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人口14億人を超え、世界最大の人口大国となったインド。急速な経済成長が進む一方で、深刻な環境課題に直面しています。今回、南インド第4の都市チェンナイを訪れ、現地で感じた環境問題の現状をレポートします。

車、バイク、オートリキシャなど様々な車両が行き交う道路

経済成長と交通渋滞が加速させる環境負荷

インドの大気汚染は世界最悪レベルに達しており、PM2.5濃度はWHO基準値の10倍以上(※1)にも上ります。石炭火力発電、建設現場の粉塵、自動車の排気ガス、農家による野焼き、そしてヒンドゥー教の祭り「ディワリ」での大量の花火や爆竹まで、原因は複合的です。
著者が訪れた12月下旬から1月上旬は、雨季明けの冬になるため特に大気汚染が悪化する時期でした。ベンガル湾に面するチェンナイは海からの風で空気が滞留しにくく多少の換気効果がありますが、内陸の首都デリーでは街中が濃い霧のようなスモッグに包まれ、晴れていても空が霞んで視界が白くなるほどです。

「南アジアのデトロイト」とも呼ばれるチェンナイは、日米欧や韓国など世界の主要自動車メーカー、部品メーカーが集中し、インド国内の自動車生産・輸出の重要拠点となっています。実際に日本車がたくさん走っていて、トヨタ、ホンダ、特にSUZUKIの自動車をよく見かけました。インドの乗用車と商用車を合わせた国内販売台数は2025年に550万台を超えて過去最高を更新。ますます拡大する自動車市場は、経済成長とともに深刻な交通渋滞と大気汚染を引き起こしています。

街中の観光施設の駐車場に並んだ車両をよく見ると全てSUZUKI車

日本も支援する「チェンナイ・メトロ」への期待

交通渋滞の緩和とCO2排出量の削減、都市交通需要に対応するため、2020年代初頭からJICA(国際協力機構)の支援により大規模な「チェンナイ地下鉄建設事業」(※2)が進められています。

交通渋滞緩和のための地下鉄工事なのですが、工事に伴う道路規制によって一部の車線が制限され、渋滞がさらに悪化している状況でした。停車と発進を頻繁に繰り返す車両からの排気ガス、建設現場から舞い上がる粉塵が、都市の大気汚染に拍車をかけています。もはや街のBGMになっているクラクションも常に鳴り響き、凄まじい騒音です。

また、自動車以上に市民の日常の足として稼働しているオートリキシャ(三輪車)は、インド国内で2,000万台以上と言われています。インド政府は、自動車だけでなくオートリキシャのEV化も強力に推進しており、地下鉄整備と合わせ、脱炭素につながるインフラ拡充が急務となっています。

チェンナイ地下鉄の工事現場

こうした交通渋滞の中、「Zomato」や「Swiggy Instamart」といったアプリベースのデリバリーサービスが急成長しています。渋滞を縫うように走るバイク配達員の姿を、街のあちこちで目にしました。3車線の道路に5台並ぶような道路事情で、車間のわずかな隙間をすり抜けて移動するバイクは、市民にとっても移動の主力手段であり、家族4人乗りや過積載も常態化しています。

「Zomato」は2020年にUber Eatsのインド事業を買収し、インド国内デリバリー市場でトップを争うフードテック

ごみ回収の課題と「野良牛」が抱える矛盾

インドの街を歩いていると、至る所で牛の姿を目にします。ヒンドゥー教で神聖視されている牛が、街中のごみ置き場でゴミをあさって食べている姿は衝撃的でした。

街中で、ごみを食べる野良牛に遭遇する
道路の中央分離帯の植栽を食べている野良牛も見かけた

「聖なる牛」として崇められるはずが、なぜごみを食べる野良牛になってしまうのか。現地で事情を聞くと、乳牛が年老いて乳が出なくなると、飼料代が大きな負担となる。ヒンドゥー教の教えにより牛を屠殺するわけにはいかない。そのため、飼育しきれなくなった牛を、そっと街中に放ってしまうという現実がありました。
餌が与えられない野良牛は、ごみ集積所で食べ物を探し、その際に生ごみと一緒にプラスチック類を飲み込んでしまい、胃の中に何キロものプラスチックが溜まって死に至るケースもあり、動物愛護と環境の両面で深刻な課題となっているそうです。

また、道路の真ん中で座り込む牛は、自動車、オートリキシャ、バイクとともに交通渋滞や事故を誘発してしまいます。ごみ集積所からの資源回収においても、渋滞による回収効率の低下は脱炭素の障壁となります。一言で環境課題と言っても、人口増加や経済成長、交通事情や信仰など、その背景は非常に複雑なものがありました。

牛糞からバイオガス燃料をつくるSUZUKIの取り組み

日本車をよく見かけたインドで、圧倒的に多く走っていたのがSUZUKIの自動車でした。スズキではインドで牛糞を原料とした地産地消型のカーボンニュートラル燃料、有機肥料の製造供給に取り組んでいます。インドには牛がおよそ3億頭もいると言われ、農村経済のバックボーンであると同時に、環境面ではCO2の25倍以上の温室効果ガスであるメタンの排出源となっています。

2025年12月、スズキ株式会社とスズキ100%出資のインド子会社Suzuki R&D Center India Private Limitedは、インドのグジャラート州バナスカンタ地域にバイオガス・プラント「BANAS SUZUKI BIOGAS PLANT」を開所。さらに2026年1月には2ヵ所目のプラントも開所しました。(※3)牛糞に含まれるメタンからCNG車(圧縮天然ガス自動車)の燃料用バイオガスを生産・販売するバイオガス・プラントです。
1日あたり最大約100トンの牛糞から約1.5トンのバイオガスを生産・販売し、同時に有機肥料を生産、販売する計画が発表されています。約1.5トンのバイオガスは、CNG車約850台が1日に走行するために必要な燃料の量に相当するそうです。

「BANAS SUZUKI BIOGAS PLANT」の除幕式(出典:スズキ株式会社)
スズキ、インドのバイオガス・プラント(出典:スズキ株式会社)

バイオガス・プラントの開所式には、インドの政府関係者の他、約25,000人の酪農家の方々も出席し、注目の高さが伺えます。インドの農村の持つ豊富な資源を有効活用し、インド酪農組合との協業は農村の持つ大きな可能性を引き出します。エネルギー自給率の向上、新たな雇用創出、牛糞を買い取ることによる農村所得や生活水準の向上にも期待が寄せられています。

「車と牛」インドを象徴する2つの環境課題に同時にアプローチする挑戦を、日本企業が担っているのです。

循環型社会への示唆

チェンナイで見た環境課題の数々は、急速な経済成長と環境保全の両立がいかに難しいかを物語っています。しかし、35歳未満が人口の約65%以上を占めるインドは、超高齢化社会の日本とは対照的に、若く豊富な労働力と高い消費意欲に支えられた圧倒的なエネルギーを持ち、環境課題の解決に向けた様々な政策やデジタル技術を活用したサービスも次々と生まれています。
地域の実情に合わせた柔軟で創造的な解決策を積み重ねていくことで、循環型社会への転換が加速することでしょう。

<参考サイト>

(※1)WHO 世界大気質データベース
http://www.who.int/airpollution/data/cities/en/

(※2)チェンナイ地下鉄建設事業(JICA)
https://www.jica.go.jp/oda/project/ID-P298/index.htm

(※3)スズキ、インドでバイオガス・プラント開所
https://www.suzuki.co.jp/release/d/2025/1209/

https://www.suzuki.co.jp/release/d/2026/0119