初めに個人的な経験からお話しすることをお許しください。私は造船業界とは接点がなく、「造船大国ニッポン」と聞いてもいま一つぴんとこなかったのですが、3年近くギリシャに暮らしてイメージが変わり、この業界が身近に感じられるようになりました。というのも、ギリシャで親しくなった人の中に船主が少なくなかったからです。
ギリシャ人の船主といえば、ジャクリーン・ケネディが再婚したアリストテレス・ソクラテス・オナシスが有名ではないでしょうか。「20世紀最大の海運王」とも呼ばれました。

ところで、梱包されていない穀物や鉱石、セメント、さらにはベンゼンなど液体化学物質を積んでいる貨物船を「ばら積み貨物船」と言います。世界の商船の4割はこのタイプの貨物船で、最大の建造国は日本。そして船主のトップはギリシャです。
2年に1度、ギリシャの海運コミュニティが主催する船舶の国際展示会「ポシドニア」が開催されます。2018年(2020年と2021年はコロナ禍で中止)には、日本を含む92か国2000以上の企業が参加して盛り上がりました。いまだ「経済危機」のイメージが残るギリシャですが、海運ビジネスの世界ではそれなりに主導権を握っているのです。
近年造船業界は厳しい状況が続いていると言われています。「ばら積み貨物船」の建造でも、中国、韓国の低価格攻勢を受けて日本は苦境に陥っているのは確かです。ただ、「日本は丁寧な仕事をして品質が良いから」と、長年日本製をひいきにしているギリシャの船主は少なくありませんでした。海外にいて、日本人としてちょっぴり胸を張りたくなる瞬間でした。
今回の「主人公」は、この「ばら積み貨物船」です。
※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。
造船業界で進むSDGsへの取り組み

国内の造船・海運業への財政支援を柱とする「海事産業強化法」が、2021年8月、施行されました。造船会社が環境対応技術の開発などを盛り込んだ事業計画書を作成し、それを国交大臣が認定すれば、補助金や低利融資、税制優遇といった支援を受けられるというものです。
世界的な脱炭素の流れを受けて、環境にやさしい船の発注が増えています。二酸化炭素排出量削減のため液化天然ガス(LNG)燃料船の開発・建造、窒素酸化物排出量削減のためにSCR(窒素酸化物除去装置)の導入などが進められています。
また、海洋や沿岸の生態系保護のためにバラスト水処理装置の搭載や、建造中における油の流出や塗料の飛散を徹底的に防止する対策が講じられています。
世界経済の回復に伴って海上の荷動きが活発になってきた今、海事産業強化法と優れた環境技術を追い風に、日本の造船業が国際競争力を取り戻す好機だとの見方が強まっています。
造船所のやっかいな廃棄物「足場板」を再活用する

造船業全体の環境への取り組みが見渡せたところで、もう少し小さな単位、造船所の廃棄物について考えてみましょう。
愛媛県今治市にある浅川造船が、造船所で使用済みになった古材を家具として再生させるプロジェクト「瀬戸内造船家具」を進めていると知り、2021年9月、Zoomで話を聞く機会がありました。
今治といえばタオルの生産で有名ですが、全国有数の造船の町でもあります。古くから海運・造船の町として栄えてきた歴史を持ち、500社以上の海事関連企業が集まっています。来島海峡の急潮を進む船が立ち寄って、「潮待ち」する間に船の修繕を行ってきたことが始まりとか。現在国内の3隻に1隻が今治で造られているそうです。
そうした中、浅川造船は、液体化学物質を運ぶばら積み貨物船、ケミカルタンカーの建造量で世界3位にランクされています。
では、造船所で使用済みになった古材とは、どんなものなのでしょうか?

船の建造には、多くの職人の技術と努力が欠かせません。職人の命を守るために、たくさんの足場が組まれ、その数は一隻につき10000枚にも上ると言います。今はアルミ製の足場板を使うことが増えたものの、狭い場所での作業には短く切って使うことができる木(スギ)の足場板が重宝されています。
足場板は船の完成と共に役目を終えるわけですが、職人の命を守るものですから、少しでも割れが発生すると取り換え、廃棄・焼却に回されます。結局、「生産現場に大量のゴミを置く」(浅川造船・東予工場製造部長の村上賢司さん)のが常態化し、ゴミ処理費用は年間1500万円を超えていました。
そこで村上さんは考えました。「足場板の古材を再活用して、地域や社会に貢献できないだろうか。それが会社のPRにつながれば、なおいいなあ」と。
ブランド「瀬戸内造船家具」が生まれるまで

潮風にさらされて経年変化した古材には、新品の木材には出せない深い風合いやヴィンテージ感があります。ワイヤーで縛った跡が残っていたり、船の塗装の際に飛び散ったペンキが独特の味わいを醸し出していたり。足場板の厚さは5センチほど。一般的な板よりも厚みがあるので、家具だけでなく床材などにも利用が可能です。
古材の魅力を生かして家具に生まれ変わらせてはどうだろうか……。オズマピーアールという東京の広告代理店で企業のSDGsアクションPRを担当していた旧知の一ノ瀬寿人さんに相談したところ、2020年6月、プロジェクト「瀬戸内造船家具」が動き始めました。
浅川造船は足場板に使ったスギ板を提供し、家具の設計・製造には、愛媛県伊予市でオリジナルインテリアのセレクトショップを営む真聖建設が担当。ブランド戦略や運営を担うのは、東京のオズマピーアールといった、3社共同でプロジェクトを進める体制ができました。
一見接点がなさそうな3社ですが、共通するのは、魅力ある素材として足場板を見直し、どうにか活用したいとの熱い思い。「それぞれの得意分野を生かして役割分担している」(一ノ瀬さん)そうで、プロジェクトはスムーズに走り出しました。興味深いことに、真聖建設の吉野聖代表は、プロジェクトが始動する前から、自宅の吹き抜けの一部に足場板を使うなどこの素材に注目していた一人だったと言います。
「瀬戸内造船家具」の特徴は?

「瀬戸内造船家具」のアイテムは、ダイニングテーブルやワークデスク、収納棚、ベンチなど。在庫を抱えないように、受注生産が可能な家具のみに絞っています。水洗いして、ペンキや木目がほどよく残るように紙やすりをかけるなど繊細な作業が必要で、受注から完成まで1か月以上要します。
生活する場になじみやすくするため、椅子やテーブルなどの脚には黒皮鉄を採用。表面に黒皮と呼ばれるほのかに青黒く光る膜を張った鉄材のことです。膜は製造過程で自然にできるものなので模様が計算できません。足場板独特の風合いも黒皮革の模様も、それぞれに個性的なので、全く同じ家具を作ることはできず、オリジナルな逸品であることが「瀬戸内造船家具」の特徴だといえるでしょう。

ですから、決して安価ではありません。ダイニングテーブルが13万1000円、ベンチが7万9000円など。それでもインテリア好きの間で口コミで広まり、オーダーメイドを望む声も上がっています。手仕事やクラフトなどを扱うオンラインマーケットプレイス「iichi」や真聖建設のセレクトショップ「ConTenna(コンテナ)」のオンラインショップで扱っています。
地域とのつながりが強い造船業

造船業は地域との結びつきが非常に強いという特徴があります。
たとえば、三井E&S造船玉野艦船工場が立地する企業城下町、岡山県玉野市。岡山県が2021年1月に約570社にアンケートしたところ、回答企業の7割が三井E&S関連の仕事に従事していました。業界再編で同社の艦艇部門が他社に引き継がれることになり、6割が「今後の売上高が減少する」と回答。「地元への発注を継続してくれるか心配」との声も上がっています。
地域とのつながりの強さは、新しい船が初めて海に浮かぶ「命名進水式」が地域をあげてお祭りのように盛大に行われることからもわかります。

2020年1月、私は、ギリシャの船主の貨物船の命名進水式に招待されました。場所は大分県佐伯市。尾道造船グループ傘下の佐伯重工業の建造でした。ギリシャ国旗が掲揚され、命名の宣言と共に船首にかけられた幕がはずされると、船主が思いを込めて付けた名前が初めて公表されます。名前は「FEDRA」。ギリシャ神話に登場するクレタ島のプリンセスの名前でした。
クライマックスは、船を造船所につなぎ止めている支綱を銀の斧で切断する儀式。銀の斧を使うのは日本独特の風習で、古くから悪魔を振り払うといわれている縁起物です。先端の刃には3本の溝が掘られており、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの3神を表していると聞きました。日本の神々がギリシャの女神の名前の船を守るなんて、なんだか素敵ではありませんか? シャンパンが割られ、町の人が見守る中、サイレンと共に船は海へと滑り出しました。感動的な光景でした。

さて、「瀬戸内造船家具」の話に戻ります。プロジェクトでは、地域に売上の75%が還元される仕組みになっています。浅川造船は足場板の処分コスト削減を享受し、オズマピーアールは運営費として10%を受け取ります。ECの決済手数料を除くと、残りは家具の製造・販売にあたる地元企業の取り分になり、また、売上の一部は県内の子供たちの未来への支援に役立たせることが計画されています。
まとめ
職人の命を守っていた足場板が、その役割を終えて、今度は暮らしを支える家具として再生して社会に流通する――。これは、循環型社会への貢献を目指す一つの取り組みだといえましょう。
オズマピーアールの一ノ瀬さんは、アップサイクルを成功させるポイントとして、3つのことを挙げていました。
①まずはやりたいことから発想し、アイデアをふくらませる。
②実現するための仕組みを考える。1社でできることに限りがあるので、思いを同じくする有志が集まり、得意分野を担当する。
③無理なく続けられそうな体制を整える。また、売上の利益配分などを明確にする。
プロジェクトは好評で、一緒に取り組みたいという協業の相談が増えているそうです。「瀬戸内造船家具をモデルケースにして、今後は他のエリアに広げていくことも考えています」と、一ノ瀬さん。
瀬戸内の強い潮風にさらされながらも職人の命を支えた足場板。そんな古材で作られた家具だからこそ、大海原を旅するようなおおらかな気持ちの広がりをもたらしてくれるような気がします。
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