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「ネットゼロ」という言葉、聞いたことありますか?

2022年11月、エジプトで開催された気候変動に関する国連会議、「気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)」で、「ネットゼロ宣言への国連報告書」が公表され、注目されています。この提言書は、国連のグテーレス事務総長が招集した「非国家アクターによるネットゼロ排出宣言に関するハイレベル専門家グループ」によってまとめられたものです。
「ネットゼロ」とはどんな意味なのでしょうか?課題はあるのでしょうか?考えてみたいと思います。

※旧サイト(環境と人)からの転載記事です。

ネットゼロとは

「ネットゼロ」とは、温室効果ガスの排出量をネット(正味)ゼロにするという意味。カーボンニュートラル」とほぼ同義で使われています。単に排出量をゼロにするのではなく、排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすることを意味しています。

ちょっとおさらいしておきましょう。温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」(2015年に採択)では、世界共通の長期目標として、各国が世界平均気温の上昇幅を産業革命前に比べて「2℃を十分に下回り、1.5℃に抑える努力をする」、また、「できる限り早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には温室効果ガス排出量と吸収量のバランスを取る」としました。

これにより、「1.5度目標」そして「2050年ネットゼロ」が、共通の目標として認知される)ようになり、「ネットゼロ」は、世界的に大きな潮流となってきました。

国連ハイレベル専門家グループ(HLEG)招集の意図

国連のグテーレス事務総長が「非国家アクターによるネットゼロ排出宣言に関するハイレベル専門家グループ」を招集した目的について考えてみましょう。

近年、企業・投資家・自治体などの「非国家アクター」による「2050年ネットゼロ宣言」が相次いで行われています。ところが、その内容は千差万別で、グリーンウォッシュ(見せかけの環境対策)も少なくないとみられています。安易なネットゼロ宣言は、本来の目的である1.5℃目標の達成に寄与していると言えるのでしょうか。この点、実行力も含め、その質や量に留意する必要があります。

そこで、2021年のCOP26で、真の排出削減を実現するためには、より厳格なネットゼロ目標の基準や定義などが必要とされ、「国連ハイレベル専門家グループ」(HLEG)が設けられ、議論を続けてきました。人種、国籍、バックグラウンドなど多様性に富んだ専門家17人が招集され、日本からは三井住友信託銀行ESGソリューション企画推進部フェロー役員で、JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)共同代表の三宅香氏が参加しました。

5つの原則と10の提言

報告書には、5つの原則と10項目の提言が盛り込まれています。なお、JCLPから日本語訳が公表されています。

5つの原則とは、

 1)世界全体で2050年までにネットゼロを達成するための野心的な短期及び中期的な排出目標設定は必須である。
 2)コミットメントだけでなく、実際に行動することが求められる。
 3)計画は科学に基づいて作成し、第三者認証を得ることで信頼性を担保する。
 4)透明性を徹底的に追求し、検証には比較可能な客観的データを共有する。
 5)あらゆる行動において、公平性と正義を貫く。

さらに、5原則に基づいて以下の10項目の提言をまとめています。

 ①組織のトップによるネットゼロ宣言の発表
 ②ネットゼロに向けた目標の設定
 ③ボランタリー・カーボンクレジットの活用
 ④移行計画の策定
 ⑤化石燃料の段階的廃止と再生可能エネルギーの拡大
 ⑥ロビー活動とアドボカシー活動の整合
 ⑦公正な移行における自然生態系の保護
 ⑧透明性と説明責任の向上
 ⑨公正な移行(特に途上国のクリーンエネルギーへの移行)に対する投資拡大
 ⑩規制導入(特に影響力の大きい民間の排出者を対象とした規制)に向けた加速

注目したいポイント

では、提言の中からいくつか注目したいポイントを整理しておきます。

まず、②の「ネットゼロに向けた目標の設定」です。ネットゼロ宣言後1年以内に、5年ごとの目標の設定が求められています。2030年以降の中長期目標に目が行きがちですが、さらに手前の短期の目標を立てることも提唱されています。

③の「ボランタリー・カーボンクレジットの活用」についてはどうでしょうか。排出量削減分・吸収分を売買するカーボンクレジットでのオフセット(相殺)に関心のある企業は多いと思います。提言では、「短中期の目標では計上すべきでない」と明記されました。クレジットを購入する余裕資金があるのならば、自社バリューチェーンの排出量削減に優先的に取り組むべきだとしています。

⑥の「ロビー活動とアドボカシー活動の整合」は、日本ではあまり意識されることがないかもしれません。しかし、世界では、政府に気候変動対策を推進するように強く働きかけることは、企業の責務と考えられています。提言では、各企業がポジティブなロビー活動を積極的に展開することが期待されているようです。

⑤の「化石燃料の段階的廃止と再生可能エネルギーの拡大」については、各業種それぞれが、再エネにどう向き合っていくべきかを詳細に記しています。石炭はもう使うべきではないとされており、日本企業にとってはかなりハードルの高い内容かもしれません。しかしこれが世界のスタンダードになっています。

提言をどう生かす?

今回の報告書によって、いわば国連お墨付きの「ネットゼロ」の実現に向けた行動基準や定義が定まったといえるでしょう。提言ですから、もちろん、強制力があるわけではありません。

企業規模によって取り組み方は異なるでしょうが、今後情報収集する際はこれらを参考にしていくことが重要です。単独の会社だけで実践できることは限られています。一緒に取り組む仲間をいかに見つけるか、また、グローバルサプライチェーンの中で海外の企業ともコラボするなどして、本当の意味での「ネットゼロ宣言」を目指したいものです。

しかし実は、2050年時点での温室効果ガスの排出量よりも、2030年や2035年など、より早期に大幅な排出削減ができなければ1.5℃目標の達成が難しいことが分かっています。グローバルな指針を鑑みると、私たちは30年後のネットゼロではなく、気候危機を緊急事態と捉え、今すぐ行動しなければなりません。

既に甚大な被害をもたらしている危機を前に、企業の責任ある行動が問われています。

参考文献

・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)サイクル | 地球環境・国際環境協力 | 環境省 (env.go.jp)
・Secretary-General's remarks at launch of report of High-Level Expert Group on Net-Zero Commitments [as delivered] | United Nations Secretary-General
・Expert Group List of Members and Biographies_PDF (un.org)
・high-level_expert_group_n7b.pdf (un.org) 
・国連ハイレベル専門家グループの提言の日本語訳を公表 | JCLP (japan-clp.jp)
・benkyo_kai-14.pdf (maff.go.jp)