記事を読む

サステナビリティをコンセプトに建築デザインを手がける日本在住の建築家、ファラ・タライエ(Fara Taraie)さん。無駄を極力なくし、建築資材の持続可能なサイクルを実現する仕組みづくりに奮闘中です。ファラさんが内装設計とデザインを監修した東京・日本橋のビルは、ファラさんのこだわりが活かされており、グローバルスタートアップ企業の新しい拠点としても注目を集めています。サステナブルな建築とはどういうものか。日本における課題も含め伺いました。

コロナ禍がきっかけで事務所を設立

写真左:ファラ・タライエ氏/中東で生まれ、ヨーロッパと日本を含むアジアで育った。2012年、東京大学工学部建築学科修士課程を卒業。建築におけるサステナブルデザインとインテリジェントシティの専門家。サステナビリティ分野における複数のプロジェクトに携わる。2020年、NewNormDesignを設立した。日本における社会チェンジとイノベーションの促進を目的としたNPO法人ImpacTech Japanのカントリーマネージャーを務めた経験を持つ。日本財団の支援により、過去3年間にSDGsやESG関連のスタートアップを対象とした5つのプログラムを成功させている。

ーまず、事業とご自身の経歴について教えてください。

私は中東の生まれですが、家族の仕事の関係でヨーロッパ生活が長いです。日本では奨学金をもらって大学より建築学科で学びました。私の関心のすべてを活かせるのが建築だったからです。

専門は構造デザイン。「ミニマムな材料で強固な建物を造るには」がテーマでした。自然が好きで、自然と共存できるデザインを考えています。サステナブルな材料については、ヨーロッパの大学のオンライン授業で勉強しました。

―日本に来て、どんな印象を持ちましたか。

ヨーロッパには、千年単位で美しい街が残っています。日本に来て残念だったのは、建物をあまり大事にしていないこと。早いサイクルで造って壊す為、廃棄物が発生してしまいます。

これまでの活動で日本財団の創業支援プログラムを手伝い、社会課題の解決を目指す多くのスタートアップ企業と知り合いました。ところがコロナ禍で、出会いもイベントもなくなった。誰もいないオフィスでは空調と照明だけが動いている。これからどうすれば良いかと相談されて、2020年、サステナビリティ/持続可能な建築をコンセプトに、建築デザイン事務所NewNormDesign(NND)を設立しました。

建築業界のエネルギー使用量は、世界全体の4割を占めるという数字があります。NNDでは、環境負荷を最低限に抑えた建築物の設計を目指します。

一気にマインドセットを変えるのは難しい

―コロナ禍に空きオフィスが増えて、どんな課題が現れ、どう解決したのでしょう。

誰もいないのにエレベーターが稼働している、出社する従業員が半減した時に仕事の効率化のためにオフィスのレイアウトは変えるべきか、フロアによって電力消費の違いはあるか、1か所に集中させた方がいいか、など課題は山積しました。また、オフィスの天井をはがして壊す時に発生する廃棄物の問題もありました。

これらの課題解決に対し、オフィスの設計や完成後稼働についての意思決定も、社内の関係者が多く決定に時間がかかりまとまらない。日本人は問題点を洗い出すのが好きだけれど、その先に進まないんです。海外では、問題を指摘したら、その人が解答を出さなければなりません。

―日本のサステナビリティの遅れもこの様な弱点からでしょうか。

私がいつも言っているのは、1%ずつ直していけばいいということ。一気にできなくても少しずつやっていけばいい。とにかく今から取りかかることです。今日1%、明日も1%、1年経って370%できる。例えば、建築物にサステナビリティを取り入れる時、今ある材料の中でひとつだけサステナビリティに配慮しましょうといったマインドセットでやらないと、永遠に思い描くサステナビリティには到達できません。

―それで顧客のマインドセットは変わりますか。

ええ、結構変わってきていると思います。全然関心を示さなかった人も、サステナビリティのアイデアに興味を示すようになりました。顧客と一緒に、デザインやコンセプト、材料の選び方などを記したサステナブルデザインに関するマナーブックも作りました。顧客が一番気にするのは、費用の面。今だけではなく、50年先、100年先の未来を見据えて結果を見てくださいと説明しています。

日本橋の新ビルのデザインコンセプトは「Old+New」

―地上4階建てのこのビル(東京・日本橋のxBeidge-Global(クロスブリッジグローバル)のプロジェクトについて教えてください。

ビルのオーナーより、築50年が過ぎたビルを壊すかリノベーションするかと相談を受け、壊すのはもったいないから、歴史を大切にしつつリニューアルすることにしました。

デザインのコンセプトは「Old+New」。壁や天井はあえてむき出しにするなど、既存の建物を活用し、内装工事における廃棄物を削減。貝殻から作られる「柳川貝灰生しっくい」などを使用し、廃材をアップサイクルした家具を採用するなど、サステナブルな設計・デザインにこだわりました。ほとんど費用はかかっていません。

インテリアとしてのアートにも工夫があります。以前入っていたテナントの壁に描いてあった絵はアートとして残しています。スマホでアプリを起動して絵にかざすと動くデジタルアートで、スタートアップの技術が体験できます。新しいものと古いものとのぶつかり合いが面白いです。

1階のカフェでは、寿司屋のカウンターで使われていた廃棄予定だった1枚板を再利用しています。今欲しいと思ってもなかなか手に入らない資材です。大きな窓ガラスは貴重です。結構な厚みのある良質なガラスで、今ではとても作れない。こういうものはなるべく残しています。ここでは壁自体も家具もアートなんです。

―空間の使い方はどうなっていますか。

1階には環境に配慮したグアテマラ産のスペシャルティコーヒーを提供するカフェ、2階から4階は、グローバルスタートアップ企業向けのシェアオフィス「NEXTHUB」が入居しています。4階はイベントスペースです。

目的や状況に合わせてフレキシブルに活用してもらい、国内外の起業家やグローバル人材のビジネスコミュニティ作りに役立ててほしいと考えています。

使い方を決めれば決めるほど、後で使い方が変わってくる。このビルもいつまでオフィスとして使うかわからないから、使い方をいくつも想像して自由度を高くし、フレキシブルに変えられるようにするのが私流です。2階は人が集まる場としてもミーティングの場としても使える。イベントには30人くらい入ります。倉庫もあるので、ギャラリーとして活用できます。

1階は店舗なのですが、意外にイベントなど人が集まるスペースになっています。カフェの真ん中に大きいテーブルを置いているので、夜はバー空間のように使われていて、ビジネス系のコミュニティ形成に一役買っています。

ビルを託された時はスケルトンの状態でした。構造が見えた方が格好いいと思いませんか。ここに天井を付けたら低くなるんです。天井のスチール構造のところは赤かったので、グレーに塗ってビルに合わせました。

あるものにできるだけ合わせるというのも、サステナブルデザインのポイントです。すべて私たちの好みに変えていたら、何も残らない。必要のないところにわざわざ新しい材料を使わなくていいのです。

―ビルのオーナーからの要望はあったのでしょうか。

「ファラさん、よろしく」という感じでしたね。グローバルスタートアップ企業のコミュニティ形成を支援するというのがビルの基本的な目標だったので、多くのスタートアップ企業を手伝ってきた経験が活かせました。オフィスだけどオフィスらしくない。心地良いと、オーナー自身もこのビルを時々使っています。

「人間のために」でなく、「地球のために」造っている

―サステナブルな建築デザインで、ほかにポイントはありますか。

いろいろありますが、人間のために造っているのではなく、地球のために造っていると思えばいいと、私は言っています。「プラネット・セントリック(Planet-centric Design=地球中心デザイン)」です。人間は地球の1プレイヤーで、私たちの行為が地球にどんな環境インパクトを与えているか、常に考えなければなりません。

サステナビリティにはハードとソフトの両面があります。材料、エネルギー、廃棄物など個々の要素に注目するだけでなく、その建物がどう使われているかのソフト面も考えたいのです。一番のポイントは、皆に愛される建物を造ることだと思います。愛されていれば長年守られて、壊されることはない。

もうひとつサステナビリティで大事なポイントは、今だけを見るのではなく、20年後、30年後の姿を想像しながら考えること。将来どんな技術が登場し、それをどこに当てはめるか、デザイナーの想像力が試されます。今、センサーを使って、どこの部屋の照明が一番使われているかなどを調べています。こんなにセンサーが働いてくれるとは、昔は考えられなかったでしょう。デザイナーはそういう場面まで想像するべきなのです。

スタートアップ企業の間で話題になっているのが、電気自動車の充電器の設置場所。従来のガソリン車用に余裕なく設計された駐車場では対応しきれていません。自動車の未来を見越して、もっとフレキシブルに、バッファーゾーンを設けて設計する努力が求められているのです。

―ファラさんから見て、これぞサステナブルな建築と思える建築があれば、教えてください。

タスマニア島にあるモナ美術館は、自然と建築とアートが融合した、記憶に残る美術館。デザインでも美しさでも、またサステナビリティの側面でも愛されています。日本でいえば、軽井沢の石の教会でしょうか。

サステナブルな建築資材を集積した「Matinno」

―最後に、サーキュラーエコノミーの広がりを見据えて、建築資材の持続可能性を高めるためのプラットフォーム「Matinno」を開発されたと聞きました。どんなものなのでしょうか。

「Matinno」は、「マテリアル(資材)」と「イノベーション」の2つの言葉から派生したネーミングです。開発チームには8人のメンバーがいます。繰り返しますが、日本は廃棄物が半端でないんです。たとえば、建造物のチェックを受けるために取り付けた天井パネルは、検査が終わると全部捨ててしまいます。失敗に備えて予備を1割多く発注して、最後余ったら燃やします。そういう無駄を避けたいと考えてつくったのが、「Matinno」です。まずは、同じ志を持ってサステナブル資材を取り扱う会社に呼び掛けてスタートしました。

マインドセットを変えるのは、なかなか難しい。でも、どんな資材を使っていて、地球に負荷をかける二酸化炭素排出量はどのくらいか、自分で簡単に検索できれば、どんなに無駄なことをしているかと気づくに違いありません。

たとえば、カーボン・ネガティブになる材料のリストを作成しました。どんなサステナブル資材がどこに使われているか、デザイナーが容易に情報にアクセスして確認し、発注できます。また、余剰や廃棄予定の資材の情報を登録しておけば、それらを必要とする人の手に渡ります。

―まずは可視化ということですね。

そうです。サステナブル資材のデータ化です。アップサイクルやリサイクルの負担を軽減し、資源の無駄を省き、二酸化炭素排出量の削減につながり、社会に貢献できると考えています。

―ありがとうございました。

2024.03.06

取材協力:NewNormDesign:Projects | NewNormDesign