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2023年、2024年と記録的な猛暑が続き、私たちの生活やビジネスはこれまで以上に「天気」と密接につながるようになりました。もはや天候は“読みづらいリスク”ではなく、“適切に備えるべき前提条件”となりつつあります。

そんな中、気象データを活用して企業活動の無駄を減らす取り組みが注目を集めています。特に製造・物流・販売といった経済活動における作り過ぎや仕入れ過ぎによるロス削減物流の最適化を図ることは、サーキュラーエコノミーの観点からも大きな意義を持ちます。

今回は、2017年から気象データとAIや統計を活用した商品需要予測サービスを展開し、数百社を支援してきた日本気象協会から、主にデータ解析や気象技術に関わってきた須長さまにお話を伺いました。

日本気象協会 須長さま(提供:日本気象協会さま)

気象データから売れ始めとピーク、そして終売のタイミングを読む

――まずは、貴協会が提供している商品需要予測サービスについて教えてください。

私たちは、気象データと企業が持つ商品出荷量やPOSデータなどを掛け合わせて、商品の「売れ始め」「ピーク」「終売」のタイミングと、それを引き起こす目安気温をエリア別・商品別に可視化するサービスを提供しています。これにより、企業は適切なタイミングで、適正な量を製造・出荷・販売できるようになり、結果として、食品ロスや過剰在庫の削減、販売機会の最大化につながっています。

提供:日本気象協会さま

――どのような業界で導入されていますか?

食品やアパレルなどの製造業のほか、エネルギーや小売り、物流などといった業界などで導入いただいております。珍しいものだと、花火業界へのサポートも行っていますね。業界によって、特徴が異なるのですが、例えば、アパレル業界では、リードタイムが長いため、より長期の予測が求められます。海外生産・輸送を前提とする企業では、天候による物流コストや稼働への影響も含めて、需要予測を行っています。

提供:日本気象協会さま

背景にあったのは経験頼みの限界とロス削減のニーズ

――こういった気象データを活用する取り組みは、どのような背景から生まれたのでしょうか?

これまで、商品の需要予測は担当者の経験に頼る部分が大きく、属人的で改善が難しい構造になっていました。そこに気象データを取り入れることで、より科学的かつ再現性のある予測が可能となります。

とはいえ、これまで民間企業において気象データを販売予測や生産計画、物流手配といった業務に本格的に活用している事例は多くありませんでした。気象の変化に応じて需要を正確に予測できれば、生産量の適正化や物流の効率化、さらにはフードロスなどの削減にもつながると考えていました。

提供:日本気象協会さま

そこで私たちは、これまで培ってきた気象データの解析・活用ノウハウを活かし、こうした課題の解決に向けて企業と連携しながら取り組みをスタートしました。

―― 業界ごとに異なるかと思いますが、気象データがどのように需要に結びつくのか、その仕組みを具体的に教えてください。

たとえばアイスクリーム業界では、気温が1℃変化するだけで、需要予測が約10%変わるというデータがあります。特に猛暑や冷夏など、極端な気象条件下では、売上に1.5倍ほどの差が出ることも。さらに、ある一定の気温を超えると、アイスの中でも「氷菓」など特定のカテゴリーの需要が高まる傾向があるため、商品ごとのきめ細かなアドバイスも可能です。

日本気象協会のみなさま(提供:日本気象協会さま)

アパレル業界では、二十四節気をベースにした気象データを活用し、気温が急に上がりそうな春先にコートのセール時期やセール価格を前倒しにしたり、前もって暑い日が続くと予測される夏はTシャツなどの軽衣料を増産したりと需要に合わせて事前に生産体制を整えています。それにより過剰生産や廃棄を抑え、持続可能なビジネスモデルの構築にもつなげています。

――実際に導入企業からの反響はいかがですか?

多くの企業さまから、ロスや無駄が削減されたとの反響をいただいております。ある企業では、ベテラン社員の勘に頼っていた需要予測を数値化・可視化したことで、社内のノウハウ共有や予測精度の向上が進み、結果的に余剰在庫が明らかに減少しています。

日本気象協会 須長さま(提供:日本気象協会さま)

特に需要の終盤を読み違えると廃棄や欠品につながりますが、予測精度が上がればサプライチェーン全体が無駄なく動きます。これは、資源の有効活用や温室効果ガスの削減といった環境課題にも直結するかと思っています。

2年先の気候を読む長期気象予測でより根拠ある意思決定へ

――2024年には「2年先長期気象予測」もスタートしましたね。

はい。2024年6月から、筑波大学の植田宏昭教授の協力のもと「2年先長期気象予測」の提供を開始しました。これは業界初の試みで、月ごとの気温・日照時間・降水量を数値で予測し、台風の接近数や梅雨明け時期などもカバーします。

提供:日本気象協会さま

これまでは、政府の規制や技術的な背景もあり、半年先までの予測が限界とされていましたが、海洋データなどを活用して精度の高い長期予測を実現しました。企業にとっては、翌年度の事業計画や予算策定において、より現実的かつ根拠のある判断が可能になります。

たとえば、日焼け止めなど気象に強く影響される商品では、2年前からの準備段階で過剰在庫や機会ロスを3割以上削減できるというシミュレーション結果も出ています。

――特に電力業界への影響が多いとか?

そうなんです。電力業界では、気象条件が需給バランスや市場価格に大きく影響します。近年は異常気象の増加や再生可能エネルギーの導入拡大により、長期的な電力需給の予測精度向上が重要な課題となっています。

記録的猛暑に関するデータ(提供:日本気象協会さま ※気象庁の資料をもとに作成)

「2年先長期気象予測」にて、物理学的に予測が可能な気象データをもとに、従来より誤差の少ない電力需給予測を実現するものです。これにより、発電や調達の計画精度が高まり、コスト削減や安定供給、さらには脱炭素の推進にも貢献できます。実際に従来の手法と比べて予測誤差が約25%低減した事例もあり、すでに大手エネルギー企業での導入も進んでいます。

ハーモナビリティな未来を目指して

――今後、どのような業界への展開を想定されていますか?
現在は、食品・アパレル・小売などが中心ですが、今後は農業や保険、医療、さらには"売上のため一定のロスを許容している"業界に需要予測を導入してもらいたいと考えています。

――最後に、目指す姿についてお聞かせください。

私たちは、「自然界との調和(ハーモナビリティ)」をキーワードに、気象データを軸とした持続可能な社会の実現を目指しています。今後も、企業の皆さまの課題に寄り添いながら、誠実かつ多角的な視点で解決策を提案してまいります。

日本気象協会 須長さま(提供:日本気象協会さま)

気象データは、物理学的に未来を予測できる数少ない情報資源の一つです。この特性を最大限に活かし、より効率的でサステナブルな経済活動の支援に取り組んでいきたいと考えています。