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前編では、古民家から得られる古い木「古木(こぼく)」の魅力や価値、建築における資源循環について紹介しました。

後編である今回も引き続き株式会社山翠舎 代表取締役社長 山上浩明さんへお話を伺いました。今回は、古木を使ってさまざまな飲食店を建ててきた山翠舎だからこそ取り組める飲食店開業支援事業や地域活性化事業についてお届けします。

※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。

500軒以上の飲食店開業を支援して見えてきたもの

-古木や古民家を活用して開業、または開業支援をおこなった飲食店にはどんなお店がありますか?

代表事例を2つ挙げるとすると、1つは2022年7月に改装オープンした「トリノゴンゾ(旧:鶏のごんぞ)」です。以前ビルの1階のみで焼き鳥屋を営業しておりましたが、1棟丸ごと借りて焼き鳥と食パン販売という新規事業をスタートしました。建物全体は、山の中にある山荘をイメージ。古木やランタン風照明など、都会でもゆったりとくつろげるような空間づくりをおこないました。

もう1つが、神奈川県の幸町にある「ペコラ西洋酒店」。イタリア語で「羊」を意味する「ペコラ」を店名につけたそう。大正モダンの特色である和洋折衷の洋館風空間や、ステンドグラス風型板ガラスの入ったエントランス、粋なバーテンダーの仕事が映えるカウンターなど、さまざまな時代や国を混ぜ合わせながら、それでもどこか昔懐かしい空間となっています。

-500軒以上の開業を見届けてきていかがですか?

飲食店は10年に10%しか生き残れないという難しい時代ではありますが、私たちがお手伝いさせてもらった約500軒のうち8割以上が休廃業せずに経営をつづけています。どこも比較的繁盛しているところが多いんです。料理やそこで働く皆さんのサービスが素晴らしいのはもちろんのこと、潰れないお店は内装を作り込んでいるところばかりです。

どこにでもあるようなお店ではなくて、手間暇かけて空間づくりをしたお店は繁盛店になりやすい。結局手間暇かけたほうが、人が感動するものを生み出せるというのが私の結論です。私はそういう個人店が好きですし、地域振興事業でもその街の古民家を再利用させてもらいながら、味のある街おこしをしていきたいと考えています。

飲食店開業支援事業「OASIS」

-2021年から開始した飲食店開業支援事業「OASIS」について教えてください。

「OASIS」は、飲食店開業にあたり物件探しから資金調達、施工まで、山翠舎がフルサポートさせていただく事業になります。「サブリース」といって賃貸物件を持つオーナーと、物件を探している事業者の間に山翠舎が入り、設計施工を行ったうえで事業者へ貸し出します。

飲食店が繁盛せず賃貸を払えなくなることはオーナーにとってもリスクですから、一般的には家賃8ヶ月分の保証金(敷金)を事業者は支払わなければなりません。しかし、「OASIS」では、山翠舎が貸し出す物件はその保証金を最大0円にすることを実現させました。つまり、事業者にとっては少ない初期費用でお店が始められるということです。

初期費用や家賃を低くする代わりに、繁盛し始めたら売上に連動したフィーをいただく形をとっています。

他にも、事業計画の作成や補助金・助成金申請のサポートなど、開業時にかかる負担を少しでも和らげ、飲食店に挑戦しやすい環境づくりをしています。

-なぜ「OASIS」をスタートさせるに至ったのでしょうか?

先ほどお伝えしたように、私たちが空間づくりをさせてもらったお店は8割以上が潰れずに経営をつづけています。つまり、山翠舎は繁盛店になりうる空間づくりが得意だという事実が長年かけて見えてきたんです。

そうであれば、この事実を逆手にとろうと。繁盛店にできるという自信があるからこそ、設計施工を先行投資で行い、最大保証金ゼロ円で事業者に貸し出すというリスクを背負うことができます。

この形をとることで、個人店の開業からお店がきちんと収益を得られるようになるまで一貫してサポートができる。私たちがお店づくりで得てきた知見をより還元していけると思い、「OASIS」をスタートしました。

-地域振興という文脈ではどういった構想を描いているのですか?

古民家は空き家だったとしても固定資産税を払いつづけなくてはいけません。何もしなければ実質マイナスな状態のわけです。山翠舎が買い取らせてもらいお店を作ることで、電気を使い、人を雇い、人が引っ越してきて、地域に住民税が入るようになります。

この取り組みは行政にも喜んでいただいていて、これから飲食店に挑戦したい方にとっても、私たちにとっても、地域の人たちにとっても「三方よし」になる事業だと思っています。

現在では、長野県の小諸と善光寺の近くの2箇所で実験的に進めています。

-長野県ではどんな取り組みをされているのですか?

善光寺の近くに「FEAT.space 善光寺下」という築約60年の倉庫を改修し、山翠舎が運営するシェアオフィスをオープンしました。他にもベーカリー工房を併設したカフェの開業支援など、少しずつ事例をつくっている状況です。

地域振興を考えると、1店舗お店をつくっただけではあまり意味がありません。私たちがシェアオフィスをはじめ、そこに人が集まることで飲食店への需要が生まれていくように、自分たちも含めて何店舗かで手を取り合っていく必要があります。

「儲かったら売上の何%を山翠舎に納めてください」では、あまりにも無責任ですよね。山翠舎もその地域で開業するリスクを背負うことで、開業支援した店舗の皆さんと共に真摯に街づくりに挑むことができます。

これまでの不動産は固定家賃の回収するだけでしたが、山翠舎はどうしたら集客力のあるお店に育てていけるか、どうしたら山翠舎も含めた事業者みんなでこの地域を盛り上げていけるか、お手伝いするだけでなく、私たちも当事者になって取り組むことに意味を感じています。

-数年後、街はどんな姿になっていてほしいと想像しますか?

小諸の旧北国街道沿いは、個性豊かな個人経営の飲食店が多く並んでいます。その中に山翠舎が手がけた複数の施設があります。

私たちが目指す街の姿を「サンセバスチャン構想」と呼んでいて、スペインにあるサンセバスチャンという地域から名前をいただいています。サンセバスチャンは食文化が充実していて、素敵な個人店と昔ながらの街並みが魅力的な観光地です。ホテルの周りには飲食店がいくらでもあるから、ホテルがお客さんの食事を用意する必要がないため、ホテル側の負担も軽減できます。

小諸の街もサンセバスチャンのように、気軽に泊まれて、ワーケーションもできて、そしていつでもおいしいものが食べられる。そんな魅力的な街にしていきたいと思っています。

持続可能な建築と街おこしを目指して

-最後に、これからの建築のあり方をお聞きしたいです。

近代の商業施設はどこも似通っていて、ほとんど個性のない建築が多いと思います。個性がないと人は集まりませんから、何年後かには建て直しになってコストもかかるし環境にも優しくありません。「スクラップアンドビルド」つまり、壊しては建てるを短期間で永遠に繰り返すいまの建築のあり方は、どう考えてもサステナブルとは程遠いですよね。

やっぱり手間暇かけてつくったお店は繁盛しやすいですから、最初の建築コストは高かったとしても長い目で見たときに割に合うと思うんです。ただ、そこまで理解して融資してくれるような金融機関はなかなかありません。金融機関がリスクを背負えないのであれば、国が補填してくれるような制度があってもいいと思います。住宅ローンは、大体30〜40年程度が通常ですが、私の考え方だと「住宅ローン100年」でもいいと思うんです。最初は大変でも、空間づくりなど一つ一つにきちんと手間をかければ、長期的には利益が出てくるはずです。

それくらい長い視点で建築や店舗経営を捉えていくこと。その意識が建築業界に限らず、ユニークな事業や街づくりに必要な視点だと思っています。

-そのために建築業界にはどんな変化が必要だと思いますか?

近代の建築は、設計者、施工者、発注者の分業でつくられています。設計者が図面を描いてから施工業者を探すという既存のやり方だと、工業製品化した新建材を使うしかなくなり、古木などの味のある素材を使うことができません。

山翠舎が専門的な古木の設計・施工技術を持っているように、その会社にしかできない技術を持っているところは他にもあるはずです。そういう味のある素材や職人さんの特殊技術を用いることを前提に設計者が図面を描く。

どんな業界でも言えますが、上流工程の段階から「どんな建築であれば長く使われ、本質的な地域振興につながるか」を徹底して考えることが重要だと思っています。山翠舎はそれができる存在として地域振興や街おこしに貢献していきたいと思っています。

-ありがとうございました。

書籍紹介

インタビューにご協力頂きました株式会社山翠舎 代表取締役社長 山上浩明氏執筆の「‶捨てるもの″からビジネスをつくる: 失われる古民家が循環するサステナブルな経済のしくみ」が2023年2月4日に発売されます。本インタビューでは伺いきれなかったグッドデザイン賞も受賞した「古民家・古木サーキュラーエコノミー(循環型経済)」についてより深く知る事が出来ます。是非お読みくださいませ。

‶捨てるもの″からビジネスをつくる: 失われる古民家が循環するサステナブルな経済のしくみー山翠舎 代表取締役社長 山上浩明 著

日本の建築技法・文化を守る「古民家・古木サーキュラーエコノミー(循環型経済)」でグッドデザイン賞を受賞した山翠舎。古民家の解体から古木を収集・備蓄・整備し、単なる販売に止まらず設計・施工までも手掛けることで再利用を促しながら、地方ビジネスの可能性を広げ る同社の挑戦を紹介します。
いかにして古民家・古木から価値を産み出し、地域を活性化しながら、企業としても成長を続けているのか? サステナブルな循環型ビジネスのヒントがここにあります。

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2022.11.15
取材協力:株式会社山翠舎
https://www.sansui-sha.co.jp/