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移住先の北海道の美瑛町で、農業廃棄物活用の循環型ビジネスアイデアを思いついた原直子さん。知識も肩書きもない中、ビジネスの第一歩を踏み出します。

トマト残渣でジェットエンジン?!

トマト残渣(ざんさ)の利活用策としてまず思い付いたのが「SAF(サフ:持続可能な航空燃料)」を作れないか、ということでした。美瑛町は旭川空港との距離が車で20分ほどと近く、空港に隣接する町で出る残渣由来の航空燃料を製造・使用できたら、エネルギーの地産地消が実現できると考えました。

専門的な知識はまったくありません。インターネットや新聞などから情報を集め、簡単な資料を作って美瑛町長の元へ提案に行きました。

町長はていねいに話を聞いてくれましたが、トマト残渣から航空燃料が作れる根拠も示さず、ただ思いを伝えるだけのわたしは、きっと町長の目に“イタい”移住者として映っていたに違いありません。
町長を訪ねたのが今から2年前。この頃のわたしは「町の事業としてトマト残渣の利活用に取り組んでもらえたらそれが最善」と、ある意味、人任せなスタンスでした。

しかし、農作業員の視点で自分事として取り組まなければなにも進むはずがないと、農地に積まれるトマト残渣を見ながら改めて気持ちを奮い立たせました。
たどり着いたのが、定植時の工程でわずらわしさを感じていた「苗ポット(育苗ポット)」です。

ポットで育てた苗を定植する際、ポットから外して土に植えます。このとき手は汚れ、外したポットはあとで回収しないといけません。しかもプラスチック製品。

このポットを残渣から作り、そのまま土に植えられるものだったら、手は汚れないし、回収の手間が省ける。プラスチックの削減につながって、資源も循環するとひらめきました。

調べてみると、どうやら「パルプモールド」という紙製の成形品を応用すると、残渣を原料にそのまま植えられる苗ポットが作れるかもしれない。進む方向が見えました。

「そのまま植えられる残渣由来の苗ポット」実現へ、企業に突撃メール

ちょうどその頃、農作業中の不注意で右足を複雑骨折してしまいましたが、むしろ「これはチャンス」と、自宅療養の期間をトマト残渣由来の苗ポット実現のために費やしました。

パルプモールドに力を入れている企業を検索し、まずは6社に絞り込んで突撃のメール送信。返事がなかったら別の企業に連絡すればいいだろう、という具合に。

当時、肩書も何もなく美瑛町在住の一農作業員として送ったメールでしたが、6社すべてから返事が届き、うち2社とはオンラインで打ち合わせをすることになりました。さらにこのうちの1社、東京に本社を置くプラスチックメーカーは、月1で定期的に打ち合わせを行ってくれました。「持続可能な社会の実現に、互いに力を注ぎましょう」と、わたしの思いに共感してくれ、初めての打ち合わせから1か月経たないうちに、テストでパルプモールド製品にトマト残渣を混抄(こんしょう)してくれるなど、非常に心強いビジネスパートナーに出会えたと感じました。

さらに、トマト残渣の乾燥・粉砕を受け入れてくれる工場が美瑛町の隣の旭川市に存在したことも、取り組みを推し進めて行く上で重要なポイントとなりました。

この2社との出会いがなければ、とっくにあきらめていたことでしょう。いろいろなことが本格的に動き始めたのが、2022年12月のことでした。

苗ポットから一転「土にかえる容器」の製品化

パルプモールドにトマト残渣を混抄して形になることはわかったものの、苗ポットとしてどのような形状にするかや耐水性テスト、苗の生育試験、それらに係る費用の調達、売り先確保など、課題は次々と出てきました。

果てしなく遠い道のりを歩んでいるような感覚の中、2023年5月、毎月のメーカーとの打ち合わせで「残渣を混抄させて、使い終わった後に土にかえる使い捨ての容器(食器)が作れますけど、トマトで作ってみますか?」と、思いがけない提案が投げかけられました。

苗ポットにこだわり続けて成果を出せないでいるよりも、実現可能な製品をつくってみて、反応や問題点を探りながら進むほうが走り続けられると判断し、メーカーに容器の製造を依頼しました。

平皿、深皿、小鉢、スプーン、フォークをスタッキングできる5点セット。美瑛のトマト残渣が30%混抄されていて、土にかえる。
市場にはさまざまな「土にかえる容器」がありますが、原料にトマト残渣を使ったものは初めてのようでした。

木は数十年、トマト茎葉は1年で育つ

「トマト茎葉残渣を使った土にかえる容器」は、針葉樹パルプ70%、トマト茎葉残渣30%を原料としています。

「トマトの茎と葉っぱを使うことで何がいいの?」とよく聞かれ、例えば「強度が高まる」とか「抗菌作用がある」とか、そういった答えを期待されているのは承知しています。正直、今のところエビデンスに基づいた付加価値を伝えられるものはありません。

ただ、自信をもって言えるのは「今まで捨てられていたものが製品の原料になった」ということです。
容器に使われているパルプの材料となる針葉樹は、育つまでに10年単位の年月が必要ですが、トマト茎葉であれば1年。トマト茎葉がさまざまな分野で利活用されるようになれば、循環型で持続可能な社会が実現できるはずです。

この容器が本当に土にかえるのかを実証した内容は、次回のコラムでお話しします。

※次号へつづく