従来は廃棄が当たり前だった「使用済み紙おむつ」をリサイクルして資源化する革新的な企業が福岡県にあります。循環型社会形成推進功労者 環境大臣賞など数々の受賞歴を持つトータルケア・システム株式会社(以下トータルケア・システム社)です。同社は20年前から使用済み紙おむつのリサイクルに取り組み、現在では紙おむつリサイクル関連の特許を数多く所有しています。
難しいと言われていた紙おむつリサイクル。その実現ににはどんな技術や工夫があったのでしょうか。福岡県博多区のトータルケア・システム社を訪問、代表取締役の長武志氏、常務取締役の坂口弘典氏にお話を伺いました。
紙おむつのリサイクルパルプを建材に
—紙おむつがリサイクルできるということを知らない方も多いと思います。どのように再利用されているのでしょうか。
紙おむつには「紙パルプ」「SAP(高吸水性樹脂)」「プラスチック」の3つの素材が使われています。リサイクル処理によって回収した紙パルプについては、当社では外壁材や内装材として活用されるための建築資材の原料として供給しています。当社のリサイクル工場に搬入される年間約5,000トンの使用済み紙おむつのうち、実際に再資源化できるのはその3割ほどですが、その半分に当たる約700トンを紙パルプとして再資源化できています。
—紙おむつが壁になるというのも驚きですが、そもそも壁に紙パルプが使われていることも初めて知りました。
建築業界では、健康被害の原因となり使用が禁止されているアスベストに代わる建材として、パルプを使用するようになりました。パルプには針葉樹由来と広葉樹由来がありますが、おむつに使われているのは、建築資材で使用される針葉樹パルプなのです。
針葉樹パルプは現状、海外からの輸入に頼っているため、為替の影響を受けやすい資材です。しかし、国内でリサイクルした紙おむつ由来の針葉樹パルプは安定した価格で提供できるため、建材メーカーのお客様から喜んでいただいています。また、昨今のSDGsの流れもあり、ますます再生紙パルプに対するニーズは高まるものと考えます。
—SAPやプラスチックについてはどのように再利用していますか。
SAPとプラスチックに関しては、サーマルリサイクルの原料となる固形燃料として活用されています。しかし、今後はプラスチックは回収ボックスの素材に戻したり、SAPは吸収性能を復元させて災害用の簡易トイレの素材にしたりと、マテリアルリサイクルの実現に向けた研究も進めています。
「紙おむつも洗えばいいのでは?」がきっかけ
—このリサイクル事業にかなり早い時期から取り組まれています。きっかけは何だったのでしょうか。
もともと私は、病院で使用される寝具類のクリーニング業務を行っていました。今のように紙おむつが普及する前は、布おむつが主流でした。布おむつから紙おむつに切り替わっていき、ごみとして出るおむつは焼却処分されるようになりました。
当時はダイオキシン問題が騒がれていた時代で、水分を多く含む使用済み紙おむつの処分に関しても問題視されていました。そこで焼却処分に変わる処分方法を考えたとき、紙おむつも布おむつのように洗えばいいのでは? と思いついたことがこの事業のきっかけです。
—紙おむつを洗うには、どんな技術が必要なのでしょうか。
実際に紙おむつをバケツに入れて洗ってみました。「SAPは塩分が混ざると吸収性能が劣化する」というメーカーからの話を参考にして、SAPからの脱水方法を編み出しました。これはいけると確信したので、母校である福岡大学に共同研究の相談をし、1997年、現在の当社の基盤技術となっている「水溶化処理」を考案しました。
使用済みおむつを洗浄した後の汚水処理の研究も行い、実証実験のためのプラントを造り、事業としてスタートしました。そのとき研究に関わってくれていた学生が、今では当社の工場長をしています。
自治体との協力体制
—事業化を進める上で苦労されたことはありますか。
現在は2つの自治体のほか、福岡、佐賀、熊本などの保育園、病院・介護施設を中心に250ヵ所から回収したおむつが弊社のリサイクル工場に搬入されていますが、この回収スキームができるまでには大きなハードルがありました。
自治体や病院、介護施設などに協力していただかなければならず、そこに時間がかかりました。特に自治体では、これまで燃えるごみとして捨てていたものを、分別してもらえるように住民の皆さんに協力してもらう必要があること、そしておむつを個別に回収するスケジュールを一般ごみとは別に組まなければいけません。
—最初に協力体制を作った自治体について教えてください。
最初に連携させていただいたのは、福岡県三潴郡大木町です。大木町はゼロエミッションを掲げ、町ぐるみで環境問題に取り組んでいました。そうした中、当時の大木町長自ら、当社大牟田工場に来場され、一緒に取り組むこととなりました。
大木町では窓口となる廃棄物の部署(環境課)だけではなく、福祉関係の部署とも連携できたことが、全国初の自治体としてこの紙おむつリサイクル事業の成功につながっています。
—なぜ福祉関係部署との連携が必要なのでしょうか。
自治体として紙おむつリサイクルを推進するために、まず、紙おむつの専用袋を作ることになります。その袋を一般ごみと同様に家の前に置いて、それを回収するという方式(軒先回収方式)を採用した場合、ご家族のプライバシーに関わる問題になってしまいます。
そのため、拠点回収方式を採用して、専用の回収ボックスを町内約60ヵ所に設置しました。住民はボックスに24時間投入が可能ですので、プライバシーの問題にも配慮ができ、使用済みおむつを家に長時間置いておく必要もなくなります。
一方で、回収拠点まで持って行けない方もいますので、ご希望の家庭にはシルバー人材センターの担当者が回収に伺うことも実現しました。その際、スタッフが男女のペアで回収に行き、男性スタッフがおむつの回収作業をしている間に、女性スタッフがご家庭の方々とコミュニケーションを取るといった役割を担うことで、おむつ回収が地域の見守りの役割も担うこととなりました。
—きめ細やかな対応が必要になるのですね。施設での回収では何か課題はありますか。
高齢者施設などでは、排泄ケアの際、ゴム手袋が使われます。作業の流れでそのまま紙おむつと一緒に出されるケースがあります。ポリ塩化ビニル製のゴム手袋には塩素が含まれているため、おむつの再資源化の妨げになることがあります。
分別の協力をお願いしておりますが、医療介護の現場において業務の妨げになるような場合には、手袋の素材をポリエチレン素材の製品に変えていただくようお願いするなどしています。紙おむつリサイクルの普及に向けては、製品メーカー、素材メーカーの協力も必要と考えます。
—今後はどのような展開をされるのでしょうか。
紙おむつは「ごみ」ではなく「資源」という認識を広めていく努力を続けていく必要があります。一般家庭においては、おむつは分別しやすい資源の一つです。また、環境省が2020年に『使用済み紙おむつの再生利用等に関するガイドライン』を公表しています。それにより、多くの自治体が取り組み姿勢を示しています。普及に向けてさまざまな自治体・事業者が具体的な検討を進めていくものと考えます。
そうした中、国内で初めて事業化に成功し、20年間事業を継続し、さまざまな課題に取り組んできたものとして、資源循環型社会・脱炭素社会へとつなげることができるこの紙おむつリサイクルが当たり前の社会となるように、今後もしっかりと取り組んでまいりたいと考えています。
—ありがとうございました。
■トータルケア・システム株式会社
http://www.totalcare-system.co.jp/