能登特集の最終回は、地域再生の観点から「被災地同士のつながり」をテーマにお届けします。
珠洲市「OKNO to Bridge(奥能登ブリッジ)」
珠洲市飯田町にある「OKNO to Bridge(奥能登ブリッジ)」は、コワーキングスペース兼ビジネス交流拠点です。2023年から営業を行っていましたが、今回の地震で被災、全壊しました。
運営を行う合同会社CとH(代表 伊藤紗恵氏)は、被災後すぐ金沢市内に同様の施設を立ち上げ、奥能登復興のハブとして事業を行ってきましたが、6月、倒壊した場所のすぐ近くに移転する形で珠洲市の拠点を再開しました。
奥能登ブリッジを訪ねると、その一角で女性が作業を行っていました。
女性はアクセサリーワーカーの鷺 望美(さぎ・のぞみ)さん。作っているのは耐熱ガラスメーカーHARIO(ハリオ)のアクセサリーブランドHARIO Lampwork Factoryの製品パーツです。近くに住む鷺さんは地震後に技術研修を受け、HARIO社の新たな生産拠点となったOKNO to Bridge内の工房で新しい仕事を得ています。
HARIO Lampwork Factoryは、全工程を手加工で行うHARIO社のアクセサリーブランドで、高齢化が進んでいたガラス職人による手仕事の技術を後世に残していくために生まれました。HARIO社の耐熱ガラスは熱に強いだけではなく、ガラスを伸ばしたり、繋げたり、加工がしやすいという特徴があるため、繊細なデザインをつくることができます。アクセサリーワーカーは、酸素バーナーで耐熱ガラスを溶かし、アクセサリーのパーツなどを製作しています。
鷺さんに「作業は面白いですか」と伺ってみると、「面白いです!」と即答。「無心にやってます。こういう仕事がしたかったんです」と生き生きとした言葉が返ってきました。以前は介護の仕事をしていた鷺さんは、お子さんとの時間がとれないことが悩みでした。この仕事は自分の好きな時間にできるので、家庭と仕事を両立したい女性に向いています。
HARIO社から受託を受けたガラスアクセサリー生産拠点はほかにも全国にいくつかありますが、なかでも大きな注目を集めているのが福島県南相馬市の工房です。2011年の東日本大震災をきっかけとして開設され「被災地のアクセサリー工房」として注目を集め、多くのメディアに取り上げられました。
そしていま、能登半島大地震をきっかけにまたひとつ「被災地のアクセサリー工房」が生まれています。福島と能登。この二つの被災地は、ガラスアクセサリーを通じてどのようにつながったのでしょうか。
南相馬市小高地区でアクセサリー工房を運営するOWB株式会社代表の和田智行(わだ・ともゆき)さんを訪ねました。
もうひとつの被災地へ
南相馬市小高区は、東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内にあり、東日本大震災で避難指示区域となっていました。小高出身の和田さんは、避難先の会津から小高区に通いながら2014年5月に創業し、2015年8月には女性の雇用の場を確保するためにガラス工房をオープンしました。
2019年3月に小高に活動拠点「小高パイオニアヴィレッジ」をオープンし、ガラス工房も同施設内に移転しました
「地域の 100 の課題から 100 のビジネスを創出する」ことをミッションに掲げる同社は、小高で簡易宿所付きコワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」の運営や、起業型地域おこし協力隊「Next Commons Lab 南相馬」事務局の運営など、地域を活性化させるさまざまな事業を行っています。その中の一事業としてアクセサリー工房「アトリエiriser-イリゼ-」があります。
小高と能登がどうつながったか
吹き抜けの階段が印象的なコワーキングスペースで、和田さんにお話を伺いました。
—ここではいま何人が働いていらっしゃいますか。
最初1名からスタートして、多いときには10名ぐらいいました。現在は7名がこの工房で働いています。2019 年 3 月には、自分たちのブランド「iriser(イリゼ)」も立ち上げ、受託事業とオリジナルブランドの両方を行っています。
—今回の能登とのつながりは、どのような経緯だったのでしょうか。
弊社にプロボノ(仕事で培った専門的な知識やスキルを、無償で社会貢献のために活かす活動)で関わってくださっているメンバーとの月1回の定例ミーティングがあるのですが、そのなかに奥能登ブリッジ代表の伊藤さんとお知り合いだった方がいらっしゃいました。彼から小高の話を聞いた伊藤さんが、能登で地震が起きてすぐのタイミングでその定例ミーティングに参加し、2月には小高まで見に来てくれました。
もとから伊藤さんはHARIOのアクセサリーのファンだったということで、能登で被災された女性たちのためにご自身も工房を運営したいとおっしゃったので、HARIOさんにつながせていただきました。珠洲の拠点が倒壊して金沢に移し、避難している女性ちに研修をして、技術習得をしてもらい事業を開始されました。
—奥能登の工房で、作り手さんが「こういう仕事がしたかった」と言っていたのが印象的でした。
ものづくりの仕事は時間の融通がききます。家庭内で帰還するかどうかを決めるのは女性なので、女性の雇用創出は重要です。これまでの失敗を含めて、私たちの経験をできるだけ共有しています。
—たとえばどんな失敗ですか。
やはり労働集約型のビジネスで利益を出しにくいということがあります。職人の育成に3年〜5年かかりますが、売上に関わらず育成し続けなければならないのです。また採用基準なども難しい点だと思います。
被災地としての小高と能登の違い
—被災地として、小高と能登との違いは何でしょうか。
小高は避難指示があったため全員が避難して、いったんゼロになった場所です。でも逆にそれによって新しいことを始めやすかったということもあります。何かを始めるときに、スモールスタートをして、だめだったらやめるということができたので、行動のハードルが低かったと思います。
一方で、能登は既存のコミュニティが残っています。住んでいる人がいるのにインフラ復旧が遅れているといる状況なので、小高に比べるとやりにくさはあると感じます。
—能登から小高にたくさんの方が視察に来られていると伺いました。
もうすでに20〜30人ぐらい、いろんな方がここを見学しにきてくれました。「復興って言われてもどんなふうになるのかイメージが持てなかったが、見学して希望が持てた」という感想をいただくことが多いです。
能登の皆さんは、これまで想像したことのないことに直面しています。私たちの経験を共有することで、何かの手がかりになればと思っています。
能登の復興が日本の地方のこれからを決める
—能登の復興について、現地に何度も行かれている和田さんの考えをお聞かせください。
地方はいま、限界集落の問題や高齢化の問題など、課題が山積みです。能登をどんなふうに復興させるかによって、これからの日本の地方の扱われ方が変わってくると私たちは見ています。
今回の能登のように、震災や水害が起きる可能性はどこの地方にもあります。そのあと地域が存続するかどうか、これはとても重要な問題です。
いまの日本の考え方だと 消滅しかかっている過疎地の集落は、他の場所に引っ越してもらうという考え方になりがちです。
—おっしゃるとおりですね。災害もますます増えています。
今後あちこちで被災地が生まれ、その都度集約していったら、最後には大都市しか残らないことになります。京都大学の森先生(経済学者の森知也・京都大教授)の研究で、100年後に栄えるのは東京と福岡だけという予測があります。そのほかの地方都市は消滅してしまう。しかしそれは合理的なようで、実は失うものも大きいと考えています。
—能登はこれからどうなると思われますか。
絶望の中に希望を見出し、行動のフェーズに移ってきていると感じます。来年からはその希望が実を結んで「能登がいま面白いことになっているよ」とあちこちで言われることを期待しています。
取材を終えて〜持続可能な日本へ
「能登をどんなふうに復興させるかによって、これからの日本の地方の扱われ方が変わってくる」という和田さんの言葉は、大きく刺さりました。人口減少、災害多発、物価高など、いま私たちを取り巻く環境は厳しさを増しています。
もし地方を切り捨てていったのなら、その先には大都市しか残らない。能登のこれからは、単にいち被災地の復興の話ではなく、日本という国が持続可能であること、もっと言えば「存続するかどうか」の鍵を握ると言っても過言ではないと思います。
そんな中で、これまで以上に重要なのが「つながり」だと考えます。能登と小高が「被災地での仕事創出」という課題でつながったように、これまで点と点だった地域が共通の課題やその解決法でつながっていくことは、これからさまざまな場所で起きていくことでしょう。点と点が線になり、線と線が面になり、課題を共有し、解決し、さらに新たな価値を創り出すことで、やがて地域同士のつながりが大きな力となっていくことをイメージすると、明るい未来が見えてきます。
持続可能な地域、持続可能な日本へ。私たちはメディアとして、これからも取材を通していま起きていることを紹介していきます。そのことで、これまで存在しなかった新たなつながりが生まれるきっかけが作れたとしたら、こんなにうれしいことはありません。
▶OKNO to Bridge(奥能登ブリッジ) https://www.oknotobridge.com/
▶小高パイオニアヴィレッジ https://village.pionism.or.jp/
▶イリゼオンラインストア https://iriser.store/
地域の"中間支援組織"である「里山里海未来財団」では、能登の里山里海の存続を守るために年間サポーターを募集しております。「里山里海未来財団」を支援する