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オンラインショッピングを利用すると、大量のダンボールがごみとして発生します。日本と同じくeコマース大国であるドイツでは、梱包資材が一度使われたきりで廃棄される現状に対して、多くの人々が問題意識を強めています。
欧州連合統計局の最新データ(2022年)を見ると、ドイツにおける一人当たりの包装ごみ年間排出量は226.94kgで、EU加盟国のなかで第3位の多さです。EUにおける包装ごみのうち、紙・ダンボールが占める割合は40.8%で、19.4%を占める2位のプラスチックを大きく引き離していることからも、梱包ゴミが深刻な問題であることがわかります。

そのドイツを拠点に、再利用可能な梱包資材を提供しているのが hey circle(ヘイ サークル)です。ヨーロッパのリユーザブル・パッケージ業界を牽引する同社は、創業4年目のスタートアップ企業。
この度ミュンヘン中心部のオフィスを訪問し、マーケティング・広報担当のAndrea Ilsemann (アンドレア・イルゼマン)さんと、サプライチェーンマネジメント&オペレーション部門を率いるFelix Ziegler (フェリックス・ツィーグラー)さんに話を伺いました(以下本文中敬称略)。

アンドレアさんとフェリックスさん
アンドレアさん(右)とフェリックスさん(左)

ゴミは94%、CO2排出量は76%削減

hey circleは、リユーザブルなプラスチックケース(ボックス)とプラスチック封筒(バッグ)を製造し、eコマースのBtoC企業を中心にレンタルまたは販売しています。企業は消費者に商品を発送する際、ダンボールなど従来の使い捨て梱包資材の代わりにhey circleのプロダクトを利用し、消費者は商品受け取り後、これをポストに投函するなどして返却します。

hey circleのボックスとバッグ
形状とサイズの異なる8種類の梱包資材を提供(画像:hey circle提供)

―ボックスもバッグも頑丈そうですね。特徴を教えてください。

アンドレア:耐久性のあるプラスチック素材PETとPPで作られており、少なくとも100回(50往復)程度の使用が可能です。ボックスはハニカム構造パネルが内蔵されており、軽量でありながら150kgの重みに耐えられるほど頑丈です。表面は防水で汚れがつきづらく、配送ラベルもストレスなく綺麗に剥がせる仕様にしています。

ボックスもバッグも折り畳み式です。商品配送時は箱の形にして、保管するときや返却時は薄く畳みます。開閉はジッパー式で、ガムテープは不要です。ジッパーを閉めさえすれば、商品が外に出ることも、中に異物が入ることもありません。

組み立てと折り畳みの簡単さは、お客様によく驚かれますね。ジッパー部分には、盗難防止のため、使い捨てのプラスチック製ロックをかけられる設計になっています。上から専用シールを貼ることも可能です。万が一このシールとロックが破損していたときは、中身が開封されたというサインになります。

フェリックス:ジッパー式を採用しているのは業界で当社だけですね。ボックスとバッグの技術とデザインは特許取得済みです。プロダクトは、お客様や宅配業者からのフィードバックに基づいて常にアップデートしていて、例えば、最大サイズとなるXXLのボックスが近日中に登場予定です。最新モデルでは、ジッパーの改良、ドイツ語から英語表記への変更、UIの改善なども実現しました。

アンドレア:特に厳しい衛生管理が求められる食品業界向けに、マシーンクリーニング対応のプロダクトにも着手していますよ。

―ダンボールは確かに大量に廃棄されていますが、リサイクル率が比較的高い素材です。それにプラスチックはダンボールに比べ製造過程でより多くのCO2を排出します。hey circleのプロダクトを使用することで、ゴミとCO2排出量は実際どれくらい削減できるのでしょうか。

アンドレア:確かに、再利用可能な梱包資材は製造当初に多くの資源を必要としますし、返却時の輸送で排出されるCO2量も看過できません。しかし、10往復目の配送から、カーボンフットプリントが使い捨てダンボールのそれを下回ります。50往復目になれば、使い捨てダンボール利用時と比較して、廃棄の量は94%、CO2排出量は76%削減できます(ボックス・Lサイズの例、ダンボールのリサイクル率は80%と仮定)。

実は私たちも、プロダクト開発段階からご質問の点を重視していました。だからこそ、ドイツの環境コンサルタント会社Ökopolに製品のライフサイクルアセスメントを依頼したのです。その結果が今お伝えした数値です。

ゴミとCO2排出量の削減効果
第三者機関への検証依頼は、サーキュラーエコノミービジネスにおいても珍しいアプローチだそう(画像:hey circle提供)

フェリックス:プロダクトのカーボンフットプリント値をさらに押し下げるために、サプライチェーン全体を常にレビューしています。最新モデルからはリサイクル素材の使用を開始しました。将来的には、廃棄素材が一切出ないCradle to Cradleモデルを達成することが目標です。現在は中国の深圳にある製造拠点も、EMEA圏(ヨーロッパ、中東、アフリカ地域)への移転を目指しています。

“後追いデポジット”システムをプラグインで提供

―オンラインショッピングの場面でhey circleのボックスやバッグが実際にどう使用されるのか、消費者の目線から教えてください。

アンドレア:商品購入時、決済の段階になると、通常の使い捨て梱包材での配送か、hey circleを利用するかの選択肢が表示されます。hey circleを選択したエンドユーザーは、商品受取から一定の期間内に返却することが求められます。

重要なのは“後払いデポジット”制が採用されていることです。hey circleにかけられるデポジットは、商品購入時に上乗せされるのではありません。購入時の追加費用は€0で、返却期限が過ぎてはじめて課金されます。返却期限とデポジット金額は各企業で設定できますが、7~28日以内の返却、€15(約2,460円、2024年11月時点)のデポジットが一般的です。

フェリックス:少ないデポジットを前払いするのではなく、比較的高いデポジットを後払いにすることで、hey circleを選択する心理的ハードルを下げるとともに、確実な返却を担保しているのです。このシステムにより、hey circleのボックスまたはバッグは98%という高い返却率を誇ります。リユーザブルパッケージがサステナブルであるためにはできるだけ多く利用されることが肝心ですから、高い返却率を維持することは非常に重要です。

―システム導入時の企業の負担が大きそうですが。

フェリックス:心配いりません。hey circleは一連の機能をプラグインで一括提供しており、企業は既存のオペレーションに簡単にシステムを組み込むことができます。返却リマインドを送る機能も、もちろんありますよ。

決済画面イメージ
ボックスごとのCO2削減量の可視化など、多様な新機能を追加予定(画像:hey circle提供)

欧州各国65企業と提携

―どんな企業が利用していますか。

アンドレア:現在、約65の企業にサービスを提供しています。業界はアパレル、食品、玩具のシェアリングサービスから歯科医療機器メーカーまで多岐にわたります。BtoCだけでなく、BtoBや社内物流でのご利用も多いですね。エリアはドイツを中心に、スイス、イギリス、フランス、ベネルクス三国へも拡大中です。DHL、dpd、GLS、UPSなど、大手宅配業者とも協力関係を築いています。

2023年には、隣国オーストリアの業界最大手であるオーストリア郵便とパートナーシップを締結しました。法人顧客に再利用可能な梱包資材を提供する、オーストリア郵便独自のサービス「Post Loop Service Plus」向けに、4万個のバッグを提供しています。

オーストリア郵便向けの特注バッグ
オーストリア郵便向けの特注バッグ(画像:hey circle提供)

―クライアント企業は、どういうニーズから再利用可能な梱包資材を検討しはじめたのでしょうか。

アンドレア:ケースバイケースですが、3点にまとめられると思います。まずはCSRです。消費者は、配送過程も含め、よりサステナブルになることを企業に求めており、企業はそれぞれ目標を掲げ、達成に向けて努力しています。

2つ目は、段ボールよりも頑丈な梱包資材へのニーズです。ドイツでは、配送された荷物が凹んでいたり、濡れていたり、誰かが開封したかのように滅茶苦茶になっていることが稀ではありません。これでは商品が破損しかねないですし、カスタマーエクスペリエンスも損ないます。私たちのプロダクトを使えば、そのようなことは起こりません。

3つ目のモチベーションは、コストです。hey circleのレンタル料は、ダンボール購入費用と比較して十分に競争力があります。また、レンタル料はレンタル数に基づいており、実際の使用回数には左右されないので、配送と回収のサイクルが速いケースでは、コスト削減も叶います。緩衝材が不要になったという報告も多くのお客様からいただいていますね。私たちは、サステナビリティは常にコストの観点から実行可能でなければならないと考えています。

フェリックス:近年の世界情勢を背景に、原材料高騰やサプライチェーンの不安定化が重くのしかかるなか、サステナビリティにまで手が回らなくなっている企業があるのは事実でしょう。サステナビリティへの取り組みこそが、こうした課題のソリューションになり得るということを、私たちは積極的に発信しています。

アンドレアEUによる包装・包装廃棄物規則(PPWR)の施行により2030年以降、包装の削減、再利用可能な包装資材の利用率、リサイクルプラスチックの最低使用要件等に関する広範な規制が事業者に課されます。今後リユーザブルパッケージを導入する企業は増加するはずです。

―競合他社ではなくhey circleが選ばれるのはなぜだと思いますか。

フェリックス:当社にはノウハウがあります。私はこの9月まで、テスラ社などで自動車業界におけるリユーザブルパッケージの推進に10年間取り組んでいました。実は多くの人が梱包の変革を望んでいるのですが、前例がないので、どうすればいいのかわからないのが現状なのです。
そんな方々に、「こうすればできます」と多くの成功例をまじえてソリューションをはっきり提示することができるのが、hey circleです。

アンドレア:ドイツ語圏に展開するデザイナーズアイウェアメーカーのVIU社は「プロダクトの頑丈さ、折り畳み式であること、サイズと形状の異なる豊富なラインナップを備えていることは、他社には見られなかった」とおっしゃっています。プロダクトの品質の高さは、多くのお客様から評価される点ですね。ベルリン拠点のファッションブランドDrykorn社からは「CO2排出量削減効果の透明性の高さが決め手だった」という声もいただいています。強力なITソリューションと、独自の後払いデポジット制による回収率の高さも大きな強みです。

「hey circle」の名に込められた想い

―創業の経緯を教えてください。

アンドレア: CEOのDoris Diebold (ドリス・ディーボルト)は、二児の母としてオンラインショッピングを多用するなかで、梱包ゴミの問題に頭を悩ませていました。よりサステナブルなサービスを探すも、代わりとなる選択肢は見当たらず。それまで航空業界で航空機調達や各種運用業務のマネジメントに携わっていましたが、「世の中にないのなら自分で作ろう」と決心し、hey circleを立ち上げました。

ボックスとバッグのデザインも外注ではありません。ドリスは、物流やEコマース、デザインなどの専門家にアドバイスを仰ぎながら、自宅リビングでダンボールを使って自らプロトタイプを製造。これが今のプロダクトにそのままつながっています。

ドリスさんとモリスさん
創業者でCEOのドリスさん(左)とCTOのMorris Kurz モリス・クルツさん(右)。両者はミュンヘン工科大学主催のスタートアップ企業向けネットワーキングプログラムで知り合った。取材当日も、スケジュールの合間を縫って筆者を出迎えてくれた(画像:hey circle提供)

―最後に、「hey circle」という名前に込められた想いを教えてください。

アンドレア:「circle」はもちろんサーキュラーエコノミーを表していますが、変化を起こそうとする人々の大きな「輪/サークル」という意味も込められています。さらに、「hey」はフレンドリーさを象徴すると同時に、強い呼びかけの声でもあります。いま行動を起こさなければ、あなたは、世界を変える一員になるチャンスを逃してしまう。さあ、目を覚まして――それが私たちのメッセージです。

取材協力:hey circle
https://www.heycircle.de/
2024.11.5