コーヒーを飲んだ後に残る「コーヒー豆かす」。これまで多くの飲食店で廃棄物として処理されてきたこの「豆かす」を、資源として有効活用する取り組みが注目を集めています。株式会社セブン&アイ・フードシステムズが運営するレストランチェーン「デニーズ」では、このコーヒー豆かすを活用した食品リサイクルループの構築に成功。レストラン業態では初となる、コーヒー豆かすに特化した「食品リサイクルループ認定」を取得されました。
これは、デニーズで排出されるコーヒー豆かすを回収し、乳酸発酵の技術で牛のえさに加工、それを給餌して育てた乳牛から採れた生乳でホワイトソースを作り、メニューとして提供する、というものです。
この画期的な取り組みの裏には、どのような苦労や工夫があったのでしょうか。株式会社セブン&アイ・フードシステムズ環境部会長である中上冨之氏に、その全貌を伺いました。

デニーズ人気メニューのコーヒー。(画像はデニーズ公式サイトより)
レストラン業態初!コーヒー豆かすに特化した食品リサイクルループ認定
— まず、このリサイクルループの取り組みがスタートした経緯を教えてください。
2014年から取り組み始めました。当時、私が環境を担当する部署に配属されたばかりの頃です。食品廃棄物の問題をなんとかすべきと思っていて、各店舗の廃棄物量を調査したところ、店舗ごとに大きな差があることがわかりました。
外食産業の課題として、チェーン展開している店舗それぞれから出る少量の食品廃棄物を集めると、全体では大量になるという点があります。仕入れについては規格が異なるので他の外食チェーンと共同で行うことは難しいものの、ごみになって出てくる時は一緒ですから、将来的には共同回収ができないかとも考えていました。
デニーズ人気メニューのコーヒーですが、コーヒー豆かすは、食品廃棄物の組成分析によると重量ベースで全体の2割を越える大きなものです。また、コーヒー豆かすはコーヒーの食数に比例して増え、削減ができないという特性があります。そこで具体的な動きとしては、大手コーヒーチェーンがコーヒー豆かすをリサイクルしている事例を教えていただき、2015年頃から横浜市内の数店舗でテスト回収を開始しました。しかし、ここから本格的な取り組みになるまでには、約7年半もの歳月を要することになりました。
一番の課題は「回収」
— 7年半もの時間がかかったのですね。どのような課題があったのでしょうか?
最大の課題は「回収」でした。外食チェーンの場合、各店舗から出る廃棄物は一般廃棄物に分類されます。これを効率的に回収するためには、様々な法律の壁を乗り越える必要がありました。
例えば、横浜市でテストを始めた時、横浜市内の店舗と藤沢市、川崎市の店舗を効率よく回ろうと考えたのですが、一般廃棄物は市区町村が管轄単位なので、横浜市から他の市に経由して回収することは法律で禁止されているのです。
また、廃棄物を回収する業者は専門の免許を持っている必要があり、通常の物流業者に依頼することもできませんでした。これらの廃掃法(廃棄物処理法)の制約が、外食産業全体でこういった取り組みを進める上での大きな障壁となっていました。
— その法律の壁をどのように乗り越えたのでしょうか?
重要になってくるのが「食品リサイクルループ」の認定を受けることです。正式には「食品再生利用事業計画」認定といいます。この認定を取得すると、廃棄物処理法の例外措置として、資格を持たない人でも運搬できるようになり、市をまたいだ回収も可能になります。
そこでまずは認定取得を目指し、自社便での回収の仕組みを作りました。回収車輛を自社で用意し、回収も社員で行う、というスキームです。これによりリサイクル工場のある神奈川県全域での食品リサイクルループの認定を受けることができました。
しかし、自社回収には限界があり、今後例えばより店舗数の多い東京都内でのコーヒー豆かす回収へと取り組みを拡大するには、違うアプローチでの回収の必要性を感じ、リサイクラーと協力して挑戦したのが、宅配事業者との連携です。
コーヒー豆かすの資源循環としては既に認定が取れているので、監督省庁に回収方法の変更申請で問題がないことを確認した上で、スキームの構築に取り掛かりました。
ただし、この変更申請を提出するまでにも多くの困難がありました。例えば、申請時、車両ナンバーや車検証など回収車両の情報はすべて提出する必要があるのですが、大手宅配業者の場合、これが2万台以上にもなり、現実的ではありませんでした。
そこでリサイクラーの尽力により、この取り組みに興味を示していただいた準大手の宅配業者の協力を得て、専用のチャーター便で回収する新しいスキームを構築しました。この方法により、登録する車両を限定でき、新しい回収スキームによる申請が可能になったのです。

酪農家との連携と牛の飼料化への挑戦
— 回収したコーヒー豆かすはどのように活用されているのでしょうか?
回収したコーヒー豆かすは、乳酸発酵の技術を使って牛の餌にしています。この過程でも多くの課題がありました。飼料はそれほど日持ちがしないため、リサイクラーに製造していただいた分は売り先を確保しなければなりません。そこで自分たちで農家を訪ね歩き、取り組みに協力してくださる酪農家を探す必要がありました。しかし、ここでも予想外の問題にぶつかりました。コーヒー豆かすを原料とした餌は、牛にとって苦みがあり、最初は食べてくれなかったのです。酪農家の方々と協力しながら、少しずつ餌に慣らしていく工夫を重ねました。
そうした中、様々な先進的取り組みをされていた静岡県の牧場「リオグランデ宮島」さんが賛同してくださり、連携が始まりました。
ポリフェノール、抗酸化作用がもたらす牛の飼料としてのメリット
— コーヒー豆かすを牛の餌として使うメリットはあるのでしょうか?
実は、コーヒー豆かすには牛にとって良い効果があることがわかってきました。麻布大学との研究で、コーヒーに含まれるポリフェノールの抗酸化作用が牛に良い影響を与えることが明らかになったのです。
具体的には、乳房炎などの病気が減り、成牛になるまでに使用する抗生物質の量も減り、健康になって乳量が増えるという効果が確認されました。また、子牛の数も増えるという実験結果も出ています。
このように、餌のコストは上がっても、乳量が増え、病気のリスクが減ることで、酪農家にとってもメリットがある取り組みとなっています。

今回取材させていただいたデニーズ高井戸店
「美味しさ」を追求したメニュー開発
— このリサイクルループを活用した商品開発についても教えてください。
単にリサイクルするだけでなく、トレーサビリティを明確にして、その成果を実際のメニューに反映させることにこだわりました。食品リサイクルループで生産された牛乳を使用してホワイトソースを開発し「グラタン風ハンバーグ」というメニューを生み出しました。

コーヒー豆かす回収から飼料化、乳牛の新鮮な生乳をホワイトソースにしてメニューに使用するまでのリサイクルループを実現。(画像は公式サイトより)
我々はレストランですから、どんなに社会的に意義のある取り組みでも、お客様に「美味しい」と感じていただけなければ意味がありません。そこで、商品開発チームが何度も試行錯誤を重ね、最終的にホワイトソースとトリュフソースを組み合わせることで、非常に美味しいハンバーグを完成させることができました。
サステナブルメニューの開発当初は「かぼちゃとさつまいものドリア」「生ハムとルッコラのかぼちゃグラタン」などを販売しましたが、季節が限定されてしまうため通年提供しやすい内容に改善していきました。

食品リサイクルループから誕生した「グラタン風ハンバーグ〜トリュフソース」トリュフの香りがリッチに広がる、贅沢ハンバーグのグラタン仕立て。
— 試食させていただき、コクのあるホワイトソースにトリュフソースの風味が相まってとても美味しく、ご飯にも合いますね。
ありがとうございます。このグラタン風ハンバーグは、ハンバーグカテゴリーの中で2番目に売れる人気メニューとなりました。コストの問題として、リサイクルループを通じて生産された原材料は、どうしても通常のものより高くなってしまう傾向があります。しかし、私たちはあえて高付加価値のメニューとして提供することで、この課題を克服しました。
連携してくださっている酪農家のリオグランデ宮島さんにも「自分たちがつくった牛乳がデニーズのメニューに使われている」と喜んでいただき、お客様には美味しさと社会貢献の両方を感じていただける商品となり、大変嬉しく思っています。

メニューにも食品リサイクルループの取り組みとともに紹介されている。
チェーン店だからこその強みと未来へ向けた展望
— 最後に、この取り組みの今後の展望を教えてください。
私たちの取り組みは、単に企業価値を向上させるだけでなく、外食産業全体の課題解決につながると考えています。食品リサイクルループ認定には、一定量の回収・リサイクルが求められるためチェーン店だからこそできることも多く、例えば現在進めている宅配業者との連携による新しい回収スキームが認可されれば、全国いろいろなところで同様の取り組みが可能になります。
持続可能な社会の実現へ向けて、食品ロス削減の取り組みは一般市民の方々にもご参加いただける身近なものです。食べ残しを減らし、最後のひと口まで美味しく召し上がっていただく「mottECO」事業を推進するなど様々な形で循環の輪を広げていきたいと思います。
デニーズの挑戦は、私たちの日常にあふれる「廃棄物」が、実は貴重な「資源」であることを教えてくれます。コーヒーを飲む時、ハンバーグを食べる時、その背後にある驚くべき循環の物語を思い出してみてはいかがでしょうか。