茨城県笠間(かさま)市は、栽培面積が日本一位を誇る栗の産地。「笠間の栗」のブランド認知に向けた施策を推進し、順調に販路を拡大する一方で、栗の生産・加工現場では鬼皮や剪定枝といった廃棄される栗が大量に生じていました。そこで笠間市は民間企業と連携し、廃棄される栗を資源に変えようと尽力しています。
今回は笠間市役所 農政課 栗ブランド戦略室 室長 藤咲篤氏と係長 五島安紗美氏を訪ね、廃棄される栗の活用に至った背景や資源循環に力を入れる理由をお聞きしました。
染め物、焼き物、パウダー。廃棄される栗から生み出される多様な商品
—栗の生産・加工時にはどのようなものが廃棄されるのでしょうか?
【藤咲】栗の生産現場で発生するのは、剪定した枝やイガ、葉っぱなどです。加工場では、鬼皮(栗の一番外側の皮)や渋皮、規格外の栗の実が主に発生します。
これらの多くは、生産現場においては焼却処分されるか、一部は畑に埋められています。加工時に発生したものは、産業廃棄物として処分されています。しかし、処理費用がかかったり、畑に残すと害虫の温床になる可能性があったりするため、有効な処理が課題となっていたのです。

—笠間市では、これらの廃棄される栗をどのように活用しているのでしょうか?
【藤咲】笠間市では、民間が主体となった資源循環の取り組みを推進しています。例えば、鬼皮が染料の原料になる点に着目し、鬼皮を丁寧に煮出して抽出し、染料液が作られました。この染料液で法被やバッグ、巾着などが製作されています。
また、栗の葉や鬼皮、渋皮をパウダー化し、和洋菓子の材料に用いる取り組みも始まっています。なかでも鬼皮は栄養価が高くポリフェノールが豊富で、香りが強い。パウダーにすると水分が少ないため、菓子材料にも向いているのです。
規格外の栗は、不良な部分を取り除いてむき栗や加工用として使用したり、剪定枝・イガ・葉は、粉砕して畑の肥料として活用したりしています。

剪定枝は、笠間市周辺で作られている「笠間焼」の釉薬に使用されています。笠間焼の作家さんが、剪定枝を焼却してできた栗灰を釉薬に活用しているのです。
さらにはこの栗灰と、地域固有の原料である笠間長石を主原料とした栗灰釉(くりばいゆう)で笠間焼の器を作る「笠間長石×栗プロジェクト」も開始しました。器は市内のカフェやレストランで用いられるなど地域内で連携した取り組みも進んでいます。そのほか鬼皮と規格外の栗から栗焼酎も造られるなど、取り組みを進める方は年々増加しています。

ー着実に実用化が進んでいますね。この取り組みによりどんな効果が生まれましたか?
【藤咲】一番実感するのは、こうした取り組みに興味を持ち、捨てられていた栗を資源と捉える人が増えたことです。染め物の原料になったり、使われなかった部分が食材(パウダー)として生まれ変わったり、新たな取り組みが起きていると感じています。
【五島】鬼皮などをパウダー化した取り組みは、問い合わせを受けるほど。使われない栗の部位を活用した取り組みは、多くの人から注目を集めていると感じます。
きっかけは鬼皮で染めた市役所ユニフォーム
ー取り組みが広がったきっかけを教えてください。
【藤咲】「笠間の栗」の鬼皮で染めた、笠間市役所の法被製作が大きなきっかけです。令和5年に、北茨城市で「染くらふと工房 安穏」を営む佐川麻穂さんが製作してくれました。
以前、笠間市の山口伸樹市長が、佐川麻穂さんの作品を見る機会がありました。「笠間の栗」のブランド化を推進する山口市長が「笠間の栗でも染め物ができないだろうか」という思いを話し、佐川さんが最初に形にしたのが法被です。
【五島】法被は東京をはじめとする各地のイベントで、笠間市役所の職員がユニフォームとして着用しています。「笠間の栗」の資源循環をPRすることが目的でしたが、購入したいという声が多くあったので法被より手頃なバッグやランチマットを展開するに至ります。
【藤咲】「笠間栗彩」の法被がきっかけで、栗の資源循環に興味を持つ方が増え、取り組みがぐんと広がったと思っています。

ー法被製作の後はどのように広がっていったのでしょうか?
【藤咲】法被の製作をきっかけに、地元の洋菓子の職人さんが鬼皮や渋皮、葉が持つ栄養素や素材の特性に関心を持ち、洋菓子へ活用する取り組みが始まりました。この頃には、笠間焼の作家さんたちの間で剪定枝の栗灰を笠間焼へ活用する動きも広がっていました。
【藤咲】栗の生産・加工場では剪定枝をはじめとする廃棄物は大量に発生するため、何かしら資源として活用できないかという思いを抱えていたと思います。法被の製作がきっかけとなって、生産・加工現場に限らず全体で、なるべく捨てず何かに活用しようという意識が確実に高まりました。それぞれの立場の人たちが問題視していたものを活用しはじめ、自主的な動きが進んでいると感じます。
「笠間の栗」の資源循環に力を入れる理由とは?
ー地域で取り組みが広がった背景には何があると思いますか?
【藤咲】一つは、「笠間の栗」の認知度が高まり、地域を代表する特産品になったことが挙げられます。「笠間の栗」のブランド力が向上したことで、地域の栗を使っていろいろなものに活用していこうという考え方が定着したのだと思います。

ー栗の一大産地でありながら、使われない栗を資源に変える取り組みを進めるのはなぜですか?
【藤咲】使われない栗の活用が広がれば、「笠間の栗」の商品を増やすことができますよね。例えば葉っぱから作られたパウダーは、食品原料として幅広い活用が期待されています。さまざまな食品での商品化が可能になるし、常温での保存が可能になれば観光客の手土産品にもなり得るのではないでしょうか。いろいろな可能性を秘めていると思いますね。
【五島】笠間市では栗の生産者支援を行う一方で、高齢化が進み、栗の生産量を大幅に増やすことは難しいと考えています。可食できる栗の実の部分を使った商品展開に限度があるのが現状です。しかし鬼皮や葉、剪定枝などの使われなかったり、廃棄されたりしてきた部分に価値を見出したことで、「笠間の栗」で商品化をしたい人たちに資源として供給できます。
笠間市全体で見ると、新たな「笠間の栗」の商品展開が可能になりますよね。地域経済の活性化にもつながります。
「笠間の栗」で目指す資源循環と地域活性
—取り組みを進めるうえでの課題はありますか?
【五島】安定的に供給できる体制構築が直面する課題です。例えば、加工時に発生した鬼皮を各加工場から集約し、パウダーや染料を製造・販売する事業者はいない状況。かといって、既存の事業者が本業の傍らで取り組むのは難しい。笠間焼に使われる灰でいうと、まとまった量があればもっと焼き物が作れるという声が作家さんから上がっているほどです。
【藤咲】やはり、回収から保管、加工までの役割を担う民間企業が必要だと考えています。民間が積極的に動いてくれる点は市の強みなので、地域をうまく巻き込んで進めていきたいですね。
—今後の展望についてお聞かせください。
【五島】まずは、この取り組みを発信して、さらに広めていきたいですね。現在は一部の事業者さんとの連携にとどまっていますが、より多くの方に参加してもらいたいと考えています。
【藤咲】生産者の方々が一生懸命育てて作ってくれたものなので、限りなく無駄なく活用し資源を循環させていきたいですね。これが地域にとって最も望ましいあり方だと思ってます。この取り組みを広げ、「笠間の栗」の資源循環を地域に根付かせていきたいです。

笠間市でも、農業従事者の高齢化、後継者不足の問題を抱え、栗生産の大幅な増加が難しい状況です。にもかかわらず、すべてを資源に変えようとする「笠間の栗」の取り組みは、資源循環と地域活性化を両立させる一つのモデルになるのではないでしょうか。今後のさらなる奮闘に期待したいです。