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私たちが毎日触れるスマートフォンは、実はもっとも買い替えサイクルが短い耐久消費財だと言われています。

2023年2月、そんな携帯電話業界に新しい風を吹かせたのが“エシカルスマホ”「arrows N F-51C」。これまでの「arrows」シリーズの丈夫さはそのままに、リサイクル素材適用率約67%(電気電子部品を除く)を実現。素材以外にも、できる限りの製造工程で再生可能エネルギーを使用するなど、多くのチャレンジを経て誕生した商品となっています。

今回は「arrows」シリーズを手がけるFCNT株式会社にインタビューを行い、業界全体の課題や“エシカルスマホ”の開発秘話を伺いました。

※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。

買い替えサイクルの短いスマートフォン

―まずは、携帯電話業界が与える環境負荷について教えてください。

外谷氏 携帯電話というのは、耐久消費財の中でもっとも買い替えサイクルが短いと言われています。主に4年程度の電池が消耗したタイミングで買い替える方が多く、いまや大量生産大量消費の象徴となってしまっています。

この課題に対して環境に配慮した新しい取り組みをしなければと思っても、工場に発注できる数が少なく費用対効果が見合いません。製造のほとんどが大量生産をベースとした海外の工場に依存しているため、業界全体の取り組みがなかなか進まない現状があります。

FCNT株式会社 (左)プロダクト&サービス企画統括部 田中 健太郎氏/(右)吉澤 光喜 氏 ※インタビューにはプロダクト事業部 外谷 一磨​氏にも参加していただきました。

―そういった課題がある中で、今回「arrows」シリーズ初めての“エシカルスマホ”の開発になぜ踏み切れたのでしょうか?

外谷氏 今や海外で製造するのが主流ですが、私たちは製造拠点を国内にもっています。そのため少ない製造数でも比較的柔軟な対応が可能です。スマートフォンはすでにコモディティ化(市場参入時に、高付加価値を持っていた商品の市場価値が低下し、一般的な商品になること。)し機能性だけでは差別化が難しいなか、改めて「私たちの製品の価値はなんだろうか?」と長らく考えてきました。

「らくらくスマートフォン」というご高齢の方でも使いやすい携帯電話の開発など、私たちはどんな方でも手に取りやすく品質の高いものづくりを大切にしてきました。特にシニアのお客様がデジタルに触れて社会と繋がる仕組みを創る。従来からエシカルな考えをもち取り組んでまいりました。あらためて、冒頭の課題、そして私たちがもつメイドインジャパンの強みを生かす商品を考えたときに、今回のエシカルスマホのアイデアを打ち出しました。

製造工程の二酸化炭素排出量を削減

―従来の「arrows」シリーズとの違いを教えてください。

田中氏​ まずは、リサイクル素材についてお伝えします。スマートフォンは細やかな部品を組み合わせて作られているのですが、アルミニウムは100%、樹脂は20%〜64%のリサイクル素材を使用しています。

通常、アルミニウムは「ボーキサイト」という原料を採掘し、「精錬」といわれる不純物を取り除く工程を経てアルミニウムとなります。採掘と精錬それぞれのタイミングで二酸化炭素が排出されるのですが、今回の「arrows N F-51C」では、ドリルなどでアルミニウムを削る際に出る「削りカス」を回収し、溶かして再利用しているため、発掘から精錬の工程を省くことができました。

またプラスチックとなる樹脂に関しても、ペットボトルや車のヘッドライト、照明のカバーなどのプラスチック製品全般を集めて再利用したものを全体の20%〜64%使用。リサイクル素材を混ぜることによって、5%〜36%の二酸化炭素排出量を削減できるという計算になっています。

外谷氏​どんな素材を使用するかももちろん重要なのですが、実はスマートフォンの製造から販売までにかかる二酸化炭素排出量の約80%が製造工程で発生していると言われています。

私たちは部品を集めてから、組み立て、試験、梱包する工程を国内の工場で行っていますが、電力はなるべく再生可能エネルギーである太陽光エネルギーを使用しています。

その他にも電池の消耗を抑える機能や買ったあともエシカルな情報に触れられる機能などさまざまありますが、リサイクル素材の使用と製造過程の再生可能エネルギーの使用の2点が従来品との大きな違いとなっています。

素材選びにかけた時間は、普段の4倍以上

―リサイクル素材適用率約67%(電気電子部品を除く)を実現するにあたって、大変だったことはありますか?

田中氏​ 新しい商品を作る際、これまでは素材選びに1ヶ月程度しかかからなかったのですが、今回は4〜6ヶ月ほどかかっています。

私たちのコンセプトとして、例えリサイクル素材であっても見た目がチープになったり、これまでの「arrows」シリーズが誇りとしてきた耐久性を下げたりすることはしないと決めていたんです。それを実現させるために、海外も含めてたくさんのメーカーさんに自分たちからアポを取りヒアリングをさせていただきました。

―いくつか使用する素材として選んだものを具体的に教えていただけますか?

田中氏 樹脂のリサイクル素材に関しては、サウジアラビアのSABIC様と共同で開発しました。SABIC様は環境配慮に非常に協力的で、小ロットでの素材開発にも賛同してくれたんです

梱包材に関しても、最初はサトウキビの非可食部(カス)を使用した新素材の紙の使用を検討していたのですが、そういった新素材ですと自治体によっては「古紙」として回収ができないことを知り、結果的には再利用可能なFSC認証の紙を選びました。

私たちだけでは、結局どの素材がもっともエシカルであるのか判断が難しい部分があります。さまざまなメーカー様から助言をいただきながら、1つ1つ選択していきました。

「arrows N F-51C」の包装

―ところで、なぜ、ぱっと見でサステナブルなスマートフォンだと伝わるような見た目ではなく、従来のものと差別化しない外観の選択をされたのでしょうか?

吉澤氏 「エシカルスマホだから」という理由で手に取っていただけることも大変嬉しいことですが、「arrows」シリーズを気に入って下さっていた方々にも、これまで通りつかっていただきたいです。それに店頭では他のスマートフォンと並ぶわけで、リサイクル素材を使用していても、あくまで通常のスマートフォンと同じに見えることが大事だと考えています。

長く使ってもらうために

―耐久消費財の中でスマートフォンは最も買い替えのサイクルが早いと伺いました。長く使ってもらうために工夫したことはありますか?

吉澤氏 ユーザーへの調査結果を見ると、買い替えの要因として最も多いのは電池の劣化と認識しています。「arrows N F-51C」では充電による電池劣化の進行を軽減し、電池を長寿命化させる技術が搭載されています。「現在と将来の電池の性能予測」が見えるようになっており、さらに電池を長持ちさせるためのアドバイスも確認できるようになっています。もともと、画面が割れにくく水濡れにも強い「arrows」シリーズなので、リサイクル素材を使用しながらその強みは継承することは、長い期間使うための工夫の一つと言えます。また、OSバージョンアップを最大3回、セキュリティ更新を最大4年間サポートしています。長く使っている途中でなにかを我慢しながら使い続けるのではなく、快適に使い続けていただけるようにという想いで取り組みました。

―「買っておわり」ではなく、「買った先も」エシカルな行動につながるような仕組みが搭載されているんですね。

吉澤氏 そうなんです。たとえば、「電力オフピーク充電」という機能では、電力需要のピーク時を避けた時間帯で充電を行う設定ができ、設定した時間外に充電器と接続したらオフピークでの充電をおすすめしたりします。arrowsポータルアプリを通して、「arrows N F-51C」のユーザーみんなのオフピーク充電の合算値が表示されるようにもなっていて、エシカルな行動を楽しく継続いただけるような仕組みをいろいろとご用意しています。

日常のエコ行動を記録してゲーム感覚で楽しくエコな行動を続けられる「カボニューレコードアプリ」が導入され、エシカル生活に役立つ情報だけでなく、arrows Nユーザーでオフピーク時間の充電に取り組める「arrowsポータルアプリ」を通じて、環境などに配慮した生活を提案している。

すでにエシカルな志向をお持ちの方はもちろん、エシカルスマホだと知らず手に取った方でも、長期間使用しているうちに徐々に環境問題に関心が持てるきっかけになったら嬉しいなと思っています。

外谷氏 「エシカル」や「サステナビリティ」に想いを馳せる人はまだまだ少ないと思っています。食べ物であれば国内産のものを選ぼうと心がけることはあっても、国内産のスマートフォンを選ぼうと考える人はなかなかいないと思います。

この「arrows N F-51C」がスマートフォンとエシカルの距離をぐっと近づけるきっかけになったらと思っています。新しい選択肢があることをまずはより多くの方に知っていただきたいですし、私たちとユーザーが、売り手、買い手の関係ではなく、より良い未来を共に目指していく仲間であり、ユーザー自身が参画している感覚を持っていただけたらと思っています。

業界のルールメーカーへ

―電池を交換してもなお、壊れてしまった場合、商品の回収、リサイクルなど「アフターサービス」で検討されていることはありますか?

田中氏 かなり前から議論はしているのですが、製造は私たちでも販売はNTTドコモ様の店舗やオンラインショップになるため、回収まで担うのは難しいのが現状です。製造元と販売元が異なるという商習慣が携帯電話業界のアフターサービスのハードルとなっています。

断言ができる状態ではありませんが、リサイクルまで担えるような仕組みづくりを引き続き検討していきたいと思っています。

―オランダのスマホ会社Fairphone(フェアフォン)など、バッテリーや部品を自分で交換できるように設計された“エシカルスマホ”が海外では注目を浴びています。消費者自身で修理できる「修理する権利」が海外で進行していますが、日本の携帯電話業界の現状はいかがでしょうか?

田中氏日本では「登録修理業者制度」というものがあり、登録した業者以外は電波法の適用を受ける装置に対して、自由に修理出来ないという法律があるんです。今後日本がどういう動きになっていくかわかりませんが、現状では業界だけでなく法律をも変えていかなくてはいけません。

外谷氏​ ユーザーにエシカルを体感いただくことも重要ですが、それ以上に業界全体や国のルール自体を変えていくこともとても重要です。現在の商習慣や日本の法律では、突破できない部分が多いことも事実です。私たち一社でできることには限りがありますから、いろいろな企業様と協力しながら“自分たちがルールメーカーになる”という意識を持って、今後も取り組んでいきたいと思っています。

―業界と消費者が一緒に変えていくスマートフォンのサステナビリティ、楽しみですね。貴重なお話ありがとうございました。

2023.2.27
取材協力:FCNT株式会社 https://www.fcnt.com/
arrows N F-51C: https://www.fcnt.com/product/arrows/f-51c/