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ユニークかつわかりやすい名前の展覧会が東京ミッドタウン「21_21 DESIGN SIGHT」にて、約半年間(2024年9月27日〜2025年2月16日)にわたって開催されました。

世界の循環に向き合う企画展「ゴミうんち展」。これまで「嫌われ者」であり、「見たくないもの」として扱われてきた排泄物や廃棄物を取り上げ、正面から向き合い、デサインという視点で展示を行う展覧会です。来場者数は6万人と、大きな反響を呼んだ展覧会となりました。

展覧会ディレクターを務めたのは佐藤卓氏(グラフィックデザイナー、21_21 DESIGN SIGHT ディレクター・館長)と竹村眞一氏(京都芸術大学教授、NPO法人ELP代表、「触れる地球」SPHERE開発者)。

今回は、世界的に著名なグラフィックデザイナーである佐藤卓氏にインタビューし、展覧会のコンセプトや、デザインの力でどのように循環型社会の実現にアプローチできるのか、環境におけるデザインの可能性などを語っていただきました。「ゴミうんち展」の内容とともにご紹介します。(聞き手:CE.T編集長 熊坂仁美)

エントランスには、世界の循環を表すキーワード 「pooploop」が掲げられた。
会場の吹き抜け空間に止まる、糞でできた鳩は、彫刻家の井原宏蕗による作品。

佐藤 卓 Taku Satoh

グラフィックデザイナー、21_21 DESIGN SIGHT ディレクター・館長。
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、81年同大学院修了。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインをはじめ、ポスターなどのグラフィック、商品や施設のブランディング、企業のCIを中心に活動。NHK Eテレ「デザインあ」「デザインあ neo」総合指導、著書に『塑する思考』(新潮社)、『マークの本』(紀伊國屋書店)、『Just Enough Design』(Chronicle Books)など。毎日デザイン賞、芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章他受賞。

「魅力的なわからなさ」をどうデザインするか

—「ゴミうんち展」大変興味深い展示でした。ご自身のクリエイティブな活動においてこの展覧会はどのような位置づけでしょうか。

(佐藤卓氏、以下略)私の普段の仕事は依頼を受けて対処するものですが、この展覧会は自発的なものです。ミクロとマクロで言えば、普段の仕事はかなりミクロな仕事になります。一方、この展覧会ではマクロな視点で、地球環境や、人類がどういう方向に歩んでいくべきかを考えなければいけません。そこが普段の仕事とは異なる点で、かなり大きな視点での活動になります。

—チラシには「難しいテーマをいかに面白くできるか」とありました。これは私たちが環境問題を発信する際にいつも直面する課題です。詳しくお聞かせください。

まさに展覧会でご覧いただいたものが、一つの答えでもあるわけなんです。環境問題というと、どちらかというとネガティブに捉えがちです。世界の人口も急激に増えていることもあって、このままでは立ちゆかなくなることが、もうみな分かっているからです。しかし、真面目に現状の危機的な状況を伝えても、一般の人たちが日常生活でそれを意識することは少ないでしょう。

そこで、デザインの力を使って、興味を持ってもらえるようにする。デザインというのは目的ではなく、間をつないでいる媒介、という考え方なんです。興味を向けてもらえないものを、どうやったら興味を持ってもらえるかということを考えて、環境問題と多くの人の間をつなぐ。そこでデザイナーも試されています。私は「魅力的なわからなさ」という言い方をします。

—「魅力的なわからなさ」とは?

人が物事に興味を持っている状態というのは、わからないけど魅力的で、もっと知りたいと思う状態です。でも、わかってもらいたいと思うと、どうしてもわかりやすく伝えようとしちゃうんですね。

だけど人が物事に興味を持っている状態というのはどういう状態かというと、「わからないけど魅力的である。もっと知りたい」という状態、面白いと思ってる状態だと思うのです。今回は、環境問題をテーマに、この「魅力的なわからなさ」のまま、それをどうデザインできるかを考え、実験的に皆さんと一緒にやってみたということです。

チームワークで生まれた展示のアイデア

—展示作品の選定にあたって、どのような基準で作品を選んだのでしょうか?

まず、私は選んでいないし、基準というのは全然自分にはないです。私は専門家ではなく、あくまで間をつなぐデザイナーですから。はじめに文化人類学者の竹村眞一さんにお声掛けしました。そして、このテーマに興味があるさまざまな分野のクリエイターに集まっていただき、ディスカッションを重ねて作っていきました。

だから、私が何かビジョンを持っていて、それに合わせて作っていくというやり方では全くありません。もちろん、そういうときもありますが、今回は具体的なビジョンは何もないところからスタートしました。コアなメンバーで話し合い、世の中にどういう情報があるのか、どんなクリエイターが活動しているのかをリサーチし、アイデアを出し合います。それを徐々に広げ、そして絞っていって展示につなげていくというやり方です。

音楽家の蓮沼執太による、音の展示の一つ。スピーカーの上に来場者に渡すシールの剥離紙を置き、その重さによって音質が変わる仕掛け。会期中に紙が増えていくため、実際に音が変わってきたという。 

佐藤作品の「砂時計」が意味するもの

—ご自身の作品では砂時計をテーマにされています。理由は何でしょうか

砂時計は人の手が加わらないと止まってしまいます。これは、地球環境をなんとかしなければいけない、ということを象徴する意味で、ある時突然思いついたんです。そこで、砂時計を作っている専門家に会いに行ったら、廃棄物を燃やした後に残るスラグという素材を細かく砕いた砂があることを知って、それは今回のテーマそのものだなと。そこで、スラグを砂がわりに使ってオリジナルの砂時計を作りました。

砂時計の専門家、ガラスの専門家、金属の専門家、木の専門家など、さまざまな職人の人たちと一緒に制作し、今回の展覧会の参加メンバーの中で、一番最初に形にさせていただきました。物作りのスタートとして、シンボリックな意味を持たせています。

佐藤卓氏の砂時計の作品。砂のかわりにスラグを用い、スタッフの手でひっくり返している。

ーギャラリー1「糞驚異の部屋」はインパクトがありました。

あのスペースは、岡崎智弘さんという本展のアートディレクターの方が中心になって、何人かのクリエイターの方たちが集まって組み立ててくれたんです。我々メンバーもみんなで参加して展示物を探したり集めたりした空間なので、なかなか珍しい空間になったかなと思います。

身近なものから宇宙までを見渡して「ゴミうんち」や循環にまつわるものを展示した「糞驚異の部屋」。 
700種以上の膨大な数の展示作品や資料で構成

—個人的に面白かったのは、「サイネンショー」(不要になった陶器に高熱を加えあたらしい価値を与えるアート)でした。廃棄物にも個性があるのだなと感じました。

物の見方を変えるという点で、とても象徴的な展示かと思います。割れた陶磁器を金継ぎで形を変えないように新しいものに生まれ変わらせる手法はありますが、これは全く違う発想です。廃棄をネガティブに捉えるのではなく、クリエイティブに捉えて、アイデア次第で、新たな使い方がそこで見出される。そこに可能性が潜んでいますね。

高熱を加えて新しい姿で再生したものと、形が崩れてしまったものをひな壇に展示した、松井利夫による作品「サイネンショー」 

デザインの役割が変化している

—最後に、環境問題を伝えることの難しさを感じている方にメッセージをいただけたらうれしいです。

何かを伝える際には必ずデザインが必要です。どう伝えるか、どう接点を作るか。コンテンツの研究をする時には、やはりクリエイターがその中に入っているべきだと私は思います。準備ができてからデザイナーに渡すのでは遅いんです。研究をしている段階、物事が生まれる上流の段階から、興味があるクリエイターにその中に入ってもらうべきです。それが今、求められていることだと思います。

デザインの役割は変わってきています。もう、形や色を与えるだけの仕事ではなくなりました。だから我々デザイナーも、意識を変えていかないといけないと思います。

「ゴミうんち展」から「ラーメンどんぶり展」へ

—3月7日から「ラーメンどんぶり展」を予定されているそうですが、「ゴミうんち展」とつながりはありますか?

一見関係ないように見えますが、実はつながっているんです。「ラーメンどんぶり展」の最後の部分で、焼き物のリサイクル技術を紹介する予定です。焼き物は通常土に戻りませんが、最近では粉状に砕いて、通常の焼き物の土に混ぜて還元していく循環の技術が進んでいます。この技術を紹介することで、今回の「ゴミうんち展」のテーマである循環とつながるものとなりました。

ーラーメンどんぶり展、楽しみです。ありがとうございました。

おわりに

企画展「ゴミうんち展」では、その内容の広さと深さに圧倒されました。私たちにとって「廃棄」そして「循環」が、いかに大きなテーマかを改めて思い知らされます。

このテーマに日々取り組み、情報発信を行う身として、「伝わりにくさ」は常に課題でした。環境問題はエンタメ性が薄く、自分ごとになりにくく、関心がない人がほとんどだからです。その課題感を持ってのぞんだ今回の佐藤卓氏の取材では、何度もうなずき、腹落ちすることばかりでした。特に「わかりやすくしようとしない」「魅力的なわからなさのままにしておく」という言葉には目が開きました。

環境問題に限らず、何かを伝えるためには、どうしたら「伝わる」かを考えなければなりません。「ゴミうんち展」そして佐藤氏のお話を通じて、このテーマが本当に重要であること、そして、今いるところからもうひとつ踏み込んで、デザイン、そしてクリエイティブな視点を持たなければいけないと感じました。

企画展「ゴミうんち展」

会期:2024年9月27日(金)〜2025年2月16日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
休館日:火曜日
開館時間:10:00〜19:00(入場は18:30まで)
入場料:一般1,400 円、大学生800 円、高校生 500 円、中学生以下無料
Webサイト:https://www.2121designsight.jp/program/pooploop/

企画展「ラーメンどんぶり展」

会期:2025年3月7日(金)〜6月15日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
休館日:火曜日(4月29日、5月6日は開館)
開館時間:10:00〜19:00(入場は18:30まで)
入場料:一般1,600 円、大学生800 円、高校生 500 円、中学生以下無料
Webサイト:https://www.2121designsight.jp/program/ramen_bowl/