記事を読む

思わず二度見してしまうようなクラフトビールが、今、話題を集めています。廃棄されるはずだったパンや麺類、さらには災害備蓄品の乾パンやアルファ米まで——。

一見、ミスマッチに思える食材たちが、泡立つ一杯へと生まれ変わる、そんなユニークな取り組みを行っているのが、神奈川県横浜市に拠点を置くBeer the First(ビア・ザ・ファースト)です。食品ロスの削減とクラフトビールの“楽しさ”を掛け合わせた、新しいサステナブルのかたち。今回は、同社の創業者であり、代表取締役の坂本 錦一さんに、お話を伺いました。

廃棄食材に“おいしい”命を吹き込む「Beer the First」の挑戦

ーまずは、現在の事業について教えてください。

廃棄間近な食材を使って、クラフトビールを作っています。例えば閉店間際に余るパン、製麺所で出る麺の端材、空港のラウンジでの残飯など、企業や自治体、大学と連携しながら、これまで30種類以上のビールを開発してきました。2023年8月には、さらにサステナブルなクラフトビールづくりを目指して、新たなブルワリーブランド「UTAGE BREWING」を立ち上げました。アップサイクルだからこそ生まれる味わいやストーリーも大切にしています。

2023年8月に誕生した新ブランド「UTAGE BREWING」 (提供:Beer the First)

ーおもしろいですね。きっかけは、どんなことだったのでしょうか?

もともと食品の仕入れに関わる仕事をしていたのですが、農家さんや加工所を訪れる中で、大切に育てたフルーツが表面に少し傷があるというだけで販売できない現実に直面しました。そのときに「自分に何かできないだろうか」と漠然と考えるようになったんです。

代表取締役社長 坂本 錦一さん  (提供:Beer the First)


もともとクラフトビールが好きだったこともあり、フルーツを使ったクラフトビールをつくることを最初に考えました。ただ、すでに市場には似た商品が多く出ていたので、別の食材で挑戦できないかと模索していたところ、海外でパンを原料にしたビールの事例を知りました。日本ではまだほとんど前例がなかったので、「これはおもしろいかもしれない」と思ったんです。


そこから地域のパン屋さん約20店舗に声をかけてまわり、その中で地元のパン屋さんが興味を持ってくれて。ちょうどその方が、横浜髙島屋のパン売り場「ベーカリースクエア」とつながりがあり、紹介していただくことができました。そこから、打ち合わせや製造委託先の選定を経て、2021年8月に閉店間際に出てしまう廃棄間近のパンを活用したアップサイクルクラフトビール「RE:BREAD」を開発したのが、最初です。

最初に開発・販売した「RE:BREAD」  (提供:Beer the First)

ラーメンもお米も災害備蓄も新たなに生まれ変わる

ーそこからさまざまな食材にも挑戦されていったのですね。

はい、これまでに原料として使った食材は10種類以上ありまして、お米、乾パン、そば、ラーメン、うどんなど、炭水化物系の食材が中心です。というのも、食品ロスの中で最も多いのが炭水化物なんですよね。

出所 農林水産省「令和2年度食品産業リサイクル状況等調査」

麦芽の酵素と酵母の発酵の力を活かすことで、こうした食材もおいしいビールに生まれ変わる可能性があるんですよ。

ー災害備蓄品を使ったビールも製造されていますが着目のきっかけはなんだったのでしょうか?

これまで、災害備蓄品として期限が近づいた食品は、子ども食堂やフードバンクに寄付されることが多かったんですが、受け入れ先のキャパシティを超えると、やはりどうしても廃棄されてしまうという課題がありました。企業としても「寄付以外に何か有効活用できないか」というニーズが高まっていて、そうしたお声をいただく機会も増えてきたんです。

ちょうどそんなタイミングで、横浜髙島屋さんで防災に関するフェアが開催されることになり、そこで「廃棄間近の災害備蓄品をクラフトビールできないか?」という話が持ち上がりました。そこから生まれたのが、乾パンやアルファ米を原料にしたクラフトビールです。

「えっ、これビールになるの?」が最高のほめ言葉

ーこうした取り組みに対して、これまでどんな反応がありましたか?

ありがたいことに、メディアで取り上げていただく機会も多く、発売当初から完売することが多かったです。「えっ、こんなものがビールになるの?」と驚きながらも面白がってくださる方が多くて。それがきっかけで興味を持っていただけることが増えましたし、これまで積み重ねてきた実績や受賞歴も後押しになっていると思います。

三菱地所のみなさんと坂本さん  (提供:Beer the First)

もともとは個人向けというよりも、百貨店のギフトカタログなどでの展開を想定していたので、個人のお客様にここまで受け入れてもらえたのは、正直うれしい誤算でした。「贈り物にしたい」という声も多く、私たちのビールを通じて新たな循環やコミュニケーションが生まれるのがすごく嬉しいですね。

クラフトビールで広がる新しい価値観

ークラフトビールの“楽しさ”の部分も大事にされていると思いますが、広く知ってもらうために工夫していることがあれば教えてください。

クラフトビールって、やっぱり乾杯する文化そのものが魅力だと思うんです。誰かと一緒に飲むことで生まれる楽しさや、空間のあたたかさって、すごく特別ですよね。最近はクラフトビール市場自体もどんどん拡大していて、味の多様性やストーリー性を重視する人が増えている実感があります。だからこそ、私たちも環境への配慮を打ち出すだけではなく、まずは「なんだかおもしろそう!」「これ、飲んでみたい!」と思ってもらえるようなパッケージやネーミングを大事にしています。

ラーメンの「麺」から作ったシーウィード(海苔)エール  (提供:Beer the First)

ー今後、挑戦してみたい原料やまだ接点のない業界とのコラボ構想などがあればぜひ教えてください。

これから挑戦してみたい素材としては、例えば和菓子なんて面白いかもしれないですね。海外の人にも日本らしさが伝わりやすいですし、世界に向けた発信のきっかけにもなるかもしれないです。クラフトビールに限らず、クラフトサワーなど新しいジャンルにも積極的に取り組んでいきたいです。楽しみながら環境に貢献できる、そんな商品をもっと増やしていきたいですね。

ー最後にこれから目指す未来や理想とされているビジョンをお聞かせください。

Beer the Firstでは、「おいしく、楽しく社会課題を解決する」ことを目指し、アップサイクルならではのストーリーや味わいを大切にしたクラフトビールを展開しています。「あれ?これ何だろう?」と手に取ってもらい、「おいしい!」と感じたその先に、「実はこれ、アップサイクル商品なんだ」と知ってもらえたら嬉しいですね。環境というと堅く感じるかもしれませんが、おいしさや楽しさを入り口に、自然と社会課題への関心が広がっていく。そんなきっかけをこれからもつくっていきたいと考えています。