記事を読む

6月12日に開催された「サーキュラーBASE美女木」オープニングイベントにおいて、「サーキュラー建築」をテーマに特別ゲストをお招きして行われたトークセッションの詳細をお届けします。

サーキュラー建築の海外事例/安居昭博氏

第一部『グローバル視点でみたサーキュラー建築〜求められるものと日本の現在地』

登壇者:サーキュラーエコノミー研究家 / 安居 昭博 氏
株式会社竹中工務店 大阪本店 設計部 チーフアーキテクト / 山崎 篤史 氏

「サーキュラーエコノミー実践(学芸出版社)」著者の安居昭博氏。ドイツ、オランダに5年間在住しサーキュラーエコノミーのリサーチ活動を行うとともに現在は拠点を京都へ移し、国内外で100以上の企業、自治体を対象にサーキュラーエコノミー実践研修を実施。京都市の食品副産物を活用するお菓子屋「八方良菓子」を創業するなどサーキュラーエコノミー研究の第一人者。

Googleトレンドのリサーチによる「サーキュラーエコノミー」キーワード検索は、世界・日本ともに増加し、関心の度合いが高まっています。
安居氏がこの日着ていたのは、草木染など自然由来の素材や製法で作っている「MITTAN」という日本のアパレルブランドのシャツ。その特長は、どんなに着古したとしてもMITTANに返却すると必ず購入時の20%の価格で買い取ってくれるという点です。自社で修理やパートナー企業との連携による染め直しなど、ビジネスモデル全体の構築を行っていることで、従来のリサイクル・アップサイクルとは違うサーキュラーエコノミー型のビジネスモデルが含まれています。

そして、廃棄を出さないサーキュラー建築の海外事例について、イギリスのエレン・マッカーサー財団が出している「Circular Buildings Toolkit」を元に解説いただきました。

1.必要な建物だけを新築する(将来的ニーズに合わせ既存建物を改修利用)
2.CO²排出量が低く再生可能な適切な建材で建てる
3.効率的に建て、サプライチェーン全体の廃棄を減らす
4.長期的価値に向けて建てる

躯体のおよそ68%を活用したリノベーションにより1万2,000トンのCO²削減と1.3億ドルのコスト削減したQuay Quarter Tower(オーストラリア・シドニー)の例などを紹介いただきました。

安居氏は、このようなサーキュラー建築の実現には、これまでにない異分野の結びつきや企業連携、デジタルテクノロジーの活用が鍵であり、優先順位を付け効果的なものから取り組んでいくことが重要と語ります。

優先度合いを考える指標として「バタフライダイヤグラム」についても言及。ヒトや技術、自然、産業、あらゆるものの循環を「技術的サイクル」と「生物的サイクル」の両面から表現した「バタフライダイヤグラム」は、どの産業においてもサーキュラーエコノミー実践の指標に。

また、サーキュラーエコノミーの3原則とも言われる「リジェネラティブ(環境再生型)建築」の事例として、次に登壇いただく竹中工務店山崎氏によるプロジェクト「Seeds Paper Pavilion」に注目されていることもお話いただきました。太陽の熱や光、風といった自然のエネルギーを最大限活かして設計するパッシブデザインとして、デンマークで活躍するエンジニア蒔田智則氏の事例もご紹介。

ますます加速するAIの時代、データーセンターで発生する膨大な「熱」を温室で農作物を育てるエネルギーに変えた事例など、サーキュラーエコノミーを点ではなく面で捉えることの重要性にも触れられました。

森に還るSeeds Paper Pavilion/山﨑篤史氏

続いて、大阪万博2025でサーキュラー建築の実現に取り組む竹中工務店の山﨑篤史氏からは、分解可能な建築、森に還るパビリオンとして注目を集めるSeeds Paper Pavilion構想の誕生秘話も。

2007年竹中工務店入社、 現在同社大阪本店設計部チーフアーキテクト、一級建築士。分解可能な建築 “Seeds Paper Pavilion”の実現に取り組む山﨑 篤史氏。

自然が好きでキャンプが趣味という山崎氏。あるとき、2008年に開催された北京オリンピックの競技会場が数年後には荒れ果てた廃墟のようになっていたという報道を見て、衝撃を受けたと言います。そしてコロナ禍に琵琶湖の湖畔でリモートワークをしているときに、万博パビリオンについて開催後に潰して大量のゴミが出る建築ではなく、パビリオンの跡に森が生まれるようなものを作れないかと考えたそうです。

分解可能な建築、森に還るパビリオンとして注目を集める「Seeds Paper Pavilion」は、植物由来の樹脂を3Dプリンターで成形し、仕上材には全国の子どもたちに草木の種を紙にすきこんでもらい、構造体に貼り付けて完成させます。誕生したパビリオンには植物が芽吹き、建物としての使命を終えると年月を経て分解され、土に還り、やがて森になります。つくる、つかう、森に還る。廃棄が存在しないサーキュラーなパビリオンのかたちです。

「Seeds Paper Pavilion」未来都市の種となる建築(竹中工務店公式チャンネルより)
https://www.youtube.com/watch?v=wLR1MDVhxsg

続いてご紹介いただいたのは「大阪避雷針工業神戸営業所」の大規模リノベーションの事例です。

メンテナンスに困り、建て替え依頼を受けた大阪避雷針工業の神戸事務所では、阪神大震災を無傷で耐えた建物をたった35年で捨てる違和感を持ったそうです。「土地や風土に合った、よい器としての建物を次世代に残したい」というオーナーの思いを汲み、「つなぐ減築・ひらく増築」をテーマに建て替えではなくリノベーションを提案。壊していたら大量のゴミが出てしまうところ、結果的に新築するよりCO²を7割削減できたといいます。

これからは基本的に壊さないということが前提であり、自分たちで修理できる・触れることができる小さな循環サイクルの重要性、そして時間を味方に付け、古いものがカッコいいという文化が育つことが次世代に残せる建築になっていくなど、示唆に富んだお話をいただきました。

分解可能な設計/石村大輔氏・根市拓氏

第二部『サーキュラー・リノベーションへの挑戦〜当事者たちが語るホンネとタテマエ』

登壇者:
Ishimura+Neishi 石村 大輔 氏・根市 拓 氏(設計者)
株式会社QUMA 代表取締役 村田 絋一 氏(施工会社)
サーキュラーエコノミー研究家 安居 昭博 氏
株式会社竹中工務店 大阪本店 設計部 チーフアーキテクト 山崎 篤史 氏
モデレーター:新井紙材株式会社 代表取締役 新井 遼一

サーキュラーBASE美女木の設計を担当したIshimura+Neishiの石村 大輔 氏(右)

リノベーションの設計を担当していただいたIshimura+Neishiの石村氏と根市氏。活動拠点の足立区には職人が多く住んでおり、デザインのインスピレーションにも良い影響があると言います。本来動かないはずの建物においても両氏は「分解可能」に設計しているからこそ、マテリアルも動かすことができ、マテリアルと人とプロジェクトによって関係性が増えていくという面白さを、さまざまな事例を通してご紹介いただきました。

アーティストの作品で使用された素材が別の現場の資材として再生されたり、分解可能な設計はさまざまな広がりをもたらします。
「サーキュラーBASE美女木」は今、シングルガラスになっていますが日本では「すだれ」をかけるなど建物の衣替えができます。性能を上げるだけでなく建物の表情を変えていくのも面白いのではと話されました。

今回のリノベーションでさまざまなリサーチをして特に難しかったのは「断熱材」で、セルロースファイバーに出合い古紙由来で再生できるだけでなく取り外して他の建物に転用できることも採用の大きな理由に。
壁面に使用した無塗装の杉材は汚れたらヤスリをかければよく、自分たちでメンテナンスして長く使える特長があります。木材をフローリング材の半分の長さでカットして無駄をなくし、空間の高低差を作ることで表面積が減りエネルギーコストも削減。
紙を扱う会社なので紙の照明があったら面白いなと、サーキュラーデザインが前提でなくとも関係が深まる素材でデザインできたらいいなと考えていたそうです。

設計者のIshimura+Neishi根市拓氏(中央)

根市氏からは、天井は人がほとんど触れることがないため摩耗が少なく壊れる可能性も低い。反対に壁材は人が触れる頻度が高いのでメンテナンスしやすいように作る。床材は一番取り替える頻度が高くなる可能性があるが、取替可能で分解できるように作ることと耐久性の基準が重要となり、素材や部位ごとに切り分けながら考えてきたことを語っていただきました。

建築コストと施工の工夫/村田 絋一 氏

住宅リノベーション、空間再生、コリビング事業を手掛ける村田氏は、今回初めてサーキュラーエコノミーをテーマに施工を担当。まずは解体範囲を最小限にすることで全体のコスト削減と廃棄自体も減らしたと言います。

施工を担当した株式会社QUMA代表取締役 村田 絋一 氏

コスト面でも施工面でも一番苦労したのが「下地」で、一般的な石膏ボードに塩ビのクロスを貼る方法はリサイクルできない石油由来の素材であり、石膏ボード自体はリサイクルが確立されているものの、塗装や漆喰を塗るとリサイクルができません。Ishimura+Neishiさんからの提案で杉材で仕上げることになり、コスト面では輸入材が圧倒的に安いが、輸送時のCO²削減を意識して県産の木材を採用。結果的に、石膏ボード貼り+クロス(下地別)3,550円/㎡に対し、埼玉県産杉材の施工費+材料費(下地別)11,098円/㎡と約3倍の施工費に。

壁については「雇いざね」という形で接着剤を使わずに必要な部分だけタッカーで留め、解体時に鉄と木部で分離する方法で見積もりを取ったところ、木材の加工業者が普段行わない手法のため高額になってしまい、一般的に使われる手法に近づけて調整。それでも2倍以上の費用になったが、方法を見つけられたことは非常に良かったと語っていただきました。

床材に使用したマーモリウムは天然素材を由来とするリサイクル可能な素材で、塩ビと比べコストは上がるものの意匠的には取り入れやすかったそうです。

古紙を扱う新井紙材らしい断熱材ということで採用された「セルロースファイバー」は分解及び再生可能性に優れた素材ですが、まだ新しい素材で情報が少なく一般的なグラスウールと比較して流通量も相場価格も安定していない印象とのこと。

サーキュラーエコノミー建築に関わる施工業者が全員通る道で、もっと情報共有や整備が進むと実践が浸透していくのではと今後の課題も示されました。

フリートークでは、安居氏より、EUでサーキュラー建築が進められている後押しの一つとして例えばアムステルダム、オランダ、EUの3か所から補助金が使える制度の違いについても言及。
モデレータを務めた代表新井は「サーキュラーBASE美女木」の建設資金は武蔵野銀行からの融資を受けており、イベントやプロジェクト遂行のため今後も地銀からの融資で行っていきたい考えや、「予算のある中で、通常工事よりコストがかかっている部分はあるがバリュー・エンジニアリングできた部分も。なるべく標準化し、細かいプロセスも公開しながらサーキュラー建築の普及につなげていきたい」と語りました。

村田氏からは「地方銀行では地方での投資機会が減少していて、都市部だけでなく長いスパンで見た経済合理性だけではないものを作りたいという思いがあり、投資家への説明やZEH認証、補助金などを通して広がっていくように、自分たちのと取り組みも共有していきたい」とお話しいただきました。

石村氏からは「EUでは、分解できない設計は設計ミスだと言われるという話を聞いて、技術や知識がなければできないので非常に勉強になった」と語っていただきました。

サーキュラーBASE美女木では、サーキュラー・エコノミーの活動拠点としてイベントやセミナー、ワークショップ開催を企画していきます。