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持続可能な社会への転換が差し迫った課題になってきた昨今、さまざまな分野でアップサイクルへの関心が高まっています。使用済みの紙パッケージや廃材、食品残渣など、今は廃棄されているけれど利用可能な資源を有効活用して、リサイクル率を向上させようと、2023年3月初め、企業や自治体が連携して、一般社団法人「アップサイクル」(大阪市)というプラットフォームを設立しました。

参加しているのは、ネスレ日本や日清紡ホールディングス傘下のニッシントーア・岩尾、備後撚糸(広島県福山市)、神戸市役所など、14の企業や団体。多様な企業や行政、生活者を巻き込んで、行動変容を促すことが狙いです。

再生素材は、回収や加工、販売など、サプライチェーンが長いため、企業間さらには行政も含めた連携が求められています。

取り組みの始まり

ネスレ日本はもともと、2022年2月から日清紡ホールディングスの協力を得て、紙のコーヒー豆詰め替え容器や牛乳パックなどを回収し、コーヒーを抽出したあとに出る残渣を活用。「紙糸」にアップサイクルする取り組みを進めていました。

紙糸は、細く裁断した紙をより合わせる撚糸工程を経て完成します。この紙糸で衣類を製作し、ネスレ日本直営のカフェ「ネスカフェ」のユニフォームにしたり、神戸市の児童養護施設に寄贈したりしていました。

ところが、取り組みを進めていくと、回収やリサイクルの難しさにも直面しました。そこで、より多くの企業や行政、生活者の協力を得て、サーキュラーエコノミー社会のハブとなり、新たな価値の誕生を目指すプラットフォームとして一般社団法人を立ち上げることになりました。

それぞれの得意分野でつながる

ネスレ日本は、「ネスカフェ」や「キットカット」などの製品パッケージやコーヒー残渣を提供。ニッシントーア・岩尾は繊維事業の技術や知見を、備後撚糸は糸を撚り合わせる撚糸技術を、凸版印刷は紙資源や加工技術を供給します。また、艶金は食品残渣で染める「のこり染め」技術を、シーエヌシーは運営店舗で出たコーヒー残渣を提供するほか、アップサイクル製品の販売を担当しています。

さらに、行政として加わっている神戸市役所は、六甲山などで間伐作業を実施するほか、東京圏での情報発信に力を入れることになりました。

第1弾は「TSUMUGI(ツムギ)」プロジェクト

同団体の第1弾プロジェクトは「TSUMUGI(ツムギ)」プロジェクトと名付けられました。工場で製造時に規格外として廃棄対象になる紙資源や六甲山の間伐から発生するスギ材などを回収、チップにして加工し、紙糸をつくり、Tシャツやタオルなどの製品化を目指します。

こうしてアップサイクルから生まれた糸が「TSUMUGI」。紙糸で織った布は軽く柔らかい手触りで、衣類などに向いているそうで、自然に包まれているような心地よさが味わえます。吸湿性も良く、しっかりした縫製で長く着られるように、メイド・イン・ジャパンならではの技術が詰まっていると言えます。

「TSUMUGI」に込められた思い

昨今プラスチック使用量削減がうたわれ、容器や包材の紙化が進んでいます。とはいえ、製造過程で印字のズレなど成形ロスが発生し、また家庭では、使い終わったら捨てられ、焼却されています。

プロジェクトメンバーの一人、瀧井和篤さんは「紙はリサイクルされているイメージがありましたが、現状を見ると、『もったいない!』と思う場面がありました。紙資源の有効活用を探っていたところ、紙糸という、古来日本で使われていた素材のことを知りました。『TSUMUGI』は、環境負荷を軽減するだけでなく、地球や社会、地域コミュニティを紡ぐ象徴。実際に手に取って、一緒に考えましょうとの思いを込めました」と話しています。

紙糸でつくったTシャツ

プロジェクトに先行して、紙糸で実際につくったTシャツがあります。2022年4月から9月まで「BSよしもと」で放送された番組で、お笑いコンビの「ロングコートダディ」が紙糸でつくったオリジナルTシャツをデザイン・販売しました。即売会では、用意した100枚があっという間に売り切れるほど人気だったようです。

Tシャツには3パターンあって、喫茶店の主人がプリントされた「マスター」、胸元に青と緑で描かれた笑顔の地球が愛らしい「地球」、そして、深いメッセージが込められた「兎」。コーヒーの残渣を活用した染めで、温かみのある色合いが特徴です。

「マスター」は、コーヒーカップ表面の泡の矢印でリサイクルをイメージ。「コーヒーが大きく見える? それともマスターが小さく見える?」とあります。メッセージ性のある「兎」では、このまま気候変動が続くと2100年から溶け出すものが続出し、「死にたくない!」という兎さん(コンビのひとり)の心の声がデザインされています。

のこり染め

コーヒー残渣を活用する染色について少し触れておきましょう。「残渣染め」あるいは「のこり染め」は、岐阜県の染色加工メーカー、艶金(同団体の参加企業)と、岐阜県産業技術総合センターで、2008年に研究開発されました。

食べ物や植物を加工したあとに出る残渣は、通常捨てられてしまいますが、これら「のこりもの」を活用して生地を染める、まさに「もったいない!」から生まれた新しい染色方法です。

ワイン製造から出るブドウの搾りかす、桜の木を剪定したあとの枝切れ、こし餡を作ったときの小豆の皮、ジュースを絞ったあとのブルーベリーの「のこり」……。どれももとは大地が育んでくれた貴重な恵みだったはず。食べ物や植物から出る色合いは、環境にやさしく、どこか温かくてやさしく、日本の暮らしに自然に溶け込む色でした。艶金では、のこり染めの原材料はすべて、それらを製品材料として使用している企業から譲り受けているそうです。

クラウドファンディングで資金集め

「アップサイクル」では、3月後半からクラウドファンディングをスタート。すでに支援目標の60万円を達成しています。リターン品として用意されているのは、紙糸でつくったTシャツやタオル、六甲山のヒノキのチップ(アロマや湿度調整に最適)、六甲山の泊まれる森「ROKKONOMAD」滞在プランなど。子ども服を児童養護施設に寄贈するプランもあります。

集めた支援金は、原料となる間伐材の購入(林業の活性化、新たな植栽など森づくりにつなげる)のほか、アップサイクルに協力してくれる職人さんへの報酬や、東京の協力店舗での販売にかかる広報・宣伝費に使う予定です。

同団体では、新たな資源や技術の提供、製品開発、コラボレーションに関心のある企業・団体の参加を随時受け付けています。4月には、醸造業界で長年培った培養技術を有するフジワラテクノアート(岡山市)が加わりました。

「アップサイクル」の理事を務める嘉納未來・ネスレ日本執行役員コーポレートアフェアーズ統括部長は、「サーキュラーエコノミーを構築するには、生活者の協力が欠かせません。メーカーとしては接点も限られているので、同団体を通じて活動を広げていければ」と話しています。

こうして連携先を増やすことで、紙糸の生産効率化をさらに進めるほか、紙資源や間伐材以外の素材も取り扱っていきたい、としています。

参考文献
一般社団法人アップサイクル
ネスレ日本
ニッシントーア・岩尾株式会社
備後撚糸
凸版印刷
艶金
シーエヌシー株式会社
神戸市:紙資源・間伐材のアップサイクルと六甲山のPRに取組みます~資源有効活用プラットフォーム「一般社団法人アップサイクル」と連携~
ロングコートダディ プロフィール|吉本興業株式会社
KURAKIN
使用後の紙資源や六甲山の間伐材をアップサイクルした衣服「TSUMUGI」をつくりたい! | GREENFUNDING
フジワラテクノアート