東京都心から船で約2時間半、人口わずか300人の小さな島・利島村。東京都に属するこの島では、かねてより水資源の乏しさが大きな課題となってきました。現在は雨水を貯める貯水池や海水を淡水化する装置を活用して生活用水を確保していますが、設備の老朽化に加え、「使えば使うほど赤字が膨らむ」という構造的な問題も抱えています。こうした厳しい状況を踏まえ、利島村では2023年より、水資源が限られた環境下でも島内で水を循環させる新たな仕組みづくりに取り組み始めました。島の持続可能性に新たな可能性をもたらすこの挑戦について、利島村役場の中川氏に詳しく話を伺いました。
島全体の水問題解決に向けた長年の挑戦

— まず最初に、利島村はどのような島ですか?
利島は、島全体が円錐形で、周囲わずか8kmの小さな島です。美しい海に囲まれ、島内には椿林が広がっており、古くから椿油の生産が盛んで椿の島としても知られています。こんなに小さな島ですが、実は移住先として人気があり、島全体では約60%、20~40代に限ると8割以上がIターンの移住者です。
こうした若い世代の移住者が多いことが、島の活力や新たな取り組みを支える大きな力になっています。しかし、島には古くから水資源の乏しさという大きな課題があり、移住者の増加に伴って水需要もさらに高まっているのが現状です。
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— なぜ、利島村は慢性的な水不足なのでしょうか?
利島では、古くから水資源の確保に苦労してきました。傾斜の急な地形のため平地がほとんどなく、地下水も乏しいうえに川も存在しないことから、ダムの建設や貯水池の設置、井戸の掘削が困難だったのです。
大昔は、雨水をツボにためて活用していたといわれています。その後は、各家庭の屋根に降った雨水を集め、生活用水として利用していました。
しかし1994年、異常気象による深刻な渇水が発生したことをきっかけに、海水淡水化装置が設置されました。現在では、道路表面の流水や雨水を浄水施設へ導水し、送水管で貯水池に溜めた水をろ過処理して供給する体制を主軸とし、それを補完するかたちで淡水化した海水を利用する、二重の水道供給体制が築かれています。
ただし、この既存の水供給システムにも課題は多く、装置が故障すると渇水のリスクが高まるほか、運用コストの負担も大きいのが現状です。水道料金は1立方メートルあたり200円に設定されていますが、実際の給水コストは2,800円と、14倍もの費用がかかっているのです。つまり、水を使えば使うほど、財政が圧迫される構造になっています。
技術との出会いが生んだ新たな可能性

2022年、通信、IoT、AIなどの先端技術を有する大手通信会社から、利島の水問題に対する解決策として「水循環システム」の活用が提案されました。同社は、各分野の先駆的企業やスタートアップと連携し、共創によって一社では解決が難しい社会課題に取り組んでいます。
その取り組みの一環として、生活排水の最大97%を安全な水へと再生し、循環利用することを可能にする「家庭用水循環システム」の技術を持つベンチャー企業があり、その技術を利島で活用できるのではないかという話が持ち上がりました。
当初は、水循環型の手洗いスタンドや、災害時にも使用可能な水循環型シャワー、各家庭単位で生活排水を再生して循環利用することが可能な小規模な分散型水循環システムの開発について紹介がありました。しかし、私たちが直面していた喫緊の課題は、そもそも利島の地形上、住宅の建設自体が困難であるという点でした。
そこで新たに提案されたのが、トレーラーハウスと水循環システムを組み合わせた「オフグリッド居住モジュール」の実証実験です。

水循環システムを開発するベンチャー企業は、すでにトレーラーハウスを提供しているガス会社と連携し、水循環システムを搭載したオフグリッド居住モジュールの開発を進めていました。トレーラーハウスであれば利島への設置も可能であるため、実現への可能性が一気に高まったのです。
水循環システムを搭載したオフグリッド居住モジュール
— 水循環システムの仕組みを具体的に教えてください。
本実証で検証した水循環システムは、膜処理や生物処理によって生活排水の最大97%を再生・循環利用可能にしています。飲用水、シャワーやキッチンなどの生活用水、トイレ用水の3系統はそれぞれが独立しています。飲用水は飲んで終わりですが、生活用水、トイレ用水は各排水を処理し循環利用しています。口に入る水がトイレの水を経由することはなく、用途ごとに循環系統が分かれているため、心理的な抵抗もなく利用できます。
再生循環率が高く、雨水の補給だけで持続的な運用が可能であり、排水として外に出る水もごくわずかです。限られた水資源を最大限に活用できるだけでなく、環境負荷を大幅に軽減できる点も大きな特徴です。
— オフグリッド居住モジュールには、その他どのような機能があるのでしょうか?
エネルギーと水をほぼ100%自給するオフグリッド居住モジュールには、水循環システムのほか、太陽光発電設備と蓄電池が設置されています。実証期間中の総消費電力の約75%は太陽光発電でまかなうことができました。
このように、生活に必要なライフラインがすべて備わったトレーラーハウスは、2022年度内に利島へ設置されました。当初は長いトレーラーをそのまま持ち込む計画でしたが、島内の狭い道路のカーブを曲がりきれないことが判明したため、正方形のユニット4つを現地で組み合わせる設計に変更されました。4つのうち1つは機械室、残りの3つが居住スペースとして活用されています。
実証実験から普及へ。島の持続可能性を高める取り組み

— 居住者の方の感想はいかがでしたか?
2023年6月から半年以上にわたり行われた実証実験にて、実際にこのトレーラーハウスに住んだ単身者からは、『良い意味で普通の家と同じ生活ができた』という声が寄せられています。最初は節水を意識していたようですが、途中からは気兼ねなく水を使えるようになったと話していました。
実証実験中は一度も外部からの給水を必要とせず、さらに完全に水道を引かないオフグリッド状態での運用にも成功しました。
— 利島村の今後の取り組みを教えてください。
実証実験の成果を受けて、利島村は次のステップへと進んでいます。現在、単身者向けの住宅8戸を建設中で、2026年3月の完成を予定しています。ただし、完全なオフグリッドではなく、村の水道水と循環水を併用する形を採用しています。
それでも、水循環システムの導入により、水道設備への負荷を大幅に軽減できる見込みです。
— この取り組みは他の地域でも活用されているのでしょうか?
2024年の能登半島地震の際には、同社が提供する水循環型シャワーを利島から貸し出し、被災地での支援活動に役立てました。
水循環システムと太陽光発電を組み合わせることで、災害に強い仕組みが実現できます。少ない水でも利用でき、太陽光発電があれば、島全体が災害に強いまちづくりにつながります。
そうした意味でも、島の持続可能性はさらに高まるため、このシステムの普及は非常に意義深いと考えています。
技術革新がもたらす、島の未来を変える可能性

— 今後の島としての課題を教えてください。
利島村の取り組みは、単なる水問題の解決にとどまらず、島の経済にも好影響をもたらす可能性を秘めています。水道給水にかかる設備は老朽化が進んでいますが、水循環システムの導入により稼働頻度を減らせるため、設備の長寿命化が期待できます。また、海水淡水化装置のフィルターなどの消耗品は高額なため、長期的なコスト削減にもつながります。
島全体への普及は理想ですが、個人宅への導入には住民一人ひとりの理解を得る必要があることから、課題も残ります。今後は、この水循環システムをどのように広めていくかが、大きな課題と言えます。
この取り組みは国土交通省の『スマートアイランド推進カタログ』にも掲載され、離島の持続可能性を高める先進事例として注目されています。水循環システムの実証実験という先進技術の成功例を生み出せたことは、利島村だけでなく、全国にとっても大きな一歩になったと感じています。これからも、私たちはこの課題に向き合い、利島村の特性に合わせた形で、村が長く存続できるよう持続可能性を高めていきたいと思います。