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サーキュラーエコノミーはあらゆる産業を網羅する考え方です。建築や工業製品、食品など身近なものに注目が集まりがちですが、私たちがふだん目に触れることが少ない森林や里山においても、看過できないほど大きな「廃棄」が生み出されています。今回は野生鳥獣(ジビエ)に着目し、廃棄削減と利活用の最新動向をお伝えします。

捕獲鳥獣のほとんどが埋設・焼却処分に

日本において、野生鳥獣、特にシカやイノシシによる農作物被害は看過できないレベルに達しています。農林水産省の資料によると令和5年度の農作物被害額は164億円にも上り、このうち約7割をシカ、イノシシ、クマ、サルが占めています。被害は単に金銭的損失だけではありません。営農意欲の減退、耕作放棄地の増加、山間地域のコミュニティ維持の危機など、数字には表れない深刻な影響を農山村にもたらしています。

全国で年間約5千ヘクタールの森林被害も報告されており、そのうち約6割がシカによるものです。獣害の原因として、かつて天敵だったオオカミの絶滅や、地球温暖化の影響で降雪量が減り、冬を越せるシカが増加したこと、狩猟者の減少も影響しています。シカが食べ尽くしてしまうことによる下層植生の消失は土壌流出や希少植物の食害といった環境問題にも発展しています。

こうした被害に対応するため、国や自治体は捕獲を強化しており、シカやイノシシの年間捕獲数は120万頭を超える膨大な数に上ります。しかし、この大規模な捕獲の裏側には大きな課題が存在します。

現在、捕獲された野生鳥獣のうち、ジビエ(食肉)として利用されるのはわずか約1割にすぎません。残りの9割のうち、自家消費されるもののほかは埋設・焼却処分され、捕獲者の大きな負担となっています。「有害鳥獣をマイナスの存在からプラスの存在に変える」この考え方がジビエ利活用推進の出発点です。野生鳥獣を「害獣」としてただ駆除するのではなく、「地域資源」として活用する取り組みが広まっています。

安全なジビエのための認証制度

フランス語で野生鳥獣肉を意味するジビエ(gibier)。自然の中で育つ野生鳥獣は家畜と異なり、人の手による管理がなく成長し、捕獲されるまで生活しています。安全な食肉として流通させるには、適切な衛生管理のもと処理することが必須です。日本では、食肉処理業の営業許可を取得した食肉処理施設で処理・解体をすればジビエの販売は可能です。加えて、厚生労働省が「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を策定し、衛生的なジビエの取扱い方法について示していますので、これを守って処理されたジビエを選べば安心です。

しかし、どれが安全なのか消費者目線から分かりにくいという課題がありました。これを克服するため、2018年に農林水産省により「国産ジビエ認証制度」が制定されました。長野県に拠点を持つ「一般社団法人国産ジビエ認証機構」は、ジビエの流通に欠かせない「安全性」確保のため、制度に基づき認証に係る審査等を実施、サポートする認証機関として中心的な役割を担っています。

9月26日(金)〜28日(日)、サステナブルな暮らしをテーマに東京ビッグサイトで開催された「GOOD LIFEフェア2025」において、「一般社団法人国産ジビエ認証機構」がジビエ普及活動の一環として出展されており、事務局の方々にお話を伺うことができました。

(一社)国産ジビエ認定機構事務局の瀨戸さんと林さん。東京ビッグサイトで開催された「GOOD LIFEフェア2025」出展ブースにて。

「国産ジビエ認証制度」は、食肉処理施設、食肉処理事業者を対象としています。認証には「衛生管理ガイドラインの順守」「トレーサビリティ」「明確な部位の定義」という3つのポイントがあります。厚生労働省の「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン」を遵守して適切に処理を行ない、捕獲から出荷されるまでの工程や衛生管理方法など製品のトレーサビリティを確保、さらにシカやイノシシ、それぞれカットチャートによって各部位を明確に定義することで調理方法に合った部位を選ぶことができます。

高タンパク、低カロリーで栄養豊富なジビエは健康的な食材として注目されています。事務局の林さんは「鹿肉の挽肉をよく使います。食感も良く、しっかりとした旨味があって美味しいですよ」とおすすめしてくれました。狩猟文化と山里の暮らしに根差した「信州ジビエ」の歴史ある長野で立ち上げられた(一社)国産ジビエ認証機構は、安全・安心でおいしいジビエを全国の食卓に普及させるために活動しています。

GOOD LIFEフェアで展示されていたジビエ商品の数々。鹿肉カレーやジャーキー、猪めしの素など美味しく食べやすく工夫されている。

地産地消の循環モデル

牧場で飼育されている家畜と異なり、自然の中で育つシカやイノシシは1頭1頭の肉質が異なり、個性のある食材として魅力的です。しかし、消費拡大のためには安定した品質と出荷量を確保しなければなりません。国産ジビエ認証によって衛生的な取扱いがされている事が確認できるため、大手外食チェーンのメニューとしての採用や、学校給食での取扱いもしやすくなります。

さらに全国の国産ジビエ認証施設が連携し、低利用部位を集約して大ロット化することによる新たな販売・流通体制を確立。 また、スープの材料としての骨の活用や、皮革の活用など、残渣の低減にも貢献しています。

出典:農林水産省「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況(令和7年10月版)」より

認証施設から出荷されたジビエ肉を使っていれば、飲食店舗や加工業者なども「国産ジビエ認証マーク」を使用することができ、一般消費者への認知度向上と消費拡大につながります。

ジビエによる地産地消の循環モデルを確立するためにはまず、農作物被害対策として「ジビエハンターの育成」が欠かせません。食肉利用を前提に衛生的に捕獲し、捕獲された野生鳥獣は認証施設で安全なジビエとして加工・製品化され、地元での消費(地産地消)につながります。この販売による収益がハンターや処理施設に還元され、持続的な捕獲活動の資金源となります。さらに、ジビエを核とした観光や特産品開発が地域経済を活性化させます。この循環により、鳥獣被害の抑制、食文化の充実、地域経済活性化という「一石三鳥」の効果が実現し、持続可能な地域社会構築に貢献します。

皮や骨まで活かす「全利用」への挑戦

食肉に利用できない端肉、内臓、骨などはペットフード等に活用されるケースも増えていますが、活用が難しい個体は焼却処分せざるを得ない場合もあります。

しかし福井県小浜市にあるガラス工房による取り組みでは、焼却施設で焼却されたシカの骨と小浜の海の砂を使用して翡翠系の発色が美しいガラス細工を制作。廃棄されていた部位も高付加価値のある製品に転換しています。

福井県小浜市のガラス工房KEiS庵(けいずあん)の作品。小浜の海の砂と、ニホンジカの骨を使用して神秘的なターコイズのようなブルーのガラスを制作。ピアスなどアクセサリーとして加工、販売している。
猪の皮を使用したレザークラフト。GOOD LIFEフェアでワークショップを実施。

そのほか、(一社)国産ジビエ認証機構では、捕獲を担う猟友会関係者、食肉処理施設従事者、食品加工・流通事業者、自治体のジビエ担当者、飲食店舗などを対象としてジビエの基礎知識を学ぶ研修会や解体処理講習会を定期的に開催しており、全国各地で「安心・安全なジビエ」普及を推進。

また、家庭で作れるレシピ「ジビエ料理コンテスト」も開催し、国産の鹿肉、猪肉を使用して家庭でも安心して美味しくジビエを楽しめるような活動も行なっています。

地域に向けたジビエ基礎知識セミナーや、ジビエ料理コンテストを開催。

持続可能な地域社会とジビエの可能性

ジビエ利活用には、鳥獣被害対策と地域振興を両立させることが重要です。単なる「害獣駆除」ではなく、「命をいただき、地域の資源として活かす」という考え方への転換は、持続可能な社会の実現に寄与するでしょう。

捕獲から処理加工、消費に至るまでの各段階で課題はあるものの、認証制度の整備や先進的な取り組み事例の横展開により、着実に前進しています。特に注目すべきは、食肉としてだけでなく、皮や骨までを含めた「全利用」の考え方です。この「命を無駄にしない」姿勢は、資源を大切にする循環型社会の理念にも合致します。

今後は、消費者の意識改革や食育への活用なども含め、ジビエを核とした新たな地域循環モデルの構築が期待されます。「害獣」から「地域資源」へ。ジビエ利活用は、農山村が抱える複合的課題への統合的な解決策となる可能性を秘めています。

一般社団法人国産ジビエ認証機構公式サイト

https://cert.gibier.or.jp/