1941年の創業以来、日本で初めてアルギン酸の工業生産に成功し、専業メーカーとして80年以上の歩みを続けてきた株式会社キミカ。国内シェアは9割を超え、食品・医薬品グレードにおいては世界トップクラスの企業へと成長しています。
同社は2021年度に「グリーン購入大賞」で大賞と環境大臣賞を同時受賞し、漂着海藻を原料にした“丸ごと循環”モデルが注目を集めました。あれから数年、2025年には新たに「NIKKEIブルーオーシャン大賞」で資源循環部門賞を受賞し、ifia JAPAN 2025でも「技術賞」に輝くなど、次々と成果をあげています。
今回は、取締役執行役員 営業本部長・笠原善太郎氏に、直近の受賞から今後への想いまでを伺いました。

ブルーオーシャン大賞が評価した「継続の力」
――まずは、2025年の「NIKKEIブルーオーシャン大賞」受賞の背景について教えてください。
本賞は、海洋環境の保全や水産資源の適正利用などに対する具体的な貢献が問われる制度です。今回の受賞は、特別に新しいことを始めたからではなく、80年以上にわたり積み重ねてきた取り組みそのものが評価されたのだと思います。

当社は、漂着海藻を原料にアルギン酸を供給し続けてきたこと、漁民から市況に左右されず安定的に買い取り続けてきたこと、さらに残渣を肥料や飼料として活用し循環を実現してきたことを評価いただきました。

最先端の技術を持つ企業が並ぶ中で、私たちは“地道に続けてきたこと”を見ていただけたのかと思っています。選ばれたことは大きな励みになりましたし、「この方向で間違っていなかった」と改めて実感しています。
――受賞を経て、社内や取引先にはどのような変化がありましたか。
実は2020年に「ジャパン SDGsアワード」を受賞した際は、今ほど社内での評価は高くなく、「これが売上に繋がるのか」と疑問視する声が大半でした。

ところが最近では、取引先から「アルギン酸を活用してサステナブルな商品を展開したい」といった声をいただくことが増えています。社会全体の関心が高まっていることを実感すると同時に、サスティナビリティ賞がビジネスにもつながることで継続的な取り組みが広がっていくのは大変うれしく思います。
――展示会でも注目されていますね。
はい、食品素材や機能性成分、添加物などに関する国内最大級の専門展示会である「ifia JAPAN 2025」で「技術賞」をいただきました。出展社や来場者の投票、有識者の審査で選ばれる賞で、国内唯一のアルギン酸メーカーとしての取り組みが評価されました。

特に、アルギン酸エステル(PGA)は世界でも当社しか製造できない素材です。展示会を通じて、「こんな可能性があるのか」と興味を持っていただけたことが大きな収穫でした。
社員の声から生まれた新オフィス
――2022年に完成した新オフィス「キミカ本館」が、BELS(建築物省エネルギー性能表示)で最高位の五つ星を獲得されたそうですね。どのような環境配慮の工夫を取り入れたのでしょうか。
外壁には断熱性の高い三重窓を採用し、調光制御ブラインドや井水を活用した天井輻射空調システムを導入しました。これにより建物全体のエネルギー消費を41%削減し、省エネ性能を最大限に高めています。無風・無音の空調は快適性も担保しており、環境負荷低減と働きやすさを両立させています。自立型の太陽光発電システムや電気自動車の充電設備も備えています。

――新オフィス社員の設計には若手社員の意見を多く反映したと伺いました。それにはどのような意図があったのでしょうか。
一般的に新社屋の設計では、社長や経営層といった意思決定者の好みが強く反映されることが多いと思います。しかし今回は、設計会社の意向もあり、この建物で実際に30年、40年働くことになる20代30代の社員の声を重視しました。

彼らからは「子どもに胸を張れる会社であってほしい」「環境に貢献してきたキミカらしい建物に」といった意見が出てきました。こうした声を設計に取り入れたことで、単なる省エネ建築にとどまらず、働く人が理念を実感できる拠点になったと感じています。社員自身が環境配慮の当事者であると意識できることが、持続可能性の実践につながっているかと思います。
広がるアルギン酸の可能性
――今後ますます注目が高まりそうなアルギン酸ですが、最近の用途についても教えてください。
食品分野では、アルギン酸を活用して植物由来の素材に新しい食感を付与した商品が数多く登場しており、動物性食材を代替するものとして関心が高まっています。アレルギー対策や動物愛護の観点でも社会的意義のある試みとして注目されています。

また、ラーメンの牛脂をアルギン酸のゼリーで代替したり、アルギン酸カルシウムの排塩効果で塩分をコントロールしたりすることで健康に配慮した商品も出てきました。さらに高齢化社会においては、介護食で噛む力や飲み込む力に合わせてやわらかさを調整できる特性も注目されています。

――注力していきたい分野はありますか。
医療関連ですね。世界で初めて注射剤用の原薬アルギン酸工場を設立しましたが、アルギン酸は人の健康を守る素材として幅広い応用が期待されています。
例えば、再生医療では膝軟骨の再生を促す細胞足場としての利用が進んでいますし、薬を必要な場所に的確に届けるドラッグデリバリーシステムや、火傷や創傷の治癒を助けるゲル素材としての研究も行われています。安全性が高く生体適合性に優れているため、医薬品添加物や医療機器の素材としても有望です。
アルギン酸の医療分野での応用は今後さらに広がっていくと考えていますし、まだまだ可能性は大きいですね。
チリの漁民と共に築く循環
――原料調達の拠点であるチリでの取り組みについてもお聞かせください。
海藻は市況商品のため、需給バランスによって価格が大きく上下します。漁民の方々は収入が安定せず、不安定な暮らしを余儀なくされてきました。そこで当社は現地の海藻調達会社3社に資本参加し、継続的に安定価格で買い取る仕組みを整えました。これにより投機的な乱獲を抑え、漁民の収入を安定させ、生活水準を飛躍的に向上させることができました。

――生活の安定だけでなく、安全面の配慮もされているとか。
はい、滑りやすい岩場で作業する漁民の方々には、ヘルメットや滑り止め付きの靴を支給し、事故防止と労働環境の改善を図っています。さらに、資本参加している調達会社を通じて、海藻収集に児童が関わっていないことも確認し、環境面だけでなく人権面にも目を配っています。

加えて、アルギン酸抽出後の残渣を肥料として現地農家に提供する取り組みも継続中です。地域社会と共に循環の仕組みを発展させていければと考えています。
創業者の「もったいない精神」を未来へ
――最後に今後のビジョンについて教えてください。
2020年のジャパンSDGsアワード受賞から、2025年のブルーオーシャン大賞受賞まで、当社の取り組みは「革新」というより「継続」によって社会に認められてきたと感じています。

創業から漂着海藻を資源として活かし、現地の人々と共にサプライチェーンを育んできました。これからも創業者の「もったいない精神」を胸に、循環型社会の実現に向けて歩みを進めていきたいと思います。
取材協力:株式会社キミカ
キミカの歩みや「もったいない精神」を掘り下げた過去記事も公開中です。南米チリの漂着海藻を活用したユニークな原料調達から、アルギン酸の幅広い活用法、創業者の挑戦までを紹介しています。今回の取り組みをより深く理解するために、ぜひあわせてご覧ください。