国連人口部が2022年7月に発表した「世界人口推計2022年版」によれば、2021年の世界人口は78億7500万人に上り、2022年11月、推計通り80億人に達しました。(世界人口が80億人に達する中、すべての人のための持続可能な開発を進めるため国連が連帯を呼びかけ(2022年11月15日付 国連経済社会局プレスリリース・日本語訳) | 国連広報センター (unic.or.jp))1950年に比べると約3倍。15年後の2037年には90億人、2058年には100億人に達する見通しです。
食糧や水、エネルギーなどに限りがあるなか、地球はこの人口増加に耐えることができるのでしょうか? それに対応するように、地球環境に配慮して持続可能な食糧生産を実現させるさまざまな技術研究が、近年進んでいます。5つをピックアップして、具体的に紹介していきましょう。
※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。
未利用のバイオ資源で農地を改良
日本では古来、炭が田畑の土壌改良剤として利用されてきました。たとえば、1697年(元禄10年)発刊の農書「農業全書」には、炭や灰を土に混ぜ込む手法が記載されています。
現代ではどうなっているかと言うと、植物などの生物資源(バイオマス)を低酸素状態で熱して炭化させた「バイオ炭」が注目を集めています。
バイオ炭には木炭や竹炭などが該当し、「燃焼しない水準に管理された酸素濃度下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」と定義されます。
バイオ炭の原料となる木材や竹等に含まれる炭素は、そのままにしておくと微生物の活動などにより分解され、二酸化炭素として大気中に放出されてしまいます。ところが、木材等を炭化しバイオ炭として土壌に施用することで、炭素を土壌に閉じ込め、大気中への放出を減らすことが可能になります。
特別な炉は必要なく、草木を土中で蒸し焼きにするなど低コストでつくれる点が大きなメリットです。
バイオ炭に欧米で関心が高まったのは、2000年代、アマゾン奥地の黒く肥沃な土「テラ・プレータ」(アマゾンの伝統農業 テラ・プラタ - アグロエコロジー・ブログ (typepad.jp))に生物由来の炭が多く含まれていることがわかったことがきっかけでした。炭は微小な穴が多く、栄養の少ない土に水や肥料を蓄える作用があるのです。
バイオ炭は作物の収量を増やすだけではありません。二酸化炭素を吸収した植物をバイオ炭に加工して土に埋めれば、温室効果ガスの実質的な排出量の削減につながり、不要な木材などの有効活用にもなります。
農地へのバイオ炭施用は、2019年度より国際的な排出・吸収量報告(温室効果ガスインベントリ報告)(温室効果ガスインベントリの概要 | 温室効果ガス排出・吸収量等の算定と報告 | 環境省 (env.go.jp))において「温室効果ガスを吸収する取り組み」の1項目として認められ、2020年9月には、政府が認証して排出削減量を売買できるJ-クレジット制度の対象にもなりました。(農地に撒く土壌改良材の炭がCO2削減の炭素クレジットに認められます! | 日本バイオ炭普及会 (biochar.jp))
まさに、今こそバイオ炭ブームの到来ともいえそうです。
実際に京都府亀岡市では、炭素隔離農法を確立・運用して「カーボンマイナスプロジェクト事業」を展開しています。(動向調査.indd (soumu.go.jp))放置された竹林や稲わらを炭にして野菜を栽培し、付加価値をつけたエコブランド「クールベジタブル」として販売されています。
品種改良して魚を養殖
高級魚のクエ漁が盛んな和歌山県みなべ町の魚市場の一角に、ずらりと並んだ水槽があります。養殖しているのは、脂がのってうまみもある「クエタマ」です。
クエは2キロの成魚に育つまで4~6年以上かかります。クロマグロの養殖で知られる近畿大水産研究所が2011年、クエの卵と、同じハタ科で200キロ以上に育つタマカイを人工授精させて、交雑種を開発。「クエタマ」と名付けました。(高級魚「クエ」と「タマカイ」の良さを併せ持つハイブリッド 「クエタマ」を直営店にて数量限定で初提供 | NEWS RELEASE | 近畿大学 (kindai.ac.jp))
みなべ町漁業生産組合が2年余で2キロ級に成長させ、「鍋にするとクエよりもおいしい」と、同組合は胸を張ります。まだコスト面での課題はありますが、20度以上の水温で魚の食欲が増すこともわかり、さらなる養殖期間の短縮を目指しています。
生命の設計図であるゲノム(全遺伝情報)の特定の箇所を狙って切り取り、養殖魚を品種改良するゲノム編集技術も普及してきました。近年、肉厚なマダイなどの新食品も誕生しています。
九州大学では、「おとなしいマサバ」の開発が始まっています。マサバは、稚魚の間に共食いし、10センチ程度に育つまでに1割しか残りません。そこで、魚の攻撃性に関係する遺伝子を壊し、共食いが少ない品種改良を目指しています。すでに1時間当たりの攻撃回数を半減させたそうです。(国内のゲノム編集研究開発事例を紹介します (maff.go.jp))
魚種が多様な日本で品種改良が進めば、新たな輸出品として海外で人気が出る可能性もあり、さらなる研究開発が楽しみです。
野菜と魚を同時に育てる~循環農法「アクアポニックス」
魚と野菜を同時に育てる循環型農業「アクアポニックス」が、岩手県大船渡市で始まっています。
メタウォーター株式会社(東京都千代田区)が出資参画し、岩手県大船渡市で地域の下水処理を担う大船渡浄化センターの隣接地で事業展開する「テツゲン・メタウォーター・アクアアグリ」は、魚と植物を同時に育てる循環型農業「アクアポニックス」を実践しています。(岩手県大船渡市で魚と植物を同時に育てる循環型農業「アクアポニックス」事業を開始 | ニュース | メタウォーター株式会社 (metawater.co.jp))
アクアポニックスは、養殖する魚の排泄物を肥料にして植物を育てる新しい農業の手法です。「水で行う有機栽培」ともいわれ、農薬や化学肥料が不要で栽培期間は半分、水を循環させるので廃水はゼロ。蒸発した分の水を足すだけなので水資源の使用量も少なくて済みます。
こうして環境負荷を最小限に留めて養殖と農業を同時に行うもので、SDGsの理念にも通じる次世代の環境保全型農業モデルといえましょう。
2022年9月、「アクアポニックスパークおおふなと」という施設が完成しました。約2000平方メートルの敷地に、チョウザメ(オスは魚肉、メスは高級食材のキャビアを採取)を最大2000匹飼育できる円形水槽が設けられました。その奥には明るい空間が広がり、葉物野菜が1日1500株収穫できる水耕栽培設備が併設されています。
魚の糞のアンモニアを微生物が分解して硝酸をつくり、野菜が硝酸を吸収して水を浄化し、水槽と水耕栽培設備の間を水が循環する仕組みです。
野菜はリーフレタスのほか5種を栽培。苗から1か月で成長し、月4万株の出荷が可能で、天候不順の影響を受けずに安定的な出荷ができるのも強みです。10月から早速野菜の出荷が始まっています。
環境負荷を抑えながら地域経済に貢献し、下水処理場の土地の有効活用にもなり、若い層にも取り組みやすそうなプロジェクトです。
全国には未利用地を抱える下水処理場が少なくないと言われています。
課題を解決し、新たな価値を生み出す次世代型農法「アクアポニックス」は、被災地・大船渡から日本各地へと広まる予感がします。
牛のゲップを調整してメタン削減
二酸化炭素に比べて温室効果が25倍も高い「メタン」の削減に向けて、農林水産省は近年畜産現場での対策を強化しています。
牛がエサを消化するときに出るメタンを減らすため、特別な飼料の使用を促し、品種改良による「低メタン牛」の育成も進めています。
牛を悪者にするわけではありませんが、肉や乳を生む牛は、地球温暖化の一因になっています。というのも、温室効果ガスのメタン排出量の約3割は農業由来で、牛のゲップが主な排出源なのです。
農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などによると、牛は4つある胃のうち、第1胃(ミノ)でエサを消化する過程でメタンを出します。そこには7000種類以上の微生物が棲み、その1-2%がメタンを生成するといわれ、乳牛1頭で1日平均500リットル前後に上ります。
メタンは二酸化炭素に比べ温室効果が25倍も高い(1-02 温室効果ガスの特徴 | JCCCA 全国地球温暖化防止活動推進センター)とされ、19世紀後半以降、1.1度の地球の平均気温上昇のうち、0.5度程度はメタン濃度が上昇した影響と考えられます。
メタンの削減は国際的にも喫緊の課題です。国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、日本を含む100か国超が、「2030年までにメタン排出量30%削減(20年比)」で合意しました。(【COP26】 メタン排出を2030年までに30%削減、100カ国超が賛同 - BBCニュース)
農水省の畜産統計によると、2022年2月現在、国内では乳牛137万頭、肉牛261万頭の約400万頭が飼育されており、その数は3年前に比べて約12万頭増。(畜産統計(令和4年2月1日現在):農林水産省 (maff.go.jp))
同省は温室効果ガス削減に取り組む畜産農家を支援するために約70億円の予算を計上。この中で脂肪酸カルシウムを使う酪農家に牛1頭あたり2000円支給し、メタン対策を進めています。農水省の支援策を機に、メタン対策に関心を持つ酪農家は増えているようです。(環境負荷軽減型持続的生産支援事業(エコ畜事業):農林水産省 (maff.go.jp))
乳牛100頭余を飼う茨城県のある畜産農家では、牧草やトウモロコシとともに、パーム油由来の「脂肪酸カルシウム」を牛たちに食べさせています。本来は乳量や乳脂肪率を高める成分なのですが、牛のゲップ中のメタンを最大14%減らす効果があったそうです。
一方、農研機構や北海道大学のグループでも、牛が排出するメタンを減らす研究が進められています。脂肪酸カルシウムのほか、カシューナッツ殻、ギンナン果肉、ユーグレナ(ミドリムシ)などにもメタン削減効果が確認されています。((研究成果) 乳用牛の胃から、メタン産生抑制効果が期待される新規の細菌種を発見 | プレスリリース・広報 (naro.go.jp))
また、メタンを減らすプロピオン酸の生成菌を増やすために、胃内環境の解明も進んでいます。メタンが減る分のエネルギーは肉や乳の増量になりますから、牛の健康を守るのとあわせて一石二鳥。将来は小型装置を牛に飲ませて胃のデータを測定し、メタン生成を抑える自動の餌やりシステムを目指しています。
和牛ブランドの輸出を強化するうえでも、「地球環境に配慮して育てた牛」は付加価値があり、畜産振興の観点からも今後重要になりそうです。
なお、メタンの排出量は、個体により差があり、特性は遺伝するとみられることから、「低メタン牛」の育種についても、海外事例の収集や他国との共同研究が積極的に進められています。
ロシアによるウクライナ侵略の影響で、酪農の現場ではエサや燃料価格が高騰し、経営には強い逆風が吹いています。生産者だけに環境保全のコストが集中しないように、支援の拡充とともに、消費者側にも負担への理解を促す施策が求められています。
細胞から肉をつくる「培養肉」
家畜に頼らずに肉をつくる研究も年々進化しています。細胞を人工的に増やした「培養肉」のことです。
培養肉は、家畜から取り出した少量の細胞を増やしてつくります。
牛の場合、生育から精肉まで数年かかりますが、培養肉なら10グラムの肉を1キロに増やすまでにわずか数週間程度。食糧問題の解決や、家畜の増加に伴う環境負荷を減らすことも期待されています。(温暖化対策に朗報か 注目されるメタン排出少ないウシ|NIKKEI STYLE)
従来の培養肉はミンチ肉に近い状態でしたが、大阪大学では、3Dプリンターなどで脂肪のサシ入り肉を再現することに成功しました。(3Dプリントで和牛の“サシ”まで再現可能に! - リソウ (osaka-u.ac.jp))
ゼラチン主成分のゲルに、牛の細胞を含む培養液をプリンターで注入。筋肉や脂肪、血管を長さ約1.5センチ、直径0.5~0.76ミリの線維組織ファイバーを培養し、金太郎あめのように72本束ねて酵素でつなぎ、筋肉と脂肪がまじった「サシ」まで再現した培養肉が誕生しています。
ただ、繊維を金太郎あめのように束ねる工程は、現状手作業に頼っているので、制度上第三者に提供して実際に食べてもらうことができないなどの課題が残されていました。
そこで阪大は、細胞培養などの技術をもつ精密機器大手の島津製作所と、食品開発のノウハウを持つコンサルティング会社・シグマクシスと連携して、実用化を急ぐことにしました。2022年3月、3者は「培養肉を自動生産する3Dバイオプリント技術」の共同研究契約を締結しました。
2025年の大阪万博会場で来場者に培養肉を実食してもらえることを目指し、提供の可否や生産規模などについて大阪府と協議を進めているといいます。(霜降りステーキのような培養肉を3Dバイオプリントで、産学共同で2025年に実現へ:3Dプリンタニュース - MONOist (itmedia.co.jp))
筋・脂肪・血管細胞などの培養プロセスを自動化できれば、どこでも培養肉の作製が可能となり、SDGsへの大きな貢献ができるとされています。
この研究は、人工臓器の製作など、医療への応用にもつながる技術とみられています。培養肉の枠を超えて、再生医療への活用なども期待したいところです。