持続可能なエネルギー「水素」に着目した取り組みが国内外で活発化しています。EU(欧州連合)は2030年までに再生可能エネルギーを活用した「グリーン水素」の生産能力を1,000万トンまで引き上げる目標を掲げ、多くの加盟国が水素生産や輸送のインフラ整備を進めるほか、日本では昨年「水素基本戦略」を6年ぶりに改訂し、水素の導入量を2040年までに年間1,200万トンに拡大する目標を設定しています。
そんな中、「水素リーダー都市プロジェクト」を掲げる福岡市は、生活排水(下水)由来のバイオガスを有効活用した低炭素水素の製造や、九州大学箱崎キャンパス跡地での水素実装、トヨタ自動車との連携によるFC(燃料電池)モビリティの導入など、新たな取り組みを次々と打ち出し、水素利活用の先進自治体のひとつとなっています。編集部では福岡市役所を訪問、同市の水素の取り組みについてお話を伺いました。
2040年度温室効果ガス排出量実質ゼロへのチャレンジ
―福岡市の脱炭素の状況を教えてください。
(環境局 馬場氏)福岡市は脱炭素社会の実現に向け、2040年度温室効果ガス排出量実質ゼロをチャレンジ目標に、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比50%削減することを目標に取り組みを進めており、直近の令和4年度で25%削減しています。
福岡市は、第三次産業が9割を占める産業構造です。大規模な工場が立地していないことから、産業部門からの二酸化炭素排出量が少ない一方で、家庭部門、業務部門、自動車部門の3部門で84%(全国平均48%)を占めるという特徴があります。このことから福岡市では、市民や事業者の皆さんと一緒に、省エネルギー化や再生可能エネルギーの利用、EVやFCVの利用など自動車の脱ガソリン車化を進め、ライフスタイルやビジネススタイルを脱炭素型に転換していくことが大切と考えています。
―2040年というと、国の10年前倒しの意欲的な目標です。福岡市は人口増加都市のひとつですが、人が増えることで排出抑制に影響はないのでしょうか。
福岡市の人口は2040年まで増え続けることを想定しています。人口が増える中で、国よりも高い目標を目指すということは容易ではありませんが、世界や日本が目指すカーボンニュートラルに貢献していくため、積極的に取組みを進めています。
―カーボンニュートラルに向けて、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
まずは市民・事業者に範を示すためにも、市内最大の温室効果ガス排出事業者でもある市役所の率先実行が重要であるため、市有施設における設備の省エネ化や、太陽光発電やバイオマス発電など再生可能エネルギーによる発電、再エネ電気の利用を進めています。市役所業務については、エネルギー起源CO2の排出量を2030年度までに2013年度比70%削減を目標にしていますが、令和6年度は69%の削減となる見込みで、前倒しで目標を達成できそうです。
また、脱炭素社会は市役所だけで実現できるものではなく、市民・事業者の脱炭素型ライフスタイル、ビジネススタイルへの転換が不可欠であることから、SNSをはじめさまざまなツールやアプリ、コンテンツを活用し、解決には一人ひとりの取り組みの積み重ねが重要であることを広報啓発するとともに、太陽光パネルや省エネ設備などに対して補助も行い、市民や事業者の脱炭素の取り組みを後押しています。
新たなイノベーションを積極的に取り込んでいくことも必要で、実証事業をサポートする取り組みも行っています。その他「福岡方式(準好気性埋立方式)」※と呼ばれる、メタン発生の抑制効果がある廃棄物埋立技術の海外展開にも取り組んでおり、この方式はマレーシアをはじめ世界21か国以上に広がっています。
―福岡市の脱炭素政策の中で、水素活用はどのような位置づけなのでしょうか。
「福岡市地球温暖化対策実行計画」(令和4年8月)においては、めざす姿の一つに「エネルギーを創り、賢く使うまち」を掲げ、エネルギーを消費してもCO2を排出しない再生可能エネルギーや水素エネルギーの活用を進めていくこととしています。その取り組みの一つとして「福岡市水素リーダー都市プロジェクト」を推進しています。
※福岡方式:埋立地内を一定の好気性環境を保つことで、廃棄物の好気的な分解を促進し、悪臭や温室効果がCO2の28倍高いメタンガスの発生を抑制する効果が期待できる。
下水バイオガス由来の水素ステーション
―水素リーダー都市プロジェクトについて詳しく教えてください。
(経済観光文化局 清見氏)福岡市水素リーダー都市プロジェクトは、水素のサプライチェーンである「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」の全方位で事業を展開しています。一つ目は下水バイオガス由来の水素ステーションの運営。二つ目はFCモビリティの導入促進。三つ目は「まち」への水素実装です。これらの取り組みを通して水素の需要と供給を同時に高め、市民に身近な都市における水素社会の実現を目指しています。
―では、ひとつずつ教えてください。まず一つ目、下水バイオガス由来の水素ですが、例えばグリーン水素は太陽光や風力が使われるのが一般的ですが、バイオガスでつくるというのはあまり聞いたことがありません。
おっしゃる通り、下水バイオガスから水素を製造し、FCV等に供給する水素ステーションは世界初の試みです。市の下水処理場では下水処理の過程でバイオガスが発生しており、そこから水素をつくれば都市型の地産地消モデルができるということで、福岡市と九州大学、民間事業者との産学官連携で実証実験を行うこととなり、2015年に下水処理場の敷地内に「水素ステーション」を設置しました。2022年8月には水素ステーションの営業日数を拡大するなど商用としてリニューアルオープンし、現在は、市が民間事業者と官民共同で運営しています。
実証実験は2022年3月まで行われ、同年8月に水素ステーションの営業日数を拡大するなど商用としてリニューアルオープンし、現在は、市が民間事業者と官民共同で運営しています。
トヨタとの連携で社会インフラを担う車をFCEV(燃料電池車)に
―次に、FCモビリティの開発と導入について教えてください。
水素需要の創出に向け、福岡市はFCモビリティの導入促進に取り組んでおり、2022年にはトヨタ自動車と連携協定を結び、社会インフラを担う車両のFC化を進めています。給食配送車を昨年7月に1台、今年1月にもう2台導入したほか、今年3月にはごみ収集車を1台導入し、救急車の実証も開始しました。
こうした車両を福岡市や事業者が実際に使用し、よりよい車両の開発に繋げられるよう、トヨタ自動車に現場の声をフィードバックしています。
九大跡地で水素実装
―三つ目、「まち」への水素実装とはどういうことでしょうか。
九州大学箱崎キャンパスが2018年に伊都キャンパスへ移転を完了したことにより、約50ヘクタールの跡地で今後新たなまちづくりが進められます。市中心部の天神や博多駅からも近い場所ですが、福岡市は、そのまちづくりにおいて水素の実装に取り組んでいます。
―具体的にはどのような内容ですか。
まず、水素を供給するパイプラインを整備しています。また、水素を供給する拠点として水素ステーションも新設し、パイプラインを経由して敷地内の公共施設や民間施設で水素を利活用できるよう、検討を進めています。
―いよいよ「水素エネルギーのまち」が誕生するのですね。水素リーダー都市プロジェクト全体として、課題は何でしょうか。
コストが課題です。現在はまだ需要も供給も少ない状態のため、採算が取れにくいということがあります。都市における水素の普及に向けて、需要と供給を両輪で拡大するよう取り組んでいきます。
■福岡市水素リーダー都市プロジェクト
https://www.city.fukuoka.lg.jp/keizai/suiso/business/suisoleader.html