ビールやウイスキー醸造の副産物である麦芽粕。木内酒造株式会社では麦芽粕を畜産農家へ供給する取り組みを実現しました。それだけでなく、麦芽粕入りの飼料で育てた牛や豚を買い取り、食材として提供する飲食事業を展開しています。
木内酒造は1823年、茨城県那珂市で創業。「菊盛」や「常陸野ネストビール」、「⽇の丸ウイスキー」などの酒づくりを手がけ、世界40カ国以上へ展開する老舗酒造メーカーです。創業200年を超える木内酒造の資源循環について、木内酒造株式会社 代表取締役社⻑ 木内敏之氏にお話を伺いました。
常陸野の資源を活かした酒づくり
—木内酒造の事業について教えてください。
我々のコンセプトは常陸野から生まれる酒づくりです。常に農業と関わりながら常陸野の風土に根付いた酒づくりを行ってきました。茨城県はかつて常陸国(ひたちのくに)と呼ばれ、昭和初期の時代には二条大麦の生産量は日本一でした。冬から夏にかけて麦を栽培し、収穫後の夏から秋には蕎麦を裏作で栽培していましたが、農業の構造転換により麦が栽培されなくなり、畑作がうまく回らなくなりました。そこで我々は畑作の原点である麦栽培の活動を開始します。地元の農家さんと日本古来のビール麦「金子ゴールデン」の栽培を実現し、2010年に「金子ゴールデン」を原材料としたビール「ニッポニア」の製造・販売に着手しました。

地元で麦を栽培するようになると、規格外の麦が発生するという問題が起きました。麦は栄養豊富な畑で育てると実が付きすぎる一方、栄養が少ない畑だと実が付きません。ビールは麦が含む一定のデンプン量で造られます。デンプン量が多すぎても少なすぎてもビール製造に向かず、規格に合わない麦が出てきてしまいました。この規格外の麦を活用するために始めたのが、ウイスキー事業です。
常陸野の資源を活かした循環する酒づくりを行ううえで、生産者である農家さんに廃棄するものがあってはいけません。ビール事業もウイスキー事業も、常陸野における資源循環の一助としてできるビジネスだったのです。
—副産物である麦芽粕を活用した、資源循環の取り組みについて教えてください。
ウイスキーとビールの製造工程では麦芽粕が発生します。ビールの場合、ビールのもととなる麦汁を濾過したあとの搾りかすが麦芽粕です。発生した麦芽粕は、県内の畜産農家の方々に牛や豚の飼料として提供し、一部は茨城県のブランドである常陸牛や常陸野ポークとして育ててもらっています。それだけでなく我々は育てられた牛や豚を一頭買いし、常陸牛のハンバーガーをラインナップしたビアカフェやトンカツ専門店などの飲食店14店舗を運営。2023年にはウイスキー製造を行う八郷蒸溜所(茨城県石岡市)の敷地内に、常陸野ポークを生ハムやソーセージに加工・販売する「常陸野ハム BARREL SMOKE」をオープンしました。

すべてが循環する酒づくりを
—麦芽粕の循環利用に取り組んだきっかけは何ですか?
もともと日本の酒づくりではすべてが循環利用されていました。日本酒は、収穫した稲を脱穀、精米したあと、白米の芯の部分だけを使います。精米の過程で削り取られた赤い米糠は漬物に、芯に近い部分の米糠はみりんや焼酎へ昔から活用されてきました。そのほか、副産物として発生する酒粕が漬物や甘酒に使われていることは広く知られていますよね。日本酒づくりにおいては捨てるものが全くなかったということです。

ビールやウイスキーづくりも本来は同じはずでした。ビールづくりで発生した麦芽粕は、昔は牛や豚に飼料として与え、糞尿を堆肥化することで畑に還る循環利用が成り立っていたのです。しかし、ビールの製造技術だけが海外から輸入されたことで循環の輪が崩れ、麦芽粕の活用は置き去りにされてしまいました。
そこでビールやウイスキーづくりでも資源を循環させようとこの取り組みを始めました。原料から副産物まですべての資源において「循環の輪」を作ることは、国産化を進める我々にとって必須だと考えています。
—麦芽粕を飼料へ活用したことでどんな利点がありますか?
畜産農家では海外からの輸入飼料を使うケースがほとんどです。しかし、我々の麦芽粕を飼料に使えば、国産かつトレーサビリティが確保された飼料が手に入り、価格変動の影響を受けにくいというメリットがあります。
今、為替の水準の変化や運搬費の値上がり、海外での穀物の高騰から輸入飼料の価格が高騰している状況です。麦芽粕は飼料として積極的に取り入れられ、廃棄することなくすべて使われています。また麦芽粕で育てた牛や豚を提供できる場を持とうと、飲食事業の展開にもつながりました。
—ビール、ウイスキーそれぞれの製造工程から発生した麦芽粕は、飼料として活用するうえで違いはありますか?
ほぼ同じですが、製造プロセス上ウイスキーのほうが傷みやすいため、水分をコントロールするなど対策をしています。

—豚を一頭買いしたのはなぜですか?
理由の一つにコストを抑えられることがあげられます。一頭買いのほうが低い単価での仕入れが可能です。さらに我々は各部位を加工するノウハウも持っています。例えば豚バラはベーコンに、腕や足の部位は生ハムにするなど、原価を抑えながら付加価値をつけた提供を可能にしました。
—飲食事業では当初から、豚の一頭買いを前提とした事業形態を考えていましたか?
豚の一頭買いを決めてトンカツ専門店へ業態を変えた店舗や、ハムやソーセージを加工・販売する工房のように新たに始めた店舗もあります。飲食事業では地域の食材ですべてをまかなうために豚の一頭買いを始めましたが、本当にここにしかないものでやろうというテーマで取り組んだことで、今の店舗を運営するに至っています。
—社内では、こうした取り組みに対してどのような反応でしょうか?
楽しいと思います。トンカツ専門店を例にあげると、一般的にはロースの部位だけを仕入れ切り分けていく作業です。一方、一頭丸ごとやってくるとどう切り分け、トンカツに使わない部分はどう有効活用するかを考えるわけです。試行錯誤して成果が出たときの達成感は大きいと思います。

得られた効果と今後の展望とは
—この取り組みで得られた効果を教えてください。
捨てるものがなくなるので、廃棄コストを大きく削減できました。何よりも地域で資源を循環させることで、圧倒的に他社と違った商品価値を提供できていると感じます。
資源循環を実現したことで、日本酒はもちろん、ビールやウイスキー製造での廃棄物はほとんど発生していません。以前はビール製造で発生する残しビール酵母は、本来は廃棄するしかありませんでした。しかし我々は残しビール酵母を蒸溜してスピリッツを造り、茨城県産の梅の実を漬け込むことで「木内梅酒」を造っています。酵母を活用したことで廃棄コストおよび製造コストを抑えることができ、クオリティの高い商品を生み出すことができました。

—今後の展望について教えてください。
これからは、地域で資源循環させていくことが当たり前になっていくと考えています。環境負荷を低減するだけでなく、高品質な価値の創造につなげていくことができます。例えば、我々はブランド豚の生ハムやソーセージを地域内で限定して提供しています。長期間、保管する必要がないため、塩分を抑えられ、添加物もそこまで必要としません。お客様がフレッシュなものを食べられる点は一番の強みだと言えます。
木内酒造ではショップやレストラン、カフェなど茨城県を中心に店舗を展開しています。そのためお客様にどうやって茨城まで足を運んでもらい、いかに楽しんでもらうかが大切です。地域の資源循環の中でつくり出したお酒やレストランでの食事を多くの人に届けることで、常陸野での循環の輪を確かなものにしていきたいと考えています。