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「フードロス(食品ロス)」削減の課題は、子どもから大人まで、すべての人に関わる身近な環境問題です。日本でも地域単位での取組が各地で行われています。今回は長野県のフードロス削減のための取組について、自治体と協力事業者のインタビューを通してご紹介します。

日本のフードロスの現状

FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書によれば、世界食料生産量の3分の1に当たる約13億トンが毎年廃棄されています。日本においては、1年間に東京ドーム4.2杯分に当たる約523 万トン(2021年度推計値)もの食料が捨てられており、これは日本人1人が毎日お茶碗1杯分のごはんを捨てている計算になります。一方で日本の食糧自給率は38%(供給熱量ベース)、つまり約6割を輸入に頼っています。海外から食料を買っている一方で国内では無駄に捨てているという状態は、わが国の大きな課題のひとつになっています。

食品ロスの出所は、大きく分けて家庭系と事業系があります。家庭では、料理の作り過ぎによる食べ残しや、買った食品を使わずに捨ててしまう、料理を作る際の皮のむき過ぎなどで、年間244 万トンあります。また、事業系はスーパーマーケットやコンビニなど小売店での売れ残りや返品、飲食店での食べ残し、売り物にならない規格外品といったもので、年間279 万トンあります。数値で見ると事業系は家庭系より約10%多いことになります。

では食品のごみを減らしていくにはどうしたらいいのでしょうか。様々な方法が考えられますが、まずはごみの発生源となる現場の見直しや、利用者に削減の努力を促す「啓蒙活動」が基本的な施策と言えるでしょう。

フードロス問題を取り扱う消費者庁のホームページには、公的機関や自治体が主体となった多くの取組事例が紹介されています。もちろん、それ以外でも、いま全国各地で様々なフードロス削減の啓蒙活動が行われています。

今回紹介する、長野県が行う飲食店利用者向けの「30・10(さんまる・いちまる)運動」もその一つです。長野県環境部資源循環推進課を訪問し、担当する山岸絵里 課長補佐兼資源化推進係長と勝野みらい主事にお話しを伺いました。

全国有数、ごみの少ない長野県

―長野県はごみの少なさで6年連続日本1位と伺いました。

資源循環推進課(以下略):令和2年度は2位(1位は京都)になりましたが、それまで6年連続1位でした。一人一日当たりのごみの量も、目標の800gを達成して、次は790gを目指し、啓発ポスターを配布しています。

あと10gを県の名産品でもある「巨峰の一粒」に置き換えてごみ削減を訴えるポスター

―長野県でごみが少ない理由は何でしょうか。

よく聞かれるのですが、理由はおそらくいろいろあって、例えば農村部などでは生ごみは収集せずにコンポストなどで自家処理をしているエリアもあります。それと分別の項目が18あって、全国平均(13項目)と比べてだいぶ多いんです。多いとやはり出すのが大変なのでごみを出さないようにしようという意識になるかもしれません。

―県民性も真面目と聞いていますが、それもあるのでは。

そうですね。言われたことはやる、という真面目な人が多いです。

宴会の食品ロスに着目した「30・10運動」

―「30・10運動」という取組を続けていると伺いました。どんなものなのでしょうか。

30・10(さんまる・いちまる)運動は、飲食店での宴会で、乾杯後の30分間、最後の10分間は自分の席について料理を楽しみ、料理を食べきろうという取組です。

―なぜ宴会に着目したのでしょうか。

長野県では、宴会が始まるとすぐお酌に回る文化があります。乾杯をすると、席を離れてお酌するので、その結果、料理がそのまま手付かずというケースが多いのです。

―それは長野県独特の文化なのでしょうか。他の地域ではあまり聞いたことがありません。

そうですね。皆さん話をしたいのでしょうか。乾杯してお話しに行って、また次の人のところへ行ってという感じで、話に忙しくなってしまって食べ残ししてしまうケースが多いのです。

―なるほど、県民文化に由来する運動なのですね。いつ頃から始まったのでしょうか。

平成23年に「宴会たべきりキャンペーン」という名称で開始しました。生ごみの発生抑制を目的とした「食べ残しを減らそう県民運動」という事業者向けの運動の一環として、特に食べ残しが多い「宴会での食事」に焦点をおき、まずはごみを出さない、無駄にしないという呼び掛けを実施しました。その後、松本市が行っていた「30・10運動」が話題になり、名称がキャッチーで、内外に浸透しつつあることから、平成28年10月に「残さず食べよう!30・10運動」と変更し、現在の呼掛けに至ります。「食べ残しを減らそう県民運動」も、「食べ残しを減らそう県民運動~e-プロジェクト~」と名称を変更し、食品ロス削減に取り組む飲食店や小売店、宿泊施設を、協力店として登録しています。

―協力する飲食店では具体的にどんなことを取り組んでいるのですか。

「30・10運動」の呼びかけ以外にも、小盛りメニューや持ち帰りメニューの工夫など、個店ごとに取組項目を決めて実施していただいています。また、チラシを作って飲食店さんに対して一緒に周知をしてもらうようにお願いもしています。さらに、「応援幹事」ということで、幹事さんに最初の30分と最後の10分には自席で食べましょう、と参加者に呼びかけをしてもらっています。「あるを尽くして」ください、と。

―「あるを尽くす」とは?

これも長野県の文化で、目の前のものをきれいに食べ尽くして宴会を閉めよう、という意味です。

―この運動にぴったりの言葉ですね。反応はいかがでしょうか。

頑張って協力店を募集していますが、そこまで増えていないというのが正直なところでした。でも、先日ある蕎麦屋さんに行ったのですが、そこは協力店ではないにもかかわらず、チラシを置いていただいていました。少しずつですが、地域に浸透してきているのを感じています。

―30・10運動は、宴会についてだけなのでしょうか。

コロナ禍 の令和3年度から、家庭バージョンの30・10運動が始まりました。毎月30日が「冷蔵庫クリーンアップデー」で、冷蔵庫の中にある食材から使ってきれいにしましょう、というものです。そして毎月10日は「もったいないクッキングデー」ということで、クッキングブックをホームページで公開するなどしてエコ・クッキングの呼びかけをしています。

―エコ・クッキングとは

食品ロスの原因の大きい部分は「過剰除去」と言われる野菜の皮のむき過ぎであるという事実があります。そこで、野菜を皮ごと使ったり茎の部分なども使った料理をしましょうと呼びかけています。

「信州エコ・クッキングハンドブック」の冊子を配布。食材を無駄にしない方法や食品ロスをなくすメニューなどが紹介されている。https://www.pref.nagano.lg.jp/haikibut/kurashi/recycling/shigen/kenminundo/documents/h22_handbook.pdf

―どんな形で呼び掛けているのですか。

令和3年度からはテレビCMを流しています。

―反応はいかがですか。

30・10運動というと「宴会のことですよね」と言われることが多く、取組が想定以上に浸透していることに気づかされています。宴会だけでなく、家庭での30・10運動も活動を通じて広めていきたいです。

―このような環境の啓蒙活動を続けるポイントを教えてください。

やはり「言い続けること」が大事だと感じます。それと、テレビCMやチラシ、新聞広告、ラジオ、ティッシュ配りなど、どの層にも意識していただく様々なメディアや方法で広めていくようにしてきましたが、いろんなことをやってみることで総合的な効果があると思っています。どれが正解になるかわかりませんので。最近では「30・10」を正しく「さんまる・いちまる」と読んでもらえるようになってきました。今後はWebメディアなどにも出稿していく予定です。

ーありがとうございました。Webメディア、チェックしてみますね。

宴会のフードロスの現状は?

自治体が行う啓蒙活動では、地域の事業者(飲食店)の協力が欠かせません。「30・10運動」では、実際に飲食店ではどのように投げかけを受け取り、実践しているのでしょうか。現場の声を取材しました。

JR長野駅前のイタリアンレストラン「WINDS(ウィンズ)長野店」は、今年創業38年目という老舗。30・10運動に協力する飲食店でもあります。運営会社である株式会社東翔 代表取締役の田中正之氏にお話を伺いました。

―田中様、よろしくお願いします。まず、30・10運動に参加しようと思われた理由を教えてください。

田中氏(以下略):当店は席数が70あり、宴会や二次会などによく使っていただきます。長野県は「あるを尽くす」という言葉がありまして、食べ物を無駄にしないようにという文化があります。県がこういう運動をやってくれるのであれば、うちも協力しようと思ったのがきっかけです。 

―宴会では、やはり食べ残しは多いですか。

コロナが終わったぐらいから、全般的に食べ残しが減ってきた感じはしますが、やはり多いですね。グループによりけりではありますが、(料理の)取り分けをする方がいればいいのですが、ご年配の方などはなかなか自分で取らなかったりします。そういう場合にはこっちで声掛けをするようにしています。

宴会メニューのオードブル、これで一人前。「うちは多めなんですよ」と田中社長。

―余った料理は廃棄するしかないのでしょうか。

あとはお持ち帰りですね。テイクアウトはお客さんで自己管理していただく形です。宴会料理だと、うちは最後にパスタをお出しするのですが、食べきれないようなら器をご用意してお持ち帰りいただきます。お客様の様子を見て、余りそうな時には「量を少なめにしますか」というご提案をしています。また、余った食材は系列店舗のホテルレストランの朝食バイキングやカフェで使うなど工夫をするようにしています。

―全体としてみれば、かなりフードロスを抑えていらっしゃる印象です。

ロスを抑えないと、原価率が上がってしまい商売的にも・・・というところです。フードロスへの取り組みは、コスト的なことと、もったいないという環境的なことの二重の意味がありますね。

―長野の方は宴会が始まると、お酌で回って席に座っていない場合があると伺いました。

そうですね。長野の場合「注ぐ(つぐ)」ということが宴会の流れで、乾杯したらすぐに立ち上がっちゃうんですよ。結婚式などでも、もう本当にすぐ立ってしまうので、ホテル側から「お酌は席が近い人、同テーブルだけに」と制限がかかることもあります。

―食べない方は、お腹は空かないのでしょうか。

もちろんそういう人もいるでしょうけど、飲んじゃうとお酌スイッチが入っちゃう人が多いみたいですね。

―やはり宴会はロスが生まれやすい場なのですね。

アラカルトであればそんなに注文しない人でも、宴会メニューだと全部セットされていますから。便利だけれど、やはりフードロスになりやすいかなと思います。あと、実は飲み物のフードロスが意外と多いと思います。ピッチャーで出した時には、ひどいときはもう半分ぐらいロスになっているんです。でもそれは店にとっては大事な売り上げなので、あんまり言えない部分ではありますが。

―飲み物のロスは考えていませんでした。お店にとって飲み放題はやはり必要なのでしょうか。

飲み放題にした方が、お客さんが来やすいし幹事さんが安心で楽なんです。3000円ポッキリみたいに計算しやすい。でも昔は飲み放題が喜ばれましたが、今は昔ほどみんな飲まないですしね。若い方たちがお酒離れしていると思います。これから飲食業界も変わっていくんじゃないでしょうか。

「啓蒙活動」は民間では難しい

―ところで、テーブルに30・10運動の販促物を置かれていますが、お客様とか幹事さんに声かけたりされるのですか。

テーブルに置かれた30・10運動の販促物

 特別それはないですね。ただ宴会終わりぐらいになると、毎回ではないですけど「あるを尽くしてくださいね」と声をかけることは昔からやっています。

―県がこういうプロモーションや啓蒙活動を行うことはどう思われますか。

やっぱり行政にやってもらえると、我々もアピールしやすいですよね。個人や飲食店の仲間でやっても駄目なんですよ。我々のような民間だと難しいこともあるし予算が足らない。こういう販促物も作れないですしね。

―なるほど、そうですね。

特段アピールしなくても、こういうものを置いてあればいいし、やっぱり行政の役割ってありますね。そこからのきっかけで私たちも活動ができますから。

地産地消とフードロス

―ところで、長野県はごみが少ないことで有名ですが、なぜだと思われますか。

長野県っていうのは昔から物を大切にする文化があるんです。無駄にしない。大根の葉っぱを漬けるとか、味噌汁に入れるとか、あと名物の「お焼き」がありますね。あれは粉を使って、食材をなるべく無駄にしないようにということで生まれた料理だと思います。

―メニューには地産地消のものを多く取り入れられていますが、地産地消とフードロスは関係があると思われますか。

やっぱり信州食材のメニューではロスがあまり出ないんですよね。お客様はネットやSNSで事前に調べてきて、ランチの信州サーモン丼などを目当てに来られるので、そういう方たちは綺麗に食べていただけますね。

長野県産ワイン、信州サーモン、信州オレイン豚など地域食材を使ったメニューが多く、いずれも人気だという。

―何か他にフードロスに関してお気づきの点はありますか。

お客様に料理をお出したときに、最初の一口を食べたとき笑顔になる、それが当店のコンセプトなんです。お客様を見ていればわかりますが、最初の一口目で大体決まります。だから料理が美味しければ、無駄にもならない、フードロスにもならないと思いますね。

お話ありがとうございました。長野の地元食材の料理を食べにまた伺いたいと思います。

取材協力:長野県庁
「えこすた信州!」https://blog.nagano-ken.jp/recycle/
ウインズ長野店
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