別府の「旧冨士屋旅館」は平成8年、建物の老朽化に伴い創業107年の歴史に幕を下ろしました。明治32年に建てられた木造の旧冨士屋旅館 本館は、現在「冨士屋 一也百(はなやもも)ホール&ギャラリー」として個展やコンサート会場に使われています。
旧冨士屋旅館 本館の隣には、昭和47年に建てられたRC構造(鉄筋コンクリート造)の新館がありましたが、劣化が激しく、建て直しが検討されていました。そんなとき、新館の再建方法として選択肢に挙がったのが「CLTパネル技法」という、間伐材の積層パネルを使ったサステナブルな建築技術でした。
そこで今回は、冨士屋 一也百ホール&ギャラリー オーナーの安波 治子(やすなみ はるこ)さんに、CLTパネル技法でのホテル建築を決めた経緯をお聞きしました。また、温泉などの狭小地に適しているというCLTパネル技法の特徴についてお届けします。
別府に唯一残る明治時代の旅館建築「旧冨士屋旅館」
明治32年に開業した「冨士屋旅館」は、本館10部屋、新館9部屋で営業していました。平成8年に旅館業ののれんを下ろした後は、本館を「冨士屋ギャラリー 一也百(はなやもも)」として活用し、コンサートやイベントを行っています。
しかし、昭和47年築のRC構造の新館は劣化が激しく、使われないままとなっていました。
そのため、旧冨士屋旅館 新館を壊して建て替えることが決まっていましたが、これにはさまざまなハードルがありました。
まず、旧冨士屋旅館の前の道が狭すぎて、大型車両やクレーン車が自由に出入りできません。さらに、新館部分の敷地は100坪ほどしかないため、ホテルの部屋数を増やすにはRC建築で3階建てのホテルを新築するという方向に進んでいました。しかし安波さんは、「歴史ある木造建築の本館の隣にRC建築があることにずっと違和感を感じていた」と言います。
そんなときに出合ったのが、木造建築の本館の雰囲気を損なうことなく、今の立地環境でも建築可能な「CLTパネル技法」でした。
「CLTパネル技法」とは
CLTパネル技法(Cross Laminated Timber)とは、木材を積層して板状にしたパネルを使用する建築技法のことです。板材を直交方向に積層して設置することで強度と耐久性を高めた構造材で、国産の間伐材を使って鉄筋と同じくらいの強度がある「サステナブルな建築技法」として注目されており、主に木造建築やハイブリッド建築で使用されています。
CLTパネル技法の機能性
CLTパネル技法では、CLTパネルに穴を開けたり金具をつけたりという下準備をできる限り工場で行うことで、建設現場での工数を減らし、施工期間の短縮を可能としています。
今回のFujiya HOTELの事例でも、3階建のホテルでCLTパネルを組み立てる期間は、5名の作業員で実質3週間ほどしかありません。鉄輪温泉街のような狭小地で、RC技法で3階建のホテルを建築しようとすると、CLTパネル技法と比べて2.5〜3倍の工期がかかることが一般的です。
しかしこの方法であれば施工期間が短い分、作業員の拘束期間も短くなり、建築費用の削減にもつながります。またCLTパネル技法は、RC技法と同等レベルの強度があるため地震にも強い上に、比重は鉄筋コンクリートの1/5しかありません。
狭小地に適したCLTパネル技法
日本各地には狭い道が入り組んでいる温泉街が多数存在しますが、ここ鉄輪温泉もその一つ。道幅が狭いため、通常の現場のように大型トラックを近づけたり、大きなクレーン車を自由に設置したりすることができないのです。
今回の工事では一部の道路を占有することになるので、できるだけ近いスペースに申請をし、そこにトレーラーをつけて2トン車で少しずつパネルを運ぶという方法がとられました。
CLTパネルを組み上げる際に使うクレーン車も設置するスペースが限られているので、建設予定地にも仮設材を設置して、その上にクレーン車を置いて作業することもありました。
このような方法での施工も可能なため、現在は狭小地の建物の相談が増えているとのことです。
不要になればリユース、木材チップに
国産の間伐材を使うことでCO2排出量の大幅削減に貢献しますが、CLTパネル技法がサステナブルな建築技法といわれる理由はそれだけではありません。
CLTパネル技法で建てられた建築物が不要になった際には、組み立てられているCLTパネルを解体することで、他の場所に移動してリユースすることも可能です。CLTパネル技法では、接着剤で木材を固定せず、ビスや金具で固定するからです。
RC建築物を解体する際には、そのほとんどが廃棄物となります。しかし、CLTパネル技法で建てられた建築物であれば、リユースだけでなく、劣化したCLTパネルを木材チップとして化石燃料の代わりとなるエネルギー源にリサイクルすることもできます。
建築物は何十年と残るものであり、代々受け継がれることも多々あります。サーキュラーエコノミーの観点から、解体するときのことも考えて、よりサステナブルな建築技法を採用したいという方も増えています。
旧冨士屋旅館 新館は、2025年春に「Fujiya HOTEL」としてリニューアルオープン予定とのこと。創業103年の歴史ある木造建築の本館と、サステナブルな最新技術で生まれ変わった新館の両方を楽しめる「Fujiya HOTEL」に、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
取材協力:冨士屋 一也百ホール&ギャラリー
https://www.fujiya-momo.jp/