2024年1月1日16時10分、石川県能登地方をマグニチュード7.6の地震が襲いました。
あれから1年。能登半島に拠点を置く企業の今を知るべく、石川県能登半島の中央に位置する七尾市を訪れました。
富山湾・七尾湾に面する七尾市を拠点に、国内に複数の拠点を持つ株式会社エフラボは、需要が減少していた建具職人や大工たちの熟練技術を活かし、使い古された椅子を新品同様に蘇らせる修繕事業を展開しています。
さらに、熟練の技術を継承しながら若手の職業訓練の場を提供し、地域の雇用を支えるだけではなく、全国の協力工場と連携し、国内はもちろん海外への職人派遣にも取り組むことで、職人の技術を世界へ広める挑戦を続けています。
「ただ椅子を直すだけではない。椅子再生事業で地域に新しい息吹を吹き込みたい」
そんな信条のもと、国内における生産拠点と職人技を次世代に継承し、地域の魅力づくりに貢献するエフラボ。今回は震災からの復興の軌跡、そして未来の循環型社会実現に向けた挑戦について、前半・後半に分けて紹介いたします。
能登半島地震を受けて
—能登の震災では、エフラボさんも影響を受けたのでしょうか。
地震によって倉庫が一部損壊や半壊の被害を受けました。工場建屋も壊滅的な被害は免れたものの一部損壊。少しずつ直しながらやがて1年が経ちますが、まだ工事に着手できていない部分がたくさんあります。
—工場はいつから稼働を開始したのですか。
震災後、工場の生産に関わる大まかな部分はわずか5日で復旧しました。ただ、従業員が出社できない状況が続き、少ない人数で、いただいている仕事を何とかこなしながら凌いでいた状況です。全員が揃ったのは1か月後でした。その間の業務は、普段からやりとりのある金沢方面のグループ会社や県内外の協力工場と連携するなど、何とか稼働を止めない方針で続けました。今回の震災を通して、協業や分業の重要性を改めて実感しました。
—職人の皆様も震災による被害を受けられたこととお察しします。その後の生活やお仕事には、どのような影響がありましたか。
全員が被災者で、自宅に被害を受けた方がほとんどです。余震や断水で生活基盤が戻らない状況が長く続き、何名かは職を離れることとなりました。しかしそれだけではなく、これまで縁のあった職人が移住してエフラボへ就職してくれるという、とても嬉しい出来事もありました。
一方で、住居不足が職人を受け入れる上での大きな課題となっています。もともと少なかった公営住宅や近隣の賃貸物件は震災後、みなし仮設住宅となって空きがありません。空家は多いですが、損壊や倒壊で住める状況にないかその調査も進んでいません。この地で働きたい職人の受け入れや移住支援をしたい気持ちは強いのですが、それが容易でない現状に心を痛めています。
全国唯一「ワンストップ」型の椅子再生事業
—本日は、エフラボさんの工場にお邪魔をさせていただいておりますが、規模感に圧倒されました。
この工場では、椅子の修繕に必要なすべてのプロセスをワンストップで受注できる体制を整えています。9つの専門部署に分かれており、張り替え作業から特注品の製造まで、それぞれの職人が高度な技術を活かして作業にあたっています。
このような仕組みを持つ椅子張り工場は国内でも非常に珍しく、エフラボの大きな強みだと考えています。
—椅子の再生作業には多くの工程がありますが、各部署の職人さんはどのような方々がいらっしゃるのでしょうか。
能登地域はもともと、ものづくりに情熱を持つ職人の方々が多く集まる土地柄です。しかしながら、近年では優れた技術を持つ職人でも十分に活躍できる場が少なくなっている現状がありました。私たちはこの状況を前向きに捉え、ものづくりのプロの知見を椅子の再生に結集させることで、新しい価値を生み出せる環境づくりに取り組んできました。 現在は、かつて地元で建具や板金の職人、大工として活躍し、退職後に再び「シルバー人材」として参加する方々も多くおられます。彼らは長年培ってきた経験や、道具の扱いに熟練したスキルを持ち、新しい世代の職人たちへの技術伝承にも大きく貢献しています。
こうした方々の存在は、地域と密接に関わるエフラボの事業にとって非常に大きな力となっています。職人さんたちの多くは、それぞれのバックグラウンドを生かしながら、共に地域と未来のために高品質な再生事業に取り組んでいます。
再生の基盤を築くプロセス
—椅子の再生において最も重要な工程はなんでしょうか。
椅子修理においてどのプロセスも非常に重要ですが、再生を成功させるための第一歩目と考えると『はがし作業』が特に重要と言えるかもしれません。
—『はがし作業』とはどのような工程ですか。
はがし作業とは、椅子を分解し、修繕が可能かどうかを確認する工程です。修繕依頼を受けた椅子を1台ずつ検証するためには、まずはがし室に運び込みます。そこで分解が可能かどうかを試し、修繕可否の判断をします。中には、設計上分解が難しい場合があります。たとえば、特殊な接着剤や部品構造が使われていると、分解が物理的に不可能となり、元に戻せないため、修繕不可の判断をする場合などです。
はがし作業は修理プロセスのスタート地点であり、この段階で修繕の適切な方針を見極めることが、後の作業効率やクオリティに大きく影響します。
—修理が可能かどうかはどのような要素に左右されるのでしょうか。
修繕が可能かどうかは元のデザイン・構造に大きく依存します。例えば、シンプルな構造でネジやボルトを使って組み立てられている椅子であれば、比較的簡単に分解や修復が可能です。しかし、デザインや構造が複雑だったり、特殊な素材が使われたりしている場合、分解が難しくなることがあります。
また、使用されている素材もポイントです。木材や金属を使用した椅子は修理しやすいですが、プラスチックや合成素材が多い椅子の場合、部品の代替が難しくなることがあります。
—元の椅子の部品や、もし直せない椅子があった場合、それらの扱いはどうなるのでしょうか。
椅子修理を行う上で、元の椅子の部品や修理が難しい椅子の扱いは、持続可能性を考えるうえで重要なテーマです。エフラボでは、ご依頼いただいたお客様のご希望に沿ったさまざまな工夫を行っています。
修繕において、古い椅子の部品は最大限活用することを目指しております。「使えるものは使う」というポリシーのもと、部品をていねいに検証し、再利用可能なものを選別します。再利用が難しい場合は、新しい部品を注文したり、仕様変更の提案をするなどして、できる限りお客様のご希望に沿いながらも廃棄を減らす努力が続けられています。
また最近、試作後不要となった特注試作品や買い取った廃番品、過剰生産してしまった商品など、何らかの理由で廃棄になる予定だった椅子を、工場直販サイトで販売する取り組みを進めています。
サスティナブルをテーマにする他業種との連携で、大学生と共にアイデアを出し合うワークショップなどもおこなってきました。
エフラボでは、一台一台の椅子にていねいに向き合いながら、修繕を通じて持続可能な社会を実現しています。
伝統とテクノロジーが融合する現場
—職人の技術だけでなくデータを活用したデジタル化も導入しているとのことですが、どのような部分に活用しているのでしょうか。
型データの作成と裁断工程で、生地を正確に切り出す作業に取り入れています。このプロセスでは、手作業とデジタル技術を巧みに組み合わせ、対象物の特性や作業内容に応じて方法を選択しています。例えば、複雑なものや数量が多く繰り返しの需要が見込まれる場合には、CADデータを活用して機械による自動裁断を採用します。今ではほとんどが自動裁断です。その分、より繊細な対応が求められる他工程に職人の手をかけるようにしています。
生地の裁断においては、その柄や伸縮性を細かく考慮するだけでなく、後工程である縫製や仕上がりの品質を見据えた判断が欠かせません。こうした調整が、製品全体の完成度を大きく左右します。デジタル技術と職人技が織りなす型づくりと裁断の現場は、まさに効率と精度、そして品質の追求が融合したものづくりの象徴といえると思います。
「直して使う」新しい価値を提案する
—修繕を通じて、一つのものを大切に長く使い続けるという考え方には、深い魅力がありますね。
エフラボでは安価に作られた大量生産品も、有名な製造元での生産品も、別工場で作った特注品も、修繕の依頼があって再生可能であれば直すご提案をします。
思い入れのある大切な椅子を廃棄しなくて済むように、「直して使う」が当たり前のことと認知される日まで、提案し続けることが大切だと思っています。