2000年に開学以来、168カ国・地域から学生を受け入れ、国際学生比率がおよそ50%のグローバル大学として知られる立命館アジア太平洋大学(以下、APU)。
2023年4月を「第2の開学」と位置付け、循環型社会や気候変動など環境・資源の適切なマネジメントや、社会課題を解決するNGO/NPO・社会的企業の経営など、アカデミックから実践まで横断的に学ぶ「サステイナビリティ観光学部」を新設しました。
また、学部の開設にあたり施設整備にも注力し、大学施設としては初の大規模三層吹抜を持つ木造準耐火構造である新教学棟「Green Commons」を建設しました。
2015年にAPUに着任し、サステイナビリティ観光学部で環境政策や国際開発を専門分野とする須藤智徳 教授に、新学部・校舎設立の背景やサーキュラーな取り組みについて伺いました。
地球課題に立ち向かう人材を育てる「サステイナビリティ観光学部」を新設
—サステイナビリティ観光学部が新設された経緯について教えてください。
検討当時、開学20年という区切りのタイミングもあり、APUの新学部の開設に向けて動き出しました。
世界の貧困や開発課題を学ぶ国際開発、循環型社会に向けた環境・資源マネジメント、観光産業の分析やマーケティングなど、アカデミックと実践の両面からアプローチするカリキュラムを組んでいます。
—サステイナビリティ×観光というと「エコツーリズム」が思い浮かびますが、実際にはどのような観点で学ぶのでしょうか。
サステイナビリティと観光を考える上で重要な点は、それぞれがまったく異なるキャラクターであることを理解することだと考えます。
サステイナビリティとは、環境・社会・経済のバランスがとられることで、そこで暮らす人々のニーズが満たされるとともに、必要なサービスを享受できる環境が将来まで持続していくことを指しており、「日常生活」の視点が重要です。
一方、観光とは地域外の人から見たその地域の価値であり「非日常」の価値に視点があります。別府の場合、いつでも温泉に入ることができるという別府市民の日常は、他の地域の方々にとっては非日常であり、そこに価値を感じて訪れているということであり、市民の日常を守りながら観光を発展させていく必要があります。
ですので、私たちの指す「観光」は、休暇中の観光を意味する「サイトシーング(Sightseeing)」ではなく、人の動きを中心とした考え方の「ツーリズム(Tourism)」と捉えています。
—別府のような温泉街は日常の価値と観光ニーズが融合しているようにも感じますが、どのような課題があるのでしょうか?
市民の生活と観光を両立するということは非常に難しく、京都はまさにこの課題に直面していると考えます。観光にハイライトし過ぎたためにオーバーツーリズムの状態にあり、交通渋滞を起こし、市民の日常生活に支障をきたしています。
宿泊客室の数は増えており一見栄えているように見えますが、その多くが外資系や東京資本の大手ホテルであり、地元にはあまりお金が落ちておらず、京都市は財政危機にあります。
別府も、京都と同様にインバウンドを増やす方針ですが、県外資本のホテルが続々と駅前に進出し、老舗のローカルなホテルが経営破綻する事態が起きています。実際に、駅前はこの3年でさま変わりしており、県外資本のホテルが外国人観光客からの人気を集めています。
そこで、サステイナビリティ観光学部では、持続可能な社会と観光に関わる専門性と実践力を併せ持つ「社会のイノベーター」「観光コンテンツのプロデューサー」の育成を目指しています。
学びを実践へ、イノベーターを輩出するためのプラットフォーム
また、APUは起業を志している学生が多く、「APU起業部」という起業家育成プログラムもあります。実際にこのプログラムから起業した学生もいます。
学外にもビジネスアイデアをブラッシュアップする支援を行うインキュベーター人材は多くいますが、その先の、会社化する部分でつまずいてしまうケースが多くあります。
具体的には、定款の作成や資金調達、司法書士や行政書士などへの相談の仕方がわからないなど、アイデア以外の部分のサポートが不足しています。
こうした部分も支援しつつ、大学で学んだことをベースに新たなアイデアを社会で実践できる学生の育成を図っていきたいと考えています。
国内大学初の大規模3層吹き抜けをもつ木造3階建て校舎(木三学)は生きた教材
—新教学棟「Green Commons」について教えてください。
校舎の建設においては防火対策と耐震性が重要であるため、これまでは木造建築の場合2階建てまでとされていました。建築基準法の改正により、大学施設として初の大規模三層吹抜を持つ木造3階建て校舎になります。
校舎内には、学生同士のコミュニケーションが生まれやすく自由に活用できるようなスペースが多く作られており、中央の階段はフリースペースや講義スペースとして、またイベントの開催にも活用できます。
教学棟そのものも生きた教材と捉えてサステナブルな建築を心がけ、FSC認証 を取得しており(17本の柱と、60箇所の什器を対象とする部分認証)、使用する木材の95%以上が適切に管理された大分県産のスギ材です。
木材は炭素を固定し貯蔵する特性があるため、カーボンニュートラルな社会への貢献にも繋がります。
—建築構造の観点ではどのような工夫がされているのでしょうか。
3階建ての吹き抜けの柱は、集成材を軸に、外側に断熱材のような機能を持つ炭化層を形成することで、防火機能と木造の耐震性を兼ね備えた「燃えしろ設計」となっています。集成材は製材と比較して無駄がないため、廃棄物の削減につながります。
また、大分県発祥の木材の接合技術である「ホームコネクター工法」という、強度が高く接合部分の金物が見えない、美しい建造物のための技術が活用されています。
—一番の課題はどのようなことでしたか?
やはり予算ですね。今回は林野庁の「林業・木材産業成長産業化促進対策交付金」や、国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(省CO2先導型)」の補助金を建設費用の一部に充てることで、木三学という試みが実現しました。
—キャンパスのあらゆる部分にサステイナビリティを実践的に学ぶ工夫がされているのですね。
はい。他にも、Green Commons内には学生や市民が展示イベントなどに活用できる「SATOYAMA Gallery」や多様な使い方ができる「Inclusive Restrooms」など、学生たちと共創していく場所も多くあります。
また、日々の大学運営においてもさまざまなサーキュラーな取り組みを行っており、カフェテリアで出た野菜の皮や食べ残しなどの生ごみは、屋外に設置された小型のコンポスト機の中に入れ、分解処理をしています。
堆肥化した後はキャンパス内の畑で活用し、野菜の栽培に役立てています。
—今後の展望について教えてください。
国連でグローバル・ゴールズ(SDGs)が採択されて、来年で10年になります。今後2030年以降の枠組みに向けた議論が進んでいくことが見込まれます。日本各地だけでなく、多くの国・地域から学生が集まるAPUだからこそ、これから必要となるサステイナビリティの考え方の探求と普及、人材の育成に取り組んでいきたいと考えています。
APUがショーケースとなって、APUでアカデミックも実践も学んだ学生たちが、世界をサステイナブルに変えていくような人材となっていくことを期待しています。