものなのです」

ラウ氏が建築事務所であるRAUアーキテクツのほか、サーキュラーエコノミーへの移行を促進するコンサルタント事務所「Turnto(ターントゥ)」の二つの事務所を設立したのはそのためだと言います。「Turnto」では、ヨーロッパのさまざまな企業と協力しながら建築を通してビジネスモデルの変革に取り組んでいます。また、2017年に設立されたオンライン公開データベース「Madaster(マダスター)」は、マテリアル(資源)のアイデンティティ(身元)と一時的な所在の情報がマテリアル・パスポートの形で記録され、マテリアルの身元が常に確認されるようになっています。

パートナーがアルコール依存症だと知った時にどうするか

サーキュラーエコノミーへの移行がどれほど緊急なことか、そしてサステナビリティでは不十分であるか、ラウ氏は非常に興味深い例を挙げてくれました。

「皆さんに愛するパートナーがいて、そして突然、そのパートナーがアルコール依存症であることがわかったとします。 あなたはパートナーに、将来のためにお酒をやめてほしいと言うでしょう。そして、あなたのパートナーがこう答えたとします。

『全く問題ないよ。2030年には41%、2040年には67%の飲酒を止め、2050年にはアルコールニュートラルになるから大丈夫』

もしこのような返事をもらったら、きっとその関係を解消してしまうのではないでしょうか。なぜなら、そのパートナーは2人の関係にとって必要なことをしているのではなく、自分が可能なことを言っているだけだからです」

今各国が掲げるカーボンニュートラルへの数値目標を、家族の問題に置き換えた例えにはっと気づかされます。ラウ氏の言葉はさらに続きます。

「サーキュラーエコノミーへの移行を実現するために、3つの流れがあります。一つ目はお金、2つ目はコミュニケーション、3つ目は愛情です。サーキュラーエコノミーというと、より多くの資金を投資することだと誰もが考えていますが、それはナンセンスです。お金よりも先に、まずはコミュニケーションと愛情を注がなければなりません。コミュニケーション、愛情、そしてお金です。このバランスも大事です。新しい経済システムを作りたいのなら、これら3つの流れを考え、バランスをとらなければならないのです」

わかりやすく、そして時に哲学的なラウ氏のお話は人を引き込む力がある。

限りある資源を整理し、活性化する

”私たちが地球のゲストである”という前提を建築に適用するとどうなるのでしょうか。

「ゲストであるということは、私たちは何も所有していない、ということです。私たちは毎日、自分たちのものではないものを扱っています。そしてそのほとんどは、それ以上成長しない、限られた資源によって作られています。つまりすべては「Limited Edition(限定版)」なのです。資源は自然のアートですから、私たちはアートを扱うように資源を扱わなければなりません。

山﨑さんが法隆寺の話をしてくれましたが、たとえ法隆寺のような1400年の建物ですら一時的なものです。だからこそ、「永遠に存在する」というこれまでのマインドセットで建物を作ることをまず変えなければなりません」

そして「一時的」の間隔が近年どんどん短くなっていることを指摘します。

「もちろん千年続く建物を作ることだって可能です。しかし、現実を見てましょう。たとえばiPhone はまだ使えるのに3年ごとに交換する人が多いですね。 ”一時的なもの”がどんどん増えているのです。それは、私たちがますます多くの資源を無駄にしていることを意味します。

しかし、もしユーザーがiPhoneを気に入らなくなったり、必要がなくなったりしても、生産者は販売した時にお金をもらっているので、その後ユーザーが製品をどう処分しようと関知しません。一方通行の経済だからです。

では、誰もiPhoneを必要としなくなったとき、私たちがそこに使われている部品(資源)を取り戻すためには、どのような仕組みを作らなければならないのでしょうか」

この投げかけは、ラウ氏が紹介するプラットフォームの話につながっていきます。

「今度は掃除機を例にしましょう。一方通行の経済では、掃除機を使わなくなったらメーカーに戻すことはできません。しかし私たちが価値創造(バリュークリエイション)チェーンと呼ぶシステムにおいては、ひとつの製品を"部品が集積した保管庫(マテリアル・デポ)"と考えます。ここでは消費者は掃除機の部品でまだ使えるものを戻し、その対価をもらうことができます。

このようにするためには、掃除機を作るときに、資源の価値を活性化できるようにあらかじめデザインしなければなりません。掃除機だけではく、すべての製品、そしてすべての建物を、資源がオーガナイズされた保管庫として見なし、デザインするのです」

製品とは資源が集積した保管庫。多くの人にとっては初めて聞く考え方でしょう。つまり、これまでの「製品」「建物」の作り方とは全く違うアプローチが求められるということでしょうか。

「そうです。私たちの生活を成り立たせているものすべてに対して、これまでとは全く異なる態度をとるということです。サーキュラーエコノミーは、”あったらいいな”というものではありません。これは人類最大の課題であり、私たちが仕組み化しなければならないことだと思います」

廃棄物の身元を登録する「マテリアル・パスポート」

サーキュラーエコノミーでは、「廃棄をなくす」ことが重要ですが、ラウ氏は、廃棄物というのは身元(アイデンティティ)のない素材」だと言います。

「私たちは、廃棄物にパスポートを与え、身元を登録することで、すべての資源が登録され、文書化されるプラットフォーム「Madaster(マダスター)」を組織しました。マテリアル・パスポートのためのデジタル・プラットフォームです。マテリアル・パスポートがある建物というのは、その建物の中にどんな材料が何種類あって、どんな品質で、どこから来たものなのかを正確に把握し、その建物のオーナーが建物内の材料に責任を持つことができるということです」

ラウ氏はMadasterの創設者の一人で、創業して7年になるとのこと。現在は7カ国で展開し、日本では清水建設や大成建設と連携して導入が進められています。

なお、ラウ氏はパートナーのサビーネ・オーバーフーバー氏とともにサーキュラーエコノミーの思想をまとめた『Material Matters(マテリアル・マターズ)』という本を著しています。循環型経済とはどういうことか、循環型の可能性を秘めた建物を持つとはどういうことか、その全体像が書かれています。これについては別記事で紹介したいと思います。

日本とヨーロッパの建築の大きな違い

ラウ氏から「ヨーロッパよりも日本の方がサーキュラーエコノミーへの移行の緊急性が高いと思う」と気になる発言がありました。その理由をこう話してくれました。

「パビリオンの建設で知ったことなのですが、日本では地震や台風の対応するための強度が求められるためヨーロッパの3倍から4倍の資材が必要なのです」

3倍から4倍というのは驚きです。仮に3倍としても、日本の建築はヨーロッパ比300%の資材・建材が使われるということです。ラウ氏は、だからこそ、日本においては建物内のすべての資材を登録することがとても重要だと言います。そしてさらにもう一つ重要なことがあると続けます。

「そのためには全く違う方法で設計をしなければなりません。つまり解体できるように設計しなければならないのです。そうすれば、建物のライフサイクルはもう関係なくなります。

万博の場合、10年は保存できる建物だとしても開催期間は6カ月で、終了後はすべてを撤去しなければなりません。だから、すべては6カ月後に解体できて、次にまた建てられるように設計されなくてはなりません」

そして「サーキュラーな建物は絶対に作れない」という意外な言葉が飛び出しました。どういうことなのでしょうか。

「サーキュラーな建物というのは不可能です。ただし、サーキュラーの潜在力を持った建物を設計することはできます。なぜなら解体するか取り壊すかを決めるのはそれを引き継ぐ人々だからです。

私たちがパビリオンを解体した後、2番目の使用者がそれを別の場所で再び建物を組み立て、適用させることになります。それがとても楽しみです」

また大阪万博のシンボルである全長2キロの「大屋根リング」についても興味があるとのこと。大屋根リングは、万博開幕前に次の行き先が決まっているべきであるとした上で、ラウ氏はこれを閉幕後どうするかのアイデアがあるそうです。このアイデアを実現化するために、日本でパートナーを探しています。

「もし、万博閉幕後の大屋根リングがどうなるかについて興味をお持ちの会社があったら、ご連絡ください。私たちはそのアイデアで何ができるかを示します。もしかしたらご一緒に働くことができるかもしれません」

「水」のエネルギーを使用するオランダパビリオン

哲学的とも言えるラウ氏のサーキュラーエコノミーの考え方。そんなラウ氏が設計したオランダパビリオンの見どころは何でしょうか。

「オランダパビリオンで見ていただきたいのは、2つの課題への私たちの解です。ひとつは、先ほど言った”資源は限定版である”ということに対する答えです。

もうひとつは、パビリオン中央の青いドームです。私たちはこれまで化石燃料を使ってきましたが、いま使い果たしつつあり、無限に生産できるエネルギー源を必要としています。水は無限のエネルギー源です。そこでパビリオンではオランダで現在行われている水をエネルギーとして利用する技術をすべて紹介します」

パビリオンの模型でライトテストをするラウ氏。青いドームは赤や緑に色を変えることができる。

本当に水だけですか?という問いに「水だけです」ときっぱり。

「新しいドームは”New Day(新しい日)”を意味します。新しいエネルギー源での新しい一日であり、人類の新しい一日でもあるのです。私たちは新しい一日のすべてをこれまでとは違う方法で整理し始めます」

このドームの直径は11メートルで、1970年の大阪万博の「太陽の塔」の先端「黄金の顔」と同じ幅にしてるとのこと。テクノロジーに関しては、オープン当日まで発表されないということですが、「本当に高度な技術であることは確か」とラウ氏は胸を張りました。

ラウ氏が大阪万博プロジェクトに情熱をかけている理由を伺いました。

「大阪では、在大阪オランダ王国 Marc Kuipers(マーク・カウパース)総領事とともに仕事をしています。彼はとても情熱的にエキスポに関わっています。

そして私はインパクトがあることが好きなんです。インパクトのある瞬間。私は自転車や車を運転するためだけに地球にいるわけではなく、私の人生には意図があります。そして、これはその一環です。人類にとって重要な何かを残したいと考えています」

最後に、どんな人にオランダパビリオンに来て欲しいですか?と質問してみました。

「”私たちは人類である”ということをお祝いするような体験をしたい人に来てほしいです。オランダパビリオンを訪れることが、自分と地球との関係性を築き直す体験になってほしいと願っています」

気さくなラウ氏、。事務所を離れる際に手を振ってくれた。

万博で披露される竹中工務店「森になる建築」

今回取材に同席していただいた竹中工務店の山﨑氏が手がけてきた「Seeds Paper Pavilion」は、竹中工務店が2021年から開発を進めてきたプロジェクトで、2025年の大阪・関西万博において、3Dプリントを使った循環型建築物「森になる建築」として披露することが発表されました。

「森になる建築」は、使い終わると廃棄物になるのではなく、森に戻るというコンセプトで設計されており、生分解性を持つマテリアルを構造材として使用し、外装には手すきの和紙や植物が使用される予定で、生分解性樹脂を3Dプリントして作る建築物としては世界最大規模になる見込みです。2025年4月に完成を予定するこの建築物は、会期中に来場者が休憩できる仮設施設として提供される予定とのこと。

万博会場内に設置される、3Dプリンタでつくる「森になる建築」イメージ図(竹中工務店ホームページより)

ラウ氏にぜひ立ち寄ってほしいという山﨑氏に「もちろん。現地に行った際に楽しみに訪れます」と答えてくれました。

オランダパビリオン、そして「森になる建築」。サーキュラーエコノミーに関心のある方ならずとも、大阪・関西万博の必見スポットであることは間違いありません。

▶竹中工務店 大阪・関西万博の会場に提供する「森になる建築」8月着工(プレスリリース)
https://www.takenaka.co.jp/news/2024/07/08/