現在、スイスのチューリヒで、大規模な再開発計画が進められています。国鉄(スイス連邦鉄道 SBB)の古い作業所が、「持続可能性」をコンセプトに建築群、物作り、食、緑が融合した空間に生まれ変わり、一般開放されているのです。市民がこの場所で“人と環境との調和のとれた関係”を身近に感じることで、生活の質が向上していくことをねらっています。どんな様子か、実際に訪れてみました。
エネルギー源は、地下水や太陽光自家発電

再開発の場所は、線路脇の4万2000平方メートルの大区画です。敷地内に並ぶ歴史的なレンガ作りの建物が改造され、新旧のデザインが独特な雰囲気を醸し出しています。新築ビルも予定されています。「工房の町・チューリヒ(Werkstadt Zürich)」という新しい名前が付いたこの商業区は20年計画で整備を進めており、完成は2035年を予定しています。

基本設計は、SBB、チューリヒ市、チューリヒ州立建造物保存局が共同で行いました。環境負荷を低減するには効率的なエネルギーの使用が不可欠です。ここでは、複数の井戸から汲み上げた地下水を冷暖房に利用しています。地下水はエネルギーセンターで再生エネルギーを使って温度調整され、各棟に供給されます。各棟はエネルギーネットワークでつながっており、ある棟で余った熱・冷気は別の棟で使用されます。

入居企業向けに太陽光自家発電も行っています。工房の町が完成すると約300のテナントが入りますが、その電力消費をほぼ100%まかなう予定だそうです。こうして、完成時には年間 2100 トン以上の CO2削減が見込まれています。
建材は循環させて使う
資源の節約もCO2排出量の低減につながります。敷地内で使われていた建材を再利用するだけでなく、外部から持ってきた建材もリサイクルしています。たとえば、古い線路を柱に転用したり、駅のホームで使っていたアルミニウムを保護材にしたり、病院で不要になった階段の手すりを新しい階段に再利用するなどです。徹底した資材循環です。


企業の入居条件は「持続可能性」
すでに一部のビルには、審査を経て選ばれた約40社が入居しています。建築、ファッション、飲食、ITと業種は多岐に渡りますが、 共通しているのは環境に配慮した材料の使用、製品を可能な限り長く使い続けるための仕組み作り、ここで製造して市内で販売しているといった点です。いくつか、ご紹介しましょう。

アパレルメーカーの「QWSTION」は、100% 生分解性の特殊な繊維Bananatex®を使ったバッグを作っています。Bananatex®はフィリピンで有機栽培されたバナナの木から作られています。3年かけて自社開発しました。またオーガニックコットンやリサイクルコットン製のバッグもあります。今年4月からは、市内の旗艦店でQWSTIONの中古バッグを貸し出すサービス(1アイテムに付き月額約2200円、最低3か月契約)を開始しました。修理も受け付けています。

「Transa(Transa Backpacking)」は、スイスで多店舗展開しているアウトドア用品の老舗です。約550ブランドを扱っています。工房の町には修理センターを構え、寝袋のクリーニング、ファスナーや穴の修理、ソールの張り替えなど、あらゆるメンテナンスを受け付けています。2023年の修理件数は2万1778件(うち半数以上は自社対応)で、前年比18.5%増だったそうです。

ミニマルなデザインが好評を博しているエスプレッソマシン「ZURIGA」は、2016年のクラウドファンディングから始まりました。直営店は2店(チューリヒ中央駅そばとドイツ・ミュンヘン)。設計から製造まで工房の町で一貫して行っています。「一生モノ」であってほしいと、修理しやすいように設計してあるとのこと。受注生産式で、注文を受けてから318個のパーツを手作業で組み立てます。注文から納品まで数か月待ちという人気ぶりです。

スイスはチョコレートの消費量が多く、大小様々なチョコレートメーカーがあります。チューリヒの「laflor」は以前の製造所が手狭になり、今年1月に工房の町に入居しました。laflorは、持続可能な方法で栽培・管理されたカカオ豆を南米の小規模農家から直接調達しています。豆の一部は、CO2を排出しない帆船でヨーロッパに運ばれます。豆だけでなく、砂糖やココアバターなどもオーガニック。添加物は一切使用していません。製造の様子は、チョコレートのテイスティングなどを行うイベントスペースから見えるようになっています。
「館内ガイドツアー」や「オープンデー」を開催
工房の町では、地産のアイテムがどのように作られているかを見学してもらう、ガイド付き無料ツアー(1時間半)を随時実施しています。また、月1回(金曜日の12時~16時)、先述のQwstionを始めとした数企業がオープンデー(ファクトリー・フライデーと呼んでいる)を開催し、訪問者は製造や修理の様子を無料で見学し、買い物もできます。筆者もいくつかの企業を回りましたが、普段は見ることができない舞台裏を垣間見ることができて楽しかったです。
また、おいしい食も市民を工房の町に引き寄せています。2021年に敷地内にレストラン「Nüni」 がオープンしました。高い天井、木材をふんだんに使ったデザイン、むき出しのレンガ壁、大きな窓が開放的で、とてもくつろげる空間です。スイス・ロケーション・アワードのレストラン部門で「並外れた場所」にも選出されました。地産の食材を使った地中海系料理を堪能できます。年齢や性別に関係なく、誰もが気軽に楽しめる場所です。


工房の町・チューリヒは、まだまだ発展します。これから、どんな企業が入居するか楽しみです。10年後の完成時には、より多くの人たちが集まる場所になっていることでしょう。
==============================================