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2025年9月17日~19日「第5回サーキュラー・エコノミーEXPO」が幕張メッセにて開催されました。(主催:RX Japan株式会社)
期間中、スマートエネルギーWEEKおよびサステナブル経営WEEKとして3日間で45,741名が来場。9月18日に行われた基調講演「脱炭素経営EXPO基調講演」にボストンコンサルティンググループ半谷陽一氏と経済産業省の平井貴大氏が登壇し、世界情勢の変化を踏まえた日本企業のGX経営実現への道筋と政府の取り組みについて語りました。

世界的な脱炭素の潮流と各国の産業政策が進化する中、日本企業のサスティナビリティ戦略はどうあるべきなのでしょうか。講演では、「脱炭素」は単なる環境対策ではなく、エネルギー安全保障や産業競争力強化を含む国家戦略という視点が共有されました。

2025年9月17日〜19日に開催された「第5回サーキュラー・エコノミーEXPO」幕張メッセ会場。

パネリスト
・ボストン コンサルティング グループ(BCG)マネージング・ディレクター & シニア・パートナー 半谷 陽一氏
・経済産業省イノベーション・環境局 GXグループ 脱炭素成長型経済構造移行投資促進課 総括課長補佐 平井 貴大氏

ボストン コンサルティング グループ(BCG)マネージング・ディレクター & シニア・パートナー 半谷 陽一氏

企業を取り巻く世界情勢とGX経営実現の道筋

(BCG半谷氏の講演より)

2050年ネットゼロに向けた動きは各国で継続していますが、その背景や取り組み方は地域によって大きく異なります。特に注目すべきは、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本の状況です。

ヨーロッパがGX政策を強力に推進する理由は明確です。2030年に北海油田が枯渇する見込みがあり、エネルギー資源の確保が喫緊の課題となっています。天然ガス輸入の約45%をロシアに依存していた状況で、ロシアに頼らないエネルギー確保のため、再生可能エネルギーへの転換を急いでいます。つまり、ヨーロッパの脱炭素政策は自国のエネルギー安全保障という内政問題が出発点なのです。

インフレとエネルギーコストが市場を変える

特に欧州では、ウクライナ紛争を受けたロシア産ガス供給停止の影響で、産業用ガス価格が2020年比で3倍に高騰しています。欧州の建設コストは上がり続けており、現時点でも2020年比1.2倍で依然として高止まりしています。英国では大規模洋上風力プロジェクトの中止が相次ぎました。サプライチェーンの停滞とインフレの結果、開発コストが上昇したためです。水素についても、2021年時点では価格競争力のあったグリーン水素のコストが2023年時点での実プロジェクトでは当初目標より約2倍コストが高止まりしています。
急激な再生エネルギーへの転換はインフレを引き起こし、急速な電力価格の高騰など産業界からの不満も高まっていますが、欧州の脱炭素への取り組みはエネルギー資源確保の観点から、政策は維持されると見ています。

一方、アメリカは『Made in USA』の復活が急務で「経済優先」の姿勢を鮮明にしています。グローバリゼーションで失った自国製造業をブロック経済化で国内回帰させようとしています。トランプ前政権は貿易不均衡の解消を目指し、バイデン政権はIRA(インフレ抑制法)で自国産業の育成を図りました。しかし近年は環境への取り組みを意図的に隠す「グリーンハッシング」という風潮が生まれ、収益を伴わないグリーン政策に対する批判が高まっています。

EUがCBAM(炭素国境調整措置)のような複雑なルール形成で保護主義的な動きを見せるのに対し、アメリカはより直接的な「相互関税」という手段を選んでいます。この強硬な姿勢の根底にあるのは、中国の過剰な生産能力への警戒です。

中国には、自国の需要の7倍もの建設機械の生産能力があります。このような過剰生産能力を持つ製品が流入すれば、アメリカの産業はひとたまりもありません。だからこそ、WTOのルールに縛られず、相互関税で自国市場を守ろうとしているのです。
さらに、アメリカは中国企業が東南アジア諸国を経由して関税を回避する動きにも目を光らせており、ベトナムやタイといった国々からの輸入品にも追加関税を課すなど、サプライチェーン全体を注視する姿勢を強めています。

日本企業が取るべき戦略とは

ヨーロッパ向けの製品を輸出する企業にとって答えは明確です。ヨーロッパに工場を持つか、日本でヨーロッパ基準に合うグリーンなものづくりをするしかありません。アメリカ市場向けのビジネスでは、日本からの製品輸出型から、アメリカでのものづくりへの転換が必要です。その際、日本からは「造り方」を輸出する形に変えていかなければなりません。

思い出していただきたいのは、日本のインフラ投資の状況です。1960年から90年、30年間に渡ってひたすらインフラ投資をしました。水、道路、鉄道、空港インフラ。そこから先はずっと維持しかしていません。古いインフラは60年経っています。
日本は現金資産1,100兆円を持ちながら、インフラ投資が停滞しています。マーケットもあり、お金もある。問題は何にインフラを転換するかが重要です。

アジアはこれからインフラを造るわけなので、グリーンなインフラ、水素のインフラを含めて、インフラ投資の元が取りやすい有望なマーケットです。今、明らかに投資が進んでいるのはアジアなのです。

エネルギーへの投資と産業競争力強化

経済産業省イノベーション・環境局 GXグループ 脱炭素成長型経済構造移行投資促進課 総括課長補佐 平井 貴大氏

(経済産業省 平井氏の講演より)

日本政府のGX政策の最大のポイントは、エネルギー政策や環境政策だけでなく、経済政策としての側面を持つことです。他国の政策も同様に、環境のためだけではなく産業再興や強化を目的としています。誤解を恐れずに言えば、GXとは、エネルギー・環境政策を起点とした、かつてない規模の経済政策です。

日本のGX政策の背景には、化石燃料への過度の依存からの脱却とエネルギー安全保障の確保、そして地球規模の気候変動問題への対応があります。これらを解決するために、成長志向型カーボンプライシングの導入、GX経済移行債(トランジションボンド)による先行投資支援、そして脱炭素電源の最大限活用という3つの政策ツールが準備されています。

他国と異なる点は、将来的なカーボンプライシングの財源を先取りし、トランジションボンドで先行投資を支えることです。企業が脱炭素型の構造に変化していくことができれば、将来の負担が減る仕組みです。
次世代再エネ、蓄電池、SAF、資源循環、半導体、水素、原子力などGX重点16分野の分野別ロードマップに基づき、実態に即した柔軟な支援を行なっています。

満席となった講演会場

現在、政府が特に注力しているのが「GX産業立地」政策です。これは①コンビナート等の再生、②データセンターの大規模集積、③脱炭素電源の活用型の3つの柱で構成されています。
コンビナート再生では、空きスペースとなっている産業インフラを活用し、新たなGX型産業の集積地として再生することを目指しています。例えば山口県宇部市や川崎市などで具体的な検討が進んでいます。
データセンター集積については、電力系統の制約がネックとなっているため、先行的に系統整備を行い、大規模な拠点形成を進める計画です。実現には「地域との共生」も大変重要です。また脱炭素電源活用型では、半導体製造装置やロボットなど、脱炭素電力で生産する製品・サービスへの支援も検討しています。

国民生活に深く関連し、国内CO2排出量の過半を占める「くらし関連分野のGX」も促進させ、くらしの質が向上するよう、自動車や断熱窓への改修等を含め、3年間で2兆円規模の投資促進策を実施しています。
例えば、日本の家屋は二重窓になっていないケースも多く、断熱窓のリフォームや高効率給湯器の導入促進などを環境省とも取り組んでおり、一般消費者の需要創出は、供給側の投資へとつながります。

「目的」から「手段」へと変わるGXの位置づけ

両氏の講演を通じて明らかになったのは、GXが「目的」から「手段」へと変化していることです。脱炭素そのものを目指すのではなく、エネルギーの多様化やサプライチェーンの強靭化を実現するための手段として位置づけられています。

日本企業には、地域別の戦略が求められています。ヨーロッパ向けビジネスではヨーロッパ企業との連携やルール形成への参画が重要になる一方、アメリカでは現地生産への転換が必要です。アジア市場では、新興国のインフラ整備需要を取り込む好機となっています。

2050年カーボンニュートラルに至る道筋は各国の事情や世界情勢によって大きく変化しています。日本企業には、こうした変化を的確に捉え、自社の強みを活かした戦略の構築がますます重要になっていくことでしょう。