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捨てられる運命の資源を活かし、価値のあるものに変えていくサーキュラーエコノミーは分野横断型、つまりどんな業界にも通じる概念と言われています。ではアートの世界ではどうでしょうか。ヘルシンキで出会った二人のリサイクルアーティストに話を伺いました。

※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。

捨てられる運命のものを美しいアートに昇華

環境問題が深刻化するいま、「リサイクルアート」「アップサイクルアート」と呼ばれる新たなアート分野が生まれています。廃棄物や副産物、不要品を素材にして絵画や彫刻、壁面アート、ジュエリーなどを創り出し、芸術的価値や環境的価値の高い作品に変換するアーティストたちが世界中で活動しています。

今回のフィンランド視察では、リサイクルアートを手がける二人の女性アーティストと出会うことができました。Virpi Vesanen-Laukkanen(ヴィルピ・ヴェサネン-ラウッカネン)さんとAino Favén(アイノ・ファヴェン)さんです。

ヘルシンキ市庁舎にて、左がヴィルピさん、右がアイノさん(著者撮影)

お二人にお会いしたのはヘルシンキ市庁舎で開催された「公共空間とアート」がテーマのセミナー。

ヘルシンキ市庁舎は、「ヘルシンキ大聖堂」と同じ建築家「カール・ルードヴィッヒ・エンゲルによって1833年にホテルとして設計。ホテルの移転に伴い、1920年代に市庁舎として改装された由緒ある建物。
エントランスにある広いイベントスペースは、公共利益の目的であれば使うことができるため、様々なセミナーが随時開催されている。

フィンランドではアートがとても身近な存在です。公共施設や教育機関、一般店舗の天井や壁にさりげなくインスタレーションやアートが飾られ、街に溶け込んでいます。それぞれの施設がお金を出してアーティストや美術館と共同でアートを制作するため、日本に比べてアーティストの活躍の場が多く、街には多様なアーティストたちがいます。

この日は造形・絵画・テキスタイル、インスタレーションなどのアーティストたちがそれぞれの取り組みについて発表し交流を行うセッションが行われていました。サステナビリティをアートに取り入れる人も多く、ヴィルピさん、アイノさんのほかにも、廃布、廃プラスチック、ウッドなど環境を意識した素材を使うアーティストも参加していました

「ストーリーをつなぐ」ヴィルピさんのアート

ヴィルピさんはセカンドハンドの絵はがきをステッチで繋げた作品や、キャンディの包み紙でドレスを作っており、2008 年のフィンランド デザイナー アワード、アーティスト オブ ザ イヤー受賞しています。

特集された雑誌を広げるヴィルピさん

Rose Wallで使われた絵はがきはすべて使用済みのもの、つまり誰かが誰かに送ったメッセージです。バラのデザインで、私信。いったいどうやって入手したのでしょうか。伺うと「古い絵はがきはセカンドハンドショップで売られています。最初はそれを買っていましたが、コレクターと知り合って大量に入手することができました」とのこと。「リサイクル品や不要品にはそれぞれ持ち主のストーリーがこめられています。絵はがきは差出人から送った人への想いそのものです。この作品は、人々のストーリーをつなげているものです。使用済みのもの使うのはそのためなのです。」

ヴィルピさんのもうひとつの代表作品は、キャンディやチョコレートの包み紙を縫い合わせたドレス「キャンディプリンセス」。カラフルな包み紙の特徴を活かしたひときわ目を惹くゴージャスな作品です。

ヴィルピさんの代表作「キャンディ プリンセス」

ゴミ箱に行く運命だった包み紙が美しいアートドレスに・・・見事なアップサイクルです。使用する包み紙は数千枚にも上るとのことですが、やはり気になるのは、どうやってそんなにたくさん集められるのかということ。伺うと、展示会の時に回収ボックスを設置して知らせると、みんなが持ってきてくれるというのです。まさに「参加型」「共感型」のリサイクルアートと言えるでしょう。

絵はがきの作品と共通するのは、日常生活の中に普通にある「使われなくなったけど美しいもの」にスポットを当て、地道な作業を繰り返しながらたくさんの時間をかけて美しいアートに昇華させていること。遊び心と、根気強さと、クリエイティビティと、技術と、ものを大事にするヴィルピさんのマインドがひとつの形になったアートと言えるでしょう。

ヴィルピさんの作品は、4月22日(土)〜10月15日(日)、神戸市のフェリシモチョコレートミュージアム「甘すぎるドレス展」として展示されます。フィンランドと同様に、展示会ではチョコレートの包み紙の回収箱が設置され、第二弾の素材として使われるとのこと。捨てるはずだったチョコの包み紙を持っていけば、ヴィルピさんの手によってアート作品に生まれ変わり、半永久的に価値を持つことになります。この展示会は、そんな貴重な体験を共有できる機会の提供の場でもあります。

今回展示される三作品

「作品の最初のアイデアは、素材とストーリーが出逢った時に生まれます。2番目の出会いは針と糸が布や紙に出会った時。3番目の出会いは、展覧会の来場者が完成作品に独自の解釈を加える時に展示室で生まれます」(ヴィルピさん)

「甘すぎるドレス展」

開催日程:2023年4月22日 (土)〜2023年10月15 日(日)
会場:フェリシモチョコレートミュージアム

https://www.felissimo.co.jp/chocolatemuseum/top_fcm.html

開館時間:午前11:00~午後6:00 ※入館は午後5:30まで
所在地:神戸市中央区新港町7番1号(Stage Felissimo 2F)
交通:JR「三ノ宮駅」、阪急・阪神 「神戸三宮駅」より神姫バス”Port Loop”に乗車し、「新港町」バス停下車すぐ。徒歩は同駅より約20分。

かつて軍用施設だった島が活動拠点

ヴィルピさんが活動拠点にしているのは、Harakka(ハラッカ島)というヘルシンキ近くの島。ユネスコの世界遺産でフィンランドの代表的な観光地「スオメンリンナ要塞群」が見えるところに位置します、1929 年に建てられた防衛軍の科学施設として使われたメインの建物は1989 年からアーティストのスタジオとして使用され、様々な作品を生み出す場所になっています。時代の変化に合わせたこのような思い切った施設の再活用は、フィンランドに限らずヨーロッパではよく見られます。

ヘルシンキから手こぎボートでアトリエに通うというヴィルピさんにとって、ヘルシンキの豊かな自然と歴史が作品への大きなインスピレーションになっているのは間違いないでしょう。

ヴィルピさんのアトリエがあるハラッカ島

「リサイクル素材」と言わないアイノさんのこだわり

市庁舎で出会ったもう一人のアーティスト、アイノさんはポリ袋や廃プラボトルなどのリサイクル素材を切ったり貼ったりしてお洒落なジュエリーやアーティスティックなインスタレーションを作ることを得意とされています。教会のテキスタイルや祭壇など公共施設での仕事が多いとのこと。

リサイクルポリ袋で作った鳥のブローチ。
リサイクルポリ袋で作った鳥のブローチ。
廃ボトルを使ったアイノさんのインスタレーション。色がついた部分は着色ではなく、ボトルのもとの色を活かしている。

廃ボトルやプラスチックバッグは家族や友人に言って自宅にあるものを持ってきてもらって集めるそうです。展示会の際にそのエリアで落ちているものを拾って作品にしたこともあったとか。灯油ボトルなど良い感じにエイジングされたものを使いたいところですが、なかなか見つからないのだそうです。

そしてアイノさんは、あえて「リサイクル」と言わないことにしています。素材ではなく、アートそのもの価値が先にあることが重要で、「環境」や「リサイクル」を押しつけてしまうと、自身が目指すアートの方向とずれてしまうからだそうです。

「ある日本人の方にSNS経由で売れたことがあるんですが、そのお客さんは背景のストーリーや素材について全く知らずに買っていただきました。今も知らないままだと思います」(アイノさん)
二人のアーティストたちとの1時間ほどの会話の中に、「マテリアル(素材、資源)」という言葉が頻繁に出てきたのが印象的でした。自分たちが使う「素材」と徹底的に向き合い、その特性を理解し、その良さを最大限に引き出すためにありとあらゆる工夫と技術を使う。捨てられる運命にある資源を大事にして、よりよいものに昇華させる彼女たちの活動は、まさに「サーキュラーエコノミー」の根幹そのものであることに気づきます。

すべての分野を横断する資源循環の考え方はアートの世界でもまた、確実に息づいているのです。

取材協力:マンシッカ由加子