大阪・関西万博2025では、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマのもと、未来の暮らしや社会を考えるための多彩な展示が展開されます。その中でも象徴的な存在として注目されているのが、シグネチャーパビリオンと呼ばれる8つの特別企画です。

そのひとつが、「EARTH MART(アースマート)」です。このパビリオンは、「いのちをつむぐ」をテーマに、放送作家の小山薫堂氏が企画監修を担当。建築は、自然素材を活かした美しいデザインで知られる隈研吾氏が手がけています。屋根には、全国から集められた茅が使われており、時間と手間をかけて丁寧に葺かれたその姿は、日本の原風景を想起させる穏やかな佇まいです。
実際に足を運んでみると、「食」という誰にとっても身近な営みを通じて、命のつながりや種を守る大切さ、多様性への理解を促す展示が広がっていました。目で見て、香りをかぎ、手で触れ、味わう——五感をフルに使って命について考えられる、そんな体験の場です。
会場には子どもたちの姿も多く見られ、家族で楽しみながら学べる、温かい雰囲気に包まれていました。

本物の葉と種にふれる、“生きている”展示
展示に足を踏み入れてまず驚かされるのは、入り口にずらりと並ぶ本物の野菜の葉っぱと種たちの数です。

なんと、展示されている葉や種は、すべて長崎県雲仙市で農業を営む岩崎政利さんの畑から届けられた、本物の野菜たちです。岩崎さんは、日本に昔から受け継がれてきた在来種を守り続けてきた数少ない農家のひとり。在来野菜は、土地の風土に根ざし、それぞれ異なる香り、味、色、かたちを宿しています。
しかし、現代では大量生産や効率化が求められる中で、「大きさ」「収穫量」「見た目の揃いやすさ」などを重視した品種改良が進み、ごく限られた特徴を持つ野菜ばかりが市場を占めるようになりました。一方で、在来種のように個性豊かで育てにくい作物は、徐々に作られなくなり、種そのものが失われてきたのです。一度途絶えた種は、二度と元に戻すことはできません。

そうした流れに抗うように、岩崎さんは「多様性こそが食文化の豊かさであり、命の未来を守る鍵である」と信じ、“種をつなぐ”農業を何十年にもわたって続けています。
育てている野菜の種類は、なんと78種類。収穫して終わるのではなく、花を咲かせ、枯れ、そして種を結ぶその最後の瞬間まで——野菜一つひとつの命に寄り添い続ける営みです。それは単なる栽培を超え、100年先の未来に食文化の多様性を手渡すための挑戦でもあります。
味わいも色も多様化する「未来のごはん」─再生米という選択肢
EARTH MARTで展示されている「再生米(Regenerated Rice)」は、これからの主食のあり方に一石を投じる、未来型の新しい“ごはん”です。凍結粉砕された食材と米粉を原料に、米粒の形に再成形されたこの再生米は、限られた資源の中で栄養を確保し、味覚も楽しむことができる持続可能な食品として注目されています。
このプロトタイプは、株式会社ニチレイフーズと山形大学 古川英光研究室、そしてEARTH MARTの共創により開発されました。

驚くべきはそのバリエーションの豊かさです。画像の展示からもわかるように、再生米には以下のような種類が紹介されています。
- 骨米(Hearty Rice):栄養補助食品をベースにした、滋養強壮を意識した米
- 美容米(Beauty Rice):美容成分を含んだ原料から生まれた、内側から健康を支える米
- 花の米(Flower Rice):ビーツやエディブルフラワーなど、華やかな色合いと香りが魅力的な米
- 森の米(Forest Rice):森林資源や野菜を活用した、深い味わいと香りが特長の米
- サラダ米(Salad Rice):野菜を原料にした、冷たいサラダとしても楽しめる軽やかな米
- 親子米(Family Rice):食育を意識し、子どもから大人まで楽しめる味と栄養を備えた米


さらに、展示ケースには紫・緑・黄色・白・赤など彩り豊かなラインアップが並び、それぞれ異なる栄養素や香りを持つことが見た目からも一目で伝わってきます。これらのカラフルな再生米は、味だけでなく「食べることの楽しさ」や「未来の食卓の可能性」までも想像させてくれる存在です。
このように再生米は、災害時や栄養不足地域への対応はもちろんのこと、「食の未来をより自由で創造的に」する新たな選択肢として、EARTH MARTの中でも強いメッセージを放っています。
命の保存食「梅干し万博漬け」
保存食の未来に一石を投じる取り組みとして、「梅干し万博漬け」も注目を集めています。

仕込みが始まるのは、万博の会期中、2025年6月ごろ。約1トンもの梅が、塩と紫蘇だけを使った昔ながらの製法で、時間をかけて丁寧にたる漬けされます。この工程には大きな手間と時間がかかりますが、その分、力強い味わいと高い保存性を誇り、まさに“命を守る食”と呼ぶにふさわしい存在です。
来場者は「万博漬け引換券」を獲得することができ、その引換券と引き換えに、長い時間をかけて熟成された梅干しを2050年に受け取ることができます。
25年後の未来へ食を届ける“タイムカプセル”。EARTH MARTを訪れた際は、ぜひこの引換券を手にし、未来とつながる体験をしてみてください。
