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オランダ取材第2弾は、オランダを代表するサステナビリティコンサルティングファームである「 Except Integrated Sustainability 」CEOのTom Bosschaert(トム・ボスハート)氏。IKEAカタログのデジタル化やセールスフォース・バーク(屋上の生態系公園)など国際的な活躍で知られ、日本では三菱地所とのプロジェクトも手がけています。ユトレヒトにあるインキュベーションオフィス「ユトレヒトコミュニティ Utrecht Community (UCo)」にボスハート氏を訪ねました。

「エネルギーニュートラル」「トランジション・マネジメント」「ネットポジティブ」「リジェネラティブな開発」など、耳慣れない新しい概念が次々に登場、サステナビリティの最先端のお話となりました。最後は日本の立ち位置と機会についてお聞きしました。

廃墟を"エネルギーニュートラル"な施設に

―素敵な空間ですね。どのようなリノベーションを行ったかお聞かせください。

この建物は1906年に建てられた築120年の建物です。1990年頃まで使用され、その後は廃墟となっていました。私がこの建物を見つけたときは15年間使われていませんでした。そこで私は、ヘリテージといえるこの建物に、エンジニアリングやビジネスモデルの設計をして、サステナビリティ関連の企業を集めてコミュニティを作るプランを立てました。

このプロジェクトには5つの異なる目標があり、そのひとつに「エネルギーニュートラル」を実現する、というのがありました。エネルギーニュートラルとは、消費したエネルギーと同じだけのエネルギーを生産することです。屋根にソーラーパネルを設置し、ガスを使用せず、太陽光で明かりをとっています。すべての素材はバイオベースのもので有害物質を含まず、植物と換気の両方による特別な空気清浄システムが動いています。家具などの資材はリユース品を使い、すべてキャスター付きなので簡単に移動させることができるようにしています。

トイレットボウルをリユースしたプランター

また、多くのものは、ソーシャルワークショップ(ハンディキャップを持つ人々や仕事を見つけるのに苦労している人々によるもの)によって作られています。例えば、ここに美しいペルシャ絨毯があります。これは廃棄されていたものですが、ユトレヒトに絨毯を修理する技術を持つパキスタンやイラン出身の小さなファミリーがいたので、絨毯を修理するビジネスを立ち上げました。

今はまだ改築中で、この中に食堂を作ったり、新しいフロアを作ったりと、まだ完成はしていません。

国際的コワーキングの歴史を引き継ぐ

―ここは以前はどんな場所だったのですか?

建物の形を見てもわかるとおり、この一帯は操車場でした。機関車を修理する場所で、線路がたくさん引かれていたのです。

元操車場であることがすぐにわかるUCoの外観
機関車が入る入り口を活かした高い窓によって明るい館内

当時、機関車にはいろいろな種類がありましたが、この建物では一種類の機関車だけを修理・整備していました。ヨーロッパ中のそのタイプの機関車は、すべてこの建物にやってきて整備していました。機関車一両につき運転士が3〜4人、そして整備班、合わせて10〜12人のチームです。修復が必要になると、チェコやスペイン、イタリアなどからチームで機関車を運んできて、2~3ヵ月かけて機関車を完全に修復します。そしてその間、チームはここで地元のスタッフと一緒に寝泊まりしていたそうです。つまり、ここは歴史的に国際的な協力関係の場だったんです。

―今、まさにその歴史を引き継いでいるんですね。

そうです。現在、25の企業がここに集まって、約180人がさまざまな分野で持続可能な開発に取り組んでいます。 世界中の多方面の専門家とチームを組んで仕事をする、ということを続けているんです。

昔の機関車チームの写真とストーリーが壁に掲示されている

実践的フレームワークの集大成を出版

―トムさんはサステナビリティコンサルタントとして25年のキャリアをお持ちだと伺いました。

はい、1999年に会社(Except Integrated Sustainability)を始めたので、今年で25周年になります。私たちが知る限り、サーキュラーエコノミー、生物多様性、持続可能な開発などのテーマに取り組んだ最初の企業です。

しかし私たちが始めた頃はまだ知識も経験も少なかったので、独自の方法を開発しなければなりませんでした。それを一冊の本にまとめたのがこれです。「Symbiosis In Development 開発における共生(SiD)」という本で、システム思考とデザイン思考に基づいた、統合された持続可能な開発のための実践的な方法論とフレームワークを集めたものです。

フレームワークが満載の「Symbiosis In Development(SiD)」
右がSID、左はボスハート氏が寄稿したサーキュラーエコノミーのネガティブな側面の議論を集めた新刊。

SiDはずいぶん分厚い本ですね。

そうですね。この15年、20年の経験のすべてが詰まった本です。オープンソースなので、Webで公開されていて無料で誰でも使うことが出来ます。クイックガイド(短縮版)も出ていて、これには日本語版もありますよ。

フレームワークがこれだけあると便利ですね。無料とは驚きですが、どのように使われているのですか。

さまざまな大学で、トランジション・マネジメント(移行管理)に関するより高度な教育を提供するために使われることが多いです。

トランジション・マネジメントとは何ですか?

トランジション・マネジメントとは、ある状態から別の状態への変化を管理するプロセスで、オランダでも新しいテーマと言えます。サーキュラー・エコノミーが始まったのは12年ほど前ですが、今はトランジション・マネジメントやリジェネラティブな開発(地球規模の社会課題を解決するための開発)のようなことが考えられています。SiDに書かれた方法論は、持続可能な開発のすべての側面をつなげたもので、それらの 関係性も含めて書いてあります。ダイアグラム、サーキュラリティ、エネルギー、エコシステム、個人の健康や幸せについても扱っています。

ずいぶん広範囲ですね。

世界には大きな課題があり、あちこちで小さなことをやっているだけでは十分ではありません。だから私たちは、世界の他の地域にも大きな影響を与えるようなプロジェクトを立ち上げたいと考えています。私たちはそれをカタリティック(触媒)プロジェクト、あるいはネットポジティブ(自社の収益向上と人類共通の課題解決の両方に貢献する)プロジェクトと呼んでいます。このプロジェクトは、世界の様々な地域、サプライチェーン、産業、食事方法、旅行方法などを変える大きな力を持っています。現在、世界中で数百のプロジェクトを手がけています。最近はベトナムで新しい工場がたくさん建設されていますし、アメリカや中東での仕事も多いです。

日本でも展開されていますか。

日本での最大のクライアントは三菱地所で、丸の内エリアを中心に行っています。私たちは彼らと協力して戦略やコンセプトを練りました。簡単なことではありませんでしたが、長年にわたっていいかたちで仕事をしてきました。

今年4月、三菱地所が発表した「Regenerative Community Tokyo(RCT)」は、日本初のサステナブル・ナレッジ・インスティテュート(※)で、私たちはRCTの戦略、コンセプト、ビジネスモデルの開発をリードし、プロジェクトの立ち上げから実施までを指導したほか、コミュニティのインテリアデザインもサポートしました。

※ナレッジ・インスティテュート
ナレッジを持つ人々の集合体。官公庁や民間企業、スタートアップ、教育機関、研究機関などの人や組織が、協働してプロジェクトを立ち上げ、それぞれの知識を共有することで一組織では成し得ることが難しい革新的な成果を目指す。(三菱地所ニュースリリース 2024/04/12より)

「New Realty (新しい現実)」とは何か

―長い間この分野でお仕事をしてきて、ここ数年で劇的に変わったことは何だと思いますか。

世界のどの場所かによって少し違いますし人によって開きはありますが、一般的なことを言えば、おそらく10年前までは、まだこういう動きを「ひとつの選択肢」だと考えられていました。でも今は、もはや選択肢ではなく「やらなければならないもの」になっています。

そしてそれを実現するためには、ネガティブな影響を減らすことだけでなく、「新しい現実」へ移行が求められていると思います。

「新しい現実」、パワフルな言葉ですね。どういう意味でしょうか。

それを説明する前に、私たちのことを少しお話しします。

これまで私たちは組織としてコンサルティングを行い、企業、時には政府向けに戦略やコンセプトのデザインを作成し、新しい現実における彼らの役割を学び理解する手助けをしていて、それでお金を稼いできました。そしてそのすべてをクライアントなしの独自のプロジェクトに投資してきました。

ここ(UCo)のプロジェクトが始まったとき、まわりからはクレイジーだと言われました。新しくて極端すぎるため、誰もがうまくいくわけがないと言っていたんです。投資家もいなければ、大きな支援もありませんでした。でも私たちはこれを実現して、うまくいくことを示したかったのです。そして実際に素晴らしいものになりました。今では皆この場所を愛し、また経済的にも非常によく回っていて、みんなが満足しています。循環性を使ってお金を稼げることを示したのです。

今取り組んでいる「オーキッドシティ」というプロジェクトは、私たちの最新プロジェクトで、完全に自給自足可能な生活環境を設計し、開発するためのフレームワークで、4年前に始まりました。

興味深いですね。具体的に教えてください。

オーキッドシティモデルは、本当に持続可能な生活ができる方法を示すもので、多くの人々に希望とインスピレーションを与えていると思います。日常生活に必要なすべて、水、食料、廃棄物、移動手段、学校、文化と娯楽、老人介護、ホスピタリティ、すべてがこの中に含まれています。

既に存在している技術を使い、すべてを新しい方法でつなぎ合わせることによって、これを誰でも手頃に手に入れることが可能になるのです。

裕福な人々だけでなく、大きな別荘に限らず、若い人からお年寄り、学生から社会福祉士、郵便配達人からCEOまで、誰もが利用できるものです。そして、これらの生活環境は今日でも構築可能です。新しく発明する必要がある豪華なものはなく、気候や地域のニーズ、習慣、伝統、さまざまな投資家やプレイヤーのニーズに応じて自ら変化していきます。

オーキッドシティのサーキュラリティモデル

そしてこのモデルでは、地域は「ネットポジティブ」になります。

ネットポジティブとは何ですか。

生産するエネルギーよりも使用するエネルギーのほうが少ない状態を言います。より多くの炭素を空気から取り除くので、気候問題に取り組むのに大いに役立ちます。小さな改善で終わるのではなく、逆に大きな変化をもたらすのです。そして同時に利益ももたらします。

日本でも大小の地方自治体にフィットしそうです。

はい、私たちは地方部でこれを応用しようと取り組んでいきたいと思っています。私たちだけでなく、この実現に協力してくれる約20のさまざまな組織とパートナーシップを結んでいます。

日本では、大都市に人々が移動してしまうため、小さな村には仕事がないという問題が多いと聞いています。このアプローチの素晴らしい点の一つは、産業と循環経済を結びつけ、仕事を創出することができることです。雇用を生み出し、地域活性化に貢献できると思います。

それが「新しい現実」なのですね。

そうです。さらに今、サプライチェーンやビジネスパートナーを通じてデータや知識がどのように接続され、データがよりオープンでダイナミックに接続されるかという新しい現実を生み出すソフトウェアにも取り組んでいます。今までは、私たちはエクセルシートをやり取りし、それぞれが独自のソフトウェアで作業していました。その問題を解消し、現代的な時間を可能にする新しいソフトウェアを作ることに注力しています。

日本はチャンスをどう活かしたらいいのか

―トムさんのお話で、エネルギー自立の重要性と可能性がわかりました。日本の場合、エネルギーの90%は輸入ですが、そこに危機感を持つ人は少ないように思います。エネルギー意識を高めるにはどうしたらいいと思いますか。

まず現実を可視化するということが考えられます。多くのことは、物事をもう少し目に見えるようにすることから始まると思います。そのため私たちはインフォグラフィックを多用してきました。日本にはどれだけのエネルギーが入ってきて、何に使われるのか、どんなエネルギーがどんな形で入ってくるのか、それは石油なのか、ガスなのか、核燃料なのか、そして日本では何に使われるのか。そのチャートの隣に日本の地図を置いて、もしこれが完全に再生可能で持続可能なものだったらどうなんだろう、というように考えるのです。そうすれば、今日起こっていることを、明日のあるべき姿に向かってどのように変えていく必要があるかがわかるはずです。

実行していくには何が必要でしょうか。

日本はこの数年間、技術的に大きなアドバンテージを手にしてきたにもかかわらず、そのアドバンテージを可能な限り最良の形で活用できていないように思えます。クオリティは高く、細部は素晴らしいのに、社会的な観点から見ると、新しい現実への革新はあまり見られません。どちらかというと、古い現実を洗練させたようなものになっています。

逆に言えば、だから日本には本当にチャンスがあると思います。これは私の認識でしかないのですが、日本の多くの組織は、失敗のリスクがあるため大きな一歩を踏み出すことが難しいということが課題だと思います。

イノベーションには常に失敗のリスクがつきまといます。しかし、日本の今の課題、高齢化、エネルギー、資源、建設資材などを見ていると、何かを起こさなければならないのではと思います。

そして、よし、真剣に考えよう、何かやろう、という組織が生き残るのです。今までのやり方を続けて、ベストを尽くそうというような組織は長続きはしません。

大変勉強になりました。ありがとうございました。

▶Except
https://except.eco/
▶SiD
https://thinksid.org/
▶Orchid City
https://orchidcity.eco/
▶「Regenerative Community Tokyo」始動~日本初、サステナブル領域のインターナショナルなナレッジ・インスティテュート~(三菱地所)
https://www.mec.co.jp/news/detail/2024/04/12_mec240412_rct