漁業者が処理に困っていた廃漁網を素材ブランド「amuca®︎」として再生しているamu株式会社。

全国有数の漁師町・気仙沼で生まれたアップサイクルベンチャーは僅か2年でアーバンリサーチやゴールドウイン(ザ・ノース・フェイスやヘリーハンセンなどを展開)など大手アパレルブランドとの協業を実現。循環型経済の未来をデザインするグローバル・アワードなどでも高い評価を得ています。環境問題への関心もアパレル業の経験もなかった若き経営者たちはどのようにこの新たな仕組みを作り上げたのか。東京拠点のあるインキュベーション施設で会見に臨んだ代表取締役CEOの加藤広大氏に、そして、創業の地である気仙沼でCo-Founderの芦原昇平氏に伺いました。
「廃漁網でスニーカーを作りたい」という大きな夢
—新卒で入社された渋谷のインターネットメディアを退職された加藤さんが 気仙沼でamu株式会社を立ち上げたきっかけを教えてください。
大学時代に復興ボランティアで滞在して影響を受けた気仙沼で「渋谷ではできない事業がやりたい」「地域の文化や風習をベースに世界に挑戦できるような事業を立ち上げたい」と試行錯誤していたとき、居酒屋で隣り合わせたマグロ漁の漁師さんに話を聞く機会があったんです。「自分は1年10ヶ月かけて世界を一周してきた。スペインのあの景色が綺麗だった、南アフリカのあの料理がうまかった」。そんな話を聞いていて、なんて漁師はおもしろいんだ。なんとかしてこのストーリーを伝えたいと思いました。

その思いを果たすべく漁師さんたちについて調べていく中で、彼らが廃漁網の処理に困っているのを知ったんです。そこには本質的な課題が2つありました。ひとつは廃棄するという選択肢しかないこと。そして分別の手間とコストがかかることです。

その一部は海洋プラスチック問題の要因にもなっている
でも、私は漁網には漁師さんと一緒に世界の海を旅したストーリーがあることを知っていた。捨てられる漁網にゴミではなく、資源としての価値を感じていた。そこから『マグロを追いかけて世界一周した漁師さんが使っていた漁網からスニーカーを作ったらかっこいいんじゃないか』というアイデアを思いついたんです。
—当時、地域観光の仕事で移住した気仙沼で一緒に暮らしていたという芦原さんは加藤さんのアイデアを聞いてどう思いましたか?
観光業に携わっていた私自身「地域の資源で新たなビジネスを生む」ことに関心がありました。加藤が気仙沼で採れるホタテなどの水産資源でどんな新しいビジネスができるか試行錯誤していたのも知っていたので、ビジネスの資源が気仙沼の廃漁網という産業の静脈であるという意外性にもわくわくしました。これは絶対おもしろい事業になるという確信がありました。

気仙沼だけで年間10トンの使用済み漁網が廃棄されていたという
廃漁網リサイクルの壁は塩分と素材の多様性
―廃漁網をリサイクルする技術との出会いはどのようなものだったんですか?
思いとアイデアはありましたが、創業メンバーの4人はリサイクルやアパレルとは全く関係のない分野から集まった人間です。何から手をつければいいのかわからない中で「移住者による起業」という文脈で取材して下さったNHKさんの番組露出をきっかけに「ケミカルリサイクル」という方法があるという情報をいただきました。そこから世界最大手のケミカルメーカーUBE株式会社(旧宇部興産)さんにダメ元で問い合わせたところ、思いがけず返信があったんです。
技術を持っていたものの、PCR(ポストコンシューマーリサイクル)の原料が集まらないという課題を抱えていたUBE社さんにとって、私たちが回収した廃漁網が探し求めていたリサイクル資源になったそうです。現在では株主としても事業に参画して下さっています。
―回収した漁網をリサイクルする上で大変なことは何ですか?
特に大変なのがリサイクルに出すまでの工程です。漁網は塩分を含むので設備を腐食させると敬遠される存在でもあったんです。その為、廃漁網を体系的に分別・洗浄・破砕する仕組みも存在していなかった。なのでひとつ1つの工程ごとに提携先を見つけて仕組みを構築していく必要がありました。気仙沼では地域内の就労支援施設とも連携して、分別作業をお手伝い頂いています。

—廃漁網といっても、色も素材も様々なんですね。
そうなんです。私たちも回収し始めてわかったんですが、一口に漁網と言っても漁法によってナイロン、PET、PP(ポリプロピレン)などいろいろな素材が使われている。再資源化の方法は素材ごとに異なるんですが、気仙沼だけでも、網を固定せずに風や潮の流れに任せてカジキマグロやサメなどを採る大目流し網、引き網、マグロの延縄漁で使われているテグスなど様々な素材の網がある。しかも延縄漁のテグスは全長が150キロメートルもあるだけでなく、ナイロン、合成繊維、コーティングワイヤーなど様々な素材を組み合わせて強度を高めている。かといって洋服のように使用素材が明記されているわけでもないので回収した漁網の成分をひとつずつ分析するところから始めました。
その中で、大目流し網がナイロン6という単一素材でできていることがわかり、まずはその生地化から着手していったんです。
—分別の後はどのような行程で素材として再生されるんですか?
回収した漁網は分別・洗浄・破砕された後、UBE社と提携している施設でペレットと呼ばれるプラスチックのビーズ状の原料になります。

さらにケミカルリサイクルという工程を経ることで、純度の高いナイロンになる。そうすることでバージン材と同等の物性を持つようになるんです。そのペレットから糸を作り、石川県にある丸井織物さんで生地に織り上げられています。各工程が1、2ヶ月のスパンで進んでいるので、生地になるまで約半年かかっています。

—大目流し網以外の漁網はどうされているんですか?
ナイロンが最もリサイクルしやすく付加価値をつけやすいのですが、私たちの強みは他の素材の再資源化にも取り組んでいることです。ナイロン以外の素材もタイルに混ぜ込むなど、素材ごとに別の出口を模索しています。

素材の多様性という壁を価値に変えていく
―「amuca®︎」に対するメーカーの反応はどのようなものでしたか?
とても面白がってもらえています。サステナビリティという要素やバージン素材と変わらない物性ももちろんですが、それ以上に素材ごとの地域性にも評価をいただいています。
単一素材が少ないことはリサイクルする上では大変なのですが、漁師さんのストーリーを伝えたいというのが事業の出発点である私たちは地域ごとの漁法の違いによる素材の多様性にも価値を見出しているんです。廃漁網の回収拠点は今現在、北海道から沖縄まで広がっている。どんな魚をどんな漁法で採っているかで回収できる素材も量も違うことで、再資源化の方法も変わってくる。そのことが地域の廃漁網で作るプロダクトにも特色を生んでくれると考えています。たとえば瀬戸内海は敷網が多いので、その素材特性を活かした製品開発ができるとか。それぞれの地域でしか作れないものができるんです。
—地域ごとの漁網それぞれに漁師さんのストーリーがあるということですね。
その通りです。私たちは回収からリサイクル、生地製造までの全工程を一貫してマネジメントしています。それにより、どこで誰がどのように使っていた漁網が、どのような工程を経て製品になったのかというトレーサビリティが担保できている。素材ごとに再資源化の方法が違う為、各地域の漁法や使用されている漁網の種類をデータベース化しているんですが、それを可視化させたのがすべての製品につけている「amuca®︎Tag」です。QRコードを読み取ると、たとえば「気仙沼の遠洋マグロ船で使われていた漁網からできた素材です」といったストーリーが表示されます。

この特色を活かして、アーバンリサーチさんとは石巻のフィッシャーマンジャパンとの3社コラボレーションでトートバッグとセットアップを展開。また、ゴールドウインさんとも取り組みを開始しています。
将来的には「沼津の企業と沼津の廃漁網から作られた生地で製品を作る」といったローカルな循環にも取り組んでいきたい。単なるサステナブル素材の先を行く価値を提供していきたいと思っています。
つくりたいのは「いらないものはない世界」
―気仙沼の漁師さんや自治体の方々の反応はいかがですか?
気仙沼の漁師さんたちとは事業のアイデア段階からコミュニケーションを取ってきたこともあってずっと応援いただいています。

気仙沼だけでも年間10トンになる廃漁網には数百万単位の処理コストが掛かっていました。それは漁師さんたちにとって大きな負担でもあったんです。引き取ってくれるなら無償でいいと言われたくらいだったんですが、私たちは古物商の免許を取得して「ごみ」ではなく「資源」として買い取っています。それは廃漁網にある漁師さんたちのストーリーという付加価値への対価であり、私たちが目指している「いらないものはない世界を作る」というビジョンの体現でもあるんです。
―創業2年で循環型経済の未来をデザインするグローバル・アワードなどでも高く評価されていることについてはどのような思いがありますか?
率直に嬉しいことで、すごく光栄なことだと思っています。「amuca®︎」という素材を作るフローがひと通りできたという道半ばの段階でも、私たちの事業に価値を見出していただけるのは本当にありがたいことです。私たちが信じている道は間違いではないんだろうなと思います。
—ここから事業をどのように展開されていくんですか?
私たちはようやく漁師さんたちのストーリーをまとった廃漁網をリサイクルした素材「amuca®︎」を手に母港である気仙沼港から船出しました。次は「マグロを追いかけて世界一周した漁師さんが使った漁網からスニーカーを作ったらかっこいいんじゃないか?」という夢で世界に挑戦する最初の一歩として「amuca®︎」の素材特性を最大限に引き出すプロダクトを私たち自身で作ってその価値を伝えていきます。

2025年7月15日、amu株式会社は、「amuca®︎」を使用した初のオリジナルコレクション「Buddy Collection」を発表。
応援購入サービス「makuake」で「大海原を旅した漁網があなたの相棒に。廃漁網を再生したコレクションを、気仙沼から。」と題してクラウドファンディングによる販売を開始しました。

なんと販売初日にはMakuakeのデイリーランキング1位も達成。CEOの加藤氏が「これで廃漁網スタートアップが生きるか死ぬかが決まる」と語るamu株式会社の2025年夏の挑戦を今後も追いかけていきたいと思います。