記事を読む

印刷産業は今、大きな転換期を迎えています。デジタル化の波が押し寄せ、市場規模が縮小し、多くの印刷会社が事業の継続に苦しんでいます。そんな中、「印刷の民主化」を掲げ、業界の構造そのものを再設計しようとしている会社があります。印刷の新たなビジネスモデルの実現を目指す株式会社グーフ。同社代表取締役 岡本幸憲氏に、同社が目指す「ニューノーマル」、そしてそれに基づく事業について伺いました。

(写真右:株式会社グーフ 代表取締役 岡本幸憲氏  左:ESG経営推進室 管理本部長 CSO 仲川 文隆氏)

表面的な進化では、本質的な課題は解決できない

目黒区自由が丘にある株式会社グーフの一戸建て新オフィス 「goof.Base」 

―グーフ社は、30年前から印刷業界の課題に取り組んでこられたと伺っています。最初はどんなことから始めたのでしょうか。

(岡本氏、以下略)当初はデジタルを活用して紙の価値をリデザインしようという、比較的シンプルな目標から始めました。個人事業主的な視点から事業を立ち上げ、いろいろな経験をしてきました。

しかし、長く続けるうちに気づいたことがありました。これまで、表面的に正しいことをやろうとか、応用技術で「あれもできる、これもできる」という流れできたけれど、もしかしたら本質的なところからどんどん遠ざかっているぞ、と。

「本質から遠ざかっている」とは、具体的にどういうことでしょうか。

売上はあっても、本当に満足したサービスを提供できているのか、という点です 。デジタルをかっこよく活用していても、それがただのスキルで終わってしまえば、スタッフたちは10年後にどんな人格(=価値観)になっているのかと。変化し続けることで成長を感じられる「根っこ」の部分を変えない限り、2年も経てばすぐ守りに入ってしまいます。

印刷業界の構造が抱える矛盾

印刷業界特有の構造的な課題はありますか。

大きな課題は、印刷業が「受託製造業」であり、大中小の関係性の中で受け身(待ち)の姿勢から抜け出せていないことです 。また、昭和の高度経済成長期のモデルを引きずり、明治時代にできたような古い取引制度を守り続けている点も問題ですね。

ホワイトボードでビジネスモデルを解説する岡本社長1

市場規模も大きく縮小していますね。

9兆円あった産業が、今は5.6兆円なんですよ。量が減っただけじゃなくて、当然単価も価値も下がる。かつてのモデルでは「ストレスコスト(物流や余剰な人件費)」を削減できず、利益が圧迫されています。そのため工場なども淘汰の時代に入っています。

「機械を持たない」選択でスピンアウト

そうした中で、グーフはどのような道を選んだのでしょうか。

私は以前、グループで30数億円規模の印刷会社にいました。でも、もっと本質的なところに行かなきゃいけないと考えて、スピンアウトを決めました。従来型の印刷機を所有するモデルであれば、新しい項目や価値を創造できません。ハードウェアに依存した利益構造では、本当の変革は起こせない。だから「機械を持たない」という、当時はセンセーショナルなことをやりました。

機械を持たずに、どうビジネスを展開するのですか。

発注する側のニーズをルール化し、SLA(サービスレベルアグリーメント)として受け入れ、それをその人のニーズに合わせ、どこでいつどうやって製造するかを最適化してシームレスに動くようにアルゴリズム化しました。この仕組みを形にしたのが、弊社のクラウドプラットフォーム「GEMiNX(ジェミナス)」です。このプラットフォームがあれば、国内外問わずどこででもちゃんと商品が作れるという標準化が実現できます。

ニューノーマルとは「構造の再設計」

―「ニューノーマル」という言葉を掲げていらっしゃいますね。どういう意味でしょうか。

ニューノーマルというのは、端的に言えば「リセット」です。ただし、ガラガラポンして昔のモデルに戻して余計な人たちを排除するというようなものではありません。

数十年の間、みんなが「正解」を見つけようと頑張ってきましたが、サステナビリティの意識が問われる中で、やらなきゃいけないことが増えて複雑化しています 。高齢化やデジタル化、マーケットの多様化という変化に対し、毎日解決していかないと明日には課題が増えてしまいます 。

過去を引きずらないで新しいステージを作る。今の時代の印刷だからこそ付加価値をつけられる要素やパートナーシップを組むことで、より柔軟性やアジリティを担保できる構造を持ちましょう、ということです。

具体的には、どのような構造を目指しているのでしょうか。

営業利益(知的財産やプロデュース)と工場利益(ものづくり)を明確に分けることから始まります 。

自社で重い機械を持たず、デジタルの力でサプライヤーやワーカーを再定義し、キャッシュフローを担保しながらマキシマムな利益が出る「標準化」されたプラットフォームを構築することです 。

「goof.CAMPUS」とプラットフォーム戦略

―2025年に始動した「goof.CAMPUS」について教えてください。

CAMPUSは、「示していく場」であり、新しいOSを「体験する場」です。

経営者が言葉で理解しても、現場には古い習慣があります。そのため、実際に標準化されたデータが自動で動き、シームレスに製造・デリバリーまで一貫して流れる様子を定量的に実証し、体験してもらう必要があります 。印刷機・後加工機メーカー、ソフトウェア企業、用紙サプライヤー、そして印刷会社の企画・営業・技術・オペレーターなど、様々なな専門家が参加していただいています。

今は他社からの留学制度もあり、若手がここで新しい印刷の形を学んでいます。

goof.CAMPUS(神奈川県横浜市)

利益生み、雇用が守られる循環

サーキュラーエコノミーについてはどうお考えですか。

サーキュラーエコノミーは、単なる環境保護活動ではなく、キャッシュフロー(現金流出入)をベースにした経済循環モデルであるべきだと考えます 。どれだけ素晴らしい理想を掲げても、経済性が担保できなければ持続できないからです。

責任あるプレイヤー同士が繋がり、構造的な無駄(ストレスコスト)を省くことで、正しく利益を出しながら資源を循環させることが本質です 。

印刷業界において「循環」を阻害している要因は何だとお考えですか?

10年かけて償却するような高額な機械設備を、各社が「所有」し続けていることでしょう 。市場トレンドが短命化している現代では、5年も経てばその機械はマーケットのニーズに合わなくなります 。この「所有によるリスク」が、構造の柔軟性を奪い、不必要な無理や無駄を生む原因となっています 。

それをどう変えようとされていますか。

設備を自前で持つのではなく「利用」する形、例えば従量課金制(1枚いくらの単価設定)のような新しいビジネスモデルへの転換を研究・実践しています 。また、物流の「横持ち」などのストレスコストを排除するため、デジタルプラットフォームを通じて「適地生産」を徹底し、物理的な移動距離や廃棄を最小限に抑える構造を作っています

―多くの企業がサステナビリティを掲げながら、経済性が担保できず失敗しています。

キャッシュのところがうまくいかず経済性が担保できないと、最初は理念を掲げるけどだんだん形骸化していきます。

でも、昔の印刷産業はそれができていたんです。私は昔のやり方を取り戻したいだけなんですよ。それと同時に、今のITやデジタルという技術を応用して、昔の先輩が汗をかいてやってくれたことのレベルを高めたいだけなんです。

参考記事→【導入事例】多品種・小ロット印刷現場の廃棄物管理を改善。コスト削減と透明性を実現|株式会社グーフ

Love & Passion―資本の壁を越える

―グーフの5つのキーワード(New Normal / Community / Democracy / Circularity / Love&Passion)の中で「Love & Passion(愛と情熱)」が印象的です。これはどういうことでしょうか。

利他が前提であること。相思相愛の関係を信じるということ。これは共通の目標を持っていないとできないことです。

持続可能な成長を支えるのは、結局のところ信頼関係、つまり「相思相愛の関係」だからです 。キャッシュフロー型の経済モデルを回すには、それぞれが自分の責任を理解し、同じ目標を信じる相手かどうかが重要になります 。資本の壁を越えて「正しい利益をきれいに作る」というシンプルな価値観で繋がることが、コミュニティの前提です 。

AIの活用はデータの質が重要

AIは印刷業界をどのように変えていく、あるいはどう活用すべきだと考えていますか

AIは非常に「必要なツール」だと捉えていますが、それ自体が魔法の杖ではありません 。私たちのような「最後は物を届ける」という実体的な約束を伴うインフラにおいては、AIをどう使うかの効率化議論よりも、その基盤となる「データの質」を追求することが何より重要です 。

―なぜ「データの質」が鍵になるのでしょうか?

質の良いデータはAIのアウトプットの信頼度を高めます。誰が、何を目的に、どのような背景で集めたデータなのかが明確であって初めて、AIは社会に本当の利益をもたらすインフラとして機能すると考えています。

私たちは、実業の中でこの質の高いデータをリポジトリ(貯蔵)し、冷静に実装していくべきだと考えています 。

世代交代と未来への責任

―最後に、今後の展望をお聞かせください。

500億〜600億規模の「村(プラットフォーム)」を作り、参加するそれぞれが自信を持って個性を主張できる世界を目指します 。我々の世代の責任は、自分たちが引きずってきた「当たり前」を若い世代に強いることではなく、彼らが自分たちなりの未来を築けるよう、正しい記録とインフラを残してあげること。それこそが僕の責任だと思っています。

デジタルネイティブ世代に向けた、印刷とデジタルの境界をつなぐバイリンガル情報誌「goof.zine」を1月に創刊。