近年、市場で多く見かけるようになった「オーガニックコットン」。しかし、オーガニックコットンと表記されたその商品が、本当に環境に最大限配慮して作られているかどうかは私たちにはわかりません。
本当の意味で環境に配慮したものづくりをするためには、素材だけでは不十分。染色、製繊、縫製、さらに働く人々の労働環境にも配慮されてこそ、本当のオーガニックと言えるのです。
愛媛県今治市に本社を置く今治タオルメーカー「イケウチオーガニック」は、全商品にオーガニックコットンを使用し、赤ちゃんが口に含んでも安全な国際認証を取得しています。それだけでなく、生産工程で使用する電力はすべて風力発電によるもので、廃水は世界一厳しいとされる瀬戸内海の排水基準をクリアする浄化施設で処理するという徹底ぶり。
この記事では、「風で織るタオル」を生み出すイケウチオーガニックのストイックな取り組みについて紹介しながら、100%オーガニックとは何かについて考えていきたいと思います。
※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。
一人のデンマーク人との出会いが転機に
オーガニックコットンは、近年多くのメーカーが採用するようになりましたが、愛媛県今治市に本社を置く「イケウチオーガニック」は、他社に先駆けオーガニックコットンを20年以上前から使い、環境に最大限配慮したタオル生産を続けています。赤ちゃんが口に含んでも安全な国際認証を取得し、生産過程で使う電力はすべて風力発電によるもの。さらに染色の過程で出る廃水も徹底的に浄化するなど、「最大限の安全と最小限の環境負荷」をコンセプトに生産を行っています。
イケウチオーガニックは、初めからこのようなコンセプトを打ち出していたわけではありませんでした。祖父の代から今治タオル産業に携わり、父親や創業した池内タオルを次いで2代目経営者となった池内計司氏は、89年に日本でエコマーク制度が始まるとすぐにこれを取得し、環境に配慮した製品を展開。しかし、エコマークが付いていたとしても環境に良いと言い切れるものではない商品を作り続けることに違和感を感じ、エコマーク商品の撤退を決めてしまいます。
池内氏はその後、デンマークの繊維メーカー「ノボテックス」の社長であるライフ・ノルガード氏と出会い、それをきっかけに環境対策に本腰を入れて取り組むことになります。ノボテックスは繊維業界が環境に与える悪影響にいち早く気づき、厳しい基準で認証されたオーガニックコットン製品を作る企業。
96年、ノルガード氏が日本で講演を行った際、「高度な排水処理施設を持たない日本ではグリーンコットン(ノボテックス社が展開するオーガニックコットンブランドの名称)は作れない」と話したそう。ですが、実は今治にはすでにそれがあったのです。
品質にこだわった日本製タオルを作るにはまず排水から
徹底的に品質にこだわった日本産タオルの生産に注力していた池内氏は、今治市のタオル関連企業7社で協同組合を作り、92年に浄化施設を備えた染色工場を完成させていました。
瀬戸内海には、瀬戸内海環境保全特別措置法により、世界で最も厳しいとされる排水規制が敷かれています。これをクリアしないと、排水処理設備を作ることができないのです。
池内氏らが完成させた施設は、染色の過程で出た廃水をバクテリアによって長時間かけて処理する仕組み。ここで処理された廃水は「川の水より透き通っている」とニュース番組で取り上げられたほどです。
ノルガード氏は来日した際この施設を視察し、称賛すると同時に、「これほど素晴らしい施設があるにも関わらず、経営者がここまで環境に関して無知だとは!」と嘆いたのだとか。ノルガード氏から、企業が環境対策に取り組む意義について教示を受けた池内氏は、改めて「もう一度最初からやり直そう」と決意を固めます。
日本のタオル産業で初めてISO認証を取得
池内氏はノルガード氏の助言に従い、98年に企業の環境対策に関する国際規格であるISO認証を日本のタオル産業で初めて取得。オーガニックコットン100%のタオル「オーガニック120」の製造・販売を開始し、2000年には製品の品質保証に関するISO認証も取得しました。
素材だけオーガニックでもそれは本当のオーガニックとは言えない。池内氏が目指すのは、原料から使い手に届くまで100%オーガニックな関係で成り立っているタオルです。
素材へのこだわり
イケウチオーガニックで製造するすべてのタオルは、畑から紡績工程までを審査対象とする厳しいEU基準に基づいてスイスの認証機関bio.inspecta(バイオインスペクタ)から審査を受けオーガニック認証を取得した、農薬や枯葉剤を使用しない有機栽培の綿から作られています。さらに、それらをプレミアム価格を付けて買い取ることで、生産者の生活向上にも力を入れています。
手摘みで収穫されたオーガニックコットンから糸を紡ぐ紡績工場にも厳しい基準を設けており、コットンの原糸を加工しやすくするための糊付け過程でも合成糊剤は使用せず、でんぷんを使用して環境負荷を徹底的に減らします。
人と自然環境に配慮した染色方法
イケウチオーガニックでは、赤ちゃんが口に入れても安全で、かつ洗濯しても色落ちのしないタオルをつくるために、染色には重金属を含まない反応染料を使用しています。愛媛県西条市に位置する染色工場で最後の染色整理を行い、洗浄には石鎚山系のバージンウォーター(地下水)を使用。タオルに残った染料はものによっては5時間以上かけて丹念に洗い落とされ、その廃水は世界一厳しいとされる瀬戸内海の排水基準をクリアする浄化施設で、バクテリアを使って長時間かけて処理しています。
ビジネスの種にしているからこそ出来る限り環境負荷を減らしたい
「オーガニックを本当に体現しているのが、生産農家とそれを選ぶエンドユーザー。その間に入っているメーカーは、次から次へと製品を作っている時点で完全に環境に優しいとは言えない。オーガニックをビジネスの種にしているだけ。」
だからこそ、業務範囲で出来る限り環境負荷を減らしたい。
これが、池内氏のオーガニックに対する姿勢です。
電力のグリーン化はそうした取り組みの一つで、工場やオフィス、直営3店舗で使う電力を100%風力発電でまかなっています。いつしかイケウチオーガニックの製品は「風で織るタオル」と呼ばれ、その姿勢に共感するファンを増やし続けています。
誰にも真似できないコンセプトを作る
イケウチオーガニックの看板商品は、20年以上前に発売された「オーガニック120」。この商品は、「デザインしない」ことから生まれました。
かつて、海外デザイナーズブランドのライセンスものばかりが売れた時代、いくら新しいデザインを出しても同じものが海外から出てくる事態が続きました。そこで池内氏は、デザインすることをやめる決意をします。
「デザインは真似できてもコンセプトは真似できない」
生産から製造までトレーサビリティを徹底し、最大限環境に配慮して作られた「オーガニック120」は、現在でも同社を象徴する商品であり続けています。
ストイックな姿勢がユーザーの心を動かす
イケウチオーガニックでは、ユーザーの声に耳を傾けることに重きを置いています。その手段の一つが、工場見学や職人と触れ合いができる定期的なファンミーティングの開催。
オーガニックの世界は多様化していますが、イケウチオーガニックが変態と言われるほどストイックでいられるのは、それを支えるファンの存在も大きいと言えるでしょう。
今はユーザーの環境に対する意識や知識が高くなっており、口先だけのエコはすぐに見破られてしまうといいます。ユーザーと積極的に情報を共有し合い、より良い製品を届けること。それを追求し続けることがサステナビリティにも繫がるというわけです。
2022年3月からは、愛用の同社製タオルを預かり風合いを復活させる「メンテナンスサービス」も開始。
これからの目標は、「最大限の安全と最小限の環境負荷」というコンセプトは決して変えずに精度を上げることと、2073年までに赤ちゃんが食べられるタオルを作ることだそうで、これからこの目標にどのようにアプローチしていくかにも注目が集まりそうです。
環境への配慮が当たり前になる世界へ
企業活動は必ず環境に負荷を与えます。たとえ商品の中にオーガニックな成分が含まれていたとしても、製造過程で環境を汚染していたら意味がありません。
つまり、オーガニックコットンを使用している商品がすべて環境に優しいとは限らないということです。
商品がオーガニックであることが目標ではなく、「最大限の安全と最小限の環境負荷」という目標を達成するための手段の一つとして認識し、環境への配慮を最優先にするイケウチオーガニックの姿勢は、ものを作り出す企業の本来あるべき姿なのかもしれません。
選ぶ責任がある私たちができることは、それがどんな商品なのかを知ることだけでなく、目の前にある商品がどのような会社で作られているのかを知ることです。一人ひとりが本当のオーガニックとは何か、本当の価値とは何かを少しでも考えるようになれば、未来への希望が開けるのではないでしょうか。