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江戸の循環型社会が描かれた映画『せかいのおきく』は海外でどう受け止められたか

一晩中太陽が沈まない白夜の時期にフィンランド最北部ラップランドで行われる「Midnight Sun Film Festival(ミッドナイト・サン映画祭)」。2023年は6月14日から18日まで開催され、唯一の日本作品として阪本順治監督の青春時代劇『せかいのおきく』が上映されました。世界でいちはやく循環経済が成立していた江戸の人々の生活を描いたこの作品は、サーキュラーエコノミーの先進地であるフィンランドでどのように受け止められたのでしょうか。

※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。

世界最北、ユニークな映画祭

広大な北極圏の自然に恵まれ、オーロラ観測や「サンタクロースの国」のキャッチフレーズでも知られるフィンランド最北の「ラップランド」。そのさらに北部に位置するソダンキュラは、人口8千人の小さな自治体です。

ここで毎年行われる「ミッドナイトサン映画祭」は、フィンランドを代表する映画監督カウリスマキ兄弟と自治体(ソダンキュラ)により1986年から開始。以来、毎年国際的なゲストが訪れ、さまざまなプログラムが展開されています。

この映画祭のユニークな魅力の一つは、白夜を利用して24時間映画が上映されることです。そして、深夜に輝くオレンジ色の太陽に代表されるように、他には見られない美しい自然とカルチャーが融合し、町の人々の素朴さも相まって独特のゆったりした空気感を創り出します。この雰囲気に魅せられたリピーターも多く、昨年は3万人の観客を動員しました。

北極圏ならではの、深夜に見える黄金色のミッドナイトサンは、この映画祭の象徴的な風景にもなっている。(写真提供:ミッドナイトサン映画祭)

上映シアターはサーカス用のテントが大小2つ、町の映画館、学校の4カ所。事務局も兼ねている学校のすぐ裏手には美しいキティネン川が南北に流れ、参加者は映画以外の自然の環境の中でも思い思いに楽しんでいます。

シアターは屋外に貼られた大小のサーカステント、町の映画館、学校の4カ所に分かれている。(著者撮影)
町の東側を流れるキティネン川。水温は冷たいが、水着を持参して泳いでいる人も。(著者撮影)
校庭を活用した屋外バーは常に人が絶えない(写真提供:ミッドナイトサン映画祭)
上映開始の時間にはシアター前に常に長蛇の列ができる(写真提供:ミッドナイトサン映画祭)
一晩中映画を楽しめるのもファンにとっては大きな魅力(写真提供:ミッドナイトサン映画祭)
スモークサウナで食事をする参加者たち(写真提供:ミッドナイトサン映画祭)

オフシーズンの町の経済活性化に

ラップランドの観光シーズンは冬。オーロラ観測やウィンタースポーツの観光客で大いに賑わいます。そのため、観光客がぐっと少なくなる夏の1週間、3万人が集まる町の一大イベントは、町の活性化にも大きく寄与しています。1年がかりで準備するコアスタッフのほかにボランティアでたくさんのスタッフが関わります。地元の商店もこの時期は閉店時間を延長したり、ポップアップで飲食店やお土産店を出したりなど、ビジネスチャンスを活かしています。観客は世界中からやってきますが、フィンランド国内全域からが最も多いということです。

会場近くで飲食を提供するポップアップショップ(著者撮影)
ソダンキュラ市民で映画祭の広報を担当するInari Tlienさん。(著者撮影)

そんなユニークな映画祭で、日本映画『せかいのおきく』は会期中2回上映されましたが、いずれもすぐにソールドアウトで、チケット入手が困難な作品のひとつでした。制作した「YOIHI PROJECT」プロデューサーの菅野和佳奈さんにお話を伺いました。

オープニングパーティに招待され、主催者に挨拶する菅野さん(右)(写真:ミッドナイトサン映画祭提供)

―『せかいのおきく』はどのような映画なのでしょうか。

『せかいのおきく』は日本の映画人たちと自然科学者が一緒になって映画を作るというとてもユニークな映画プロジェクト「YOIHI PROJECT」の第一弾の作品です。その目的は、映画を通じて人々に自分のライフスタイルを考え直すきっかけや、環境問題に気づきを持っていただくことです。

―サーキュラーエコノミーの概念を映画に取り入れたのはなぜですか。

科学者たちとミーティングを行う中で、「江戸にはサーキュラーエコノミーがすでに存在していた」ということが指摘され、それがテーマのひとつになっていきました。映画に描かれているのは江戸の長屋のラブストーリーですが、ベースにあるのは循環型社会として成立していた江戸時代の人々の暮らしです。鎖国が行われていた江戸時代は、資源が非常に限られており、その中で紙を再利用したり布や傘をついだりなど多くの工夫が行われていました。主人公は「下肥人(しもごえにん)」であり、排泄物を肥料として農家に売って生計を立てる、つまり排泄物の仲介人というものが成立していたのが江戸時代でした。

―作品では「下肥人」が、長屋や屋敷からお金をもらって排泄物を処理するのではなく、逆にお金を払って買い取っていた様子が印象的でした。

そうなんです。これは学校での上映で子どもたちからも質問を受けるところで、「糞尿を買い取る」仕事があったことが不思議に感じるようです。古紙なども同様に買い取りが行われていて、廃棄物が資源として有効活用される循環型経済が江戸時代には盛んに行われていました。

―ミッドナイトサン映画祭で上映されることになったきっかけは何でしょうか。

映画祭側から突然オファーをいただいたのです。フィンランドはサーキュラーエコノミーの先進国ということで私たちもとても注目をしていたので、オファーをいただいたときはうれしく、お受けすることにしました。

世界中から訪れた映画関係者たちを集めたオープニングパーティ(写真:ミッドナイトサン映画祭提供)

―観客席では笑いが絶えず、最後は拍手が巻き起こっていましたね。

ここまで笑いが起きることもなかなかないです。この作品は2月のロッテルダム国際映画祭(オランダ)を始めとして海外でも様々な場所で上映されていますが、今回が一番反応がよかったです。ロッテルダムのときの3割増しぐらいでしょうか。

とある先生からは、フィンランドは日本映画が好きな人が多いとは聞いていましたが、「おきく」は時代劇でモノクロでしたのでハードルが高いかなと思ったのですが、好反応でとてもうれしいです。わりと詳しい方が多かったという印象です。

上映後、観客にインタビューする菅野さん

―今後はどんな映画を作られる予定ですか。

今まさに制作中なのですが、飯嶋和一原作の『プロミスト・ランド』の実写化で、2024年公開予定です。山形のマタギの文化を描いた作品で「自然との共生」がテーマなのです。

―この映画祭もまさに「自然との共生」ですね。

そうですね。こんなに自然を感じながら映画を見るのは初めてです。何かつながりを感じますね。

(写真:ミッドナイトサン映画祭提供)

美しい日本の文化とサステナビリティ

菅野さんの言葉通り、上映中は笑いが絶えず、エンドロールでは拍手が巻き起こりました。見終わった何人かの方にインタビューしたところ、「funny(可笑しかった)」「very different(すごく変わってる)」などさまざまな感想がある中、必ず言われたのが「美しかった」という言葉でした。

排泄物を扱ってなお美しさが伝わったということは、映画側の表現技術の高さもさることながら、観客側が本質をしっかりととらえていることを示しており、ヨーロッパの映画文化のレベルの高さを垣間見た気がします。

江戸時代、日本人が営んでいた生活はヨーロッパとは確かにdifferent(違う)であるけれど、そこには、ものがない時代の人々の知恵と工夫がつまった日本流のサステナビリティがありました。ものを大事にしようという意識は、東洋も西洋も変わらないのです。

ラップランドの自然の豊かさに包まれ、日本のサステナビリティの本質、そしてそれを伝えることの重要性に気づくことができました。

参考:
Midnight Sun Film Festival
https://msfilmfestival.fi/en/
「せかいのおきく」公式サイト
http://sekainookiku.jp/